日本近世とは、主として江戸時代を指し、本書は江戸時代における権力と商人との関係を、さまざまな個別の対象に即して明らかにした論文7編を収めた論文集である。史学会大会近世史部会でのシンポジウムをもとに編集した。
権力と商人とは、たとえば「座」「楽市」「御用達」「株仲間」「専売制」「政商」などのキーワードからわかるように、いつの時代も深い結びつきをもったが、両者の関係は時代ごとにかなり異なるものでもあった。では、近世にはどうだったか? 本書では、江戸の太物商人仲間、上方の豪商三井の武家貸、同じく住友の江戸両替店と大名家との関係、福岡藩の皮商人と革座、岸和田藩領の綿実流通、江戸町会所と勘定所御用達を取り上げて、両者の関係を具体的に論じている。
そもそも江戸時代は、かつて「封建社会」であるとされ、百姓とそれを支配する領主との関係を軸に理解されてきた。「封建制」や「封建社会」は、ヨーロッパ中世をモデルに組み立てられた概念であるので、近年ではそのまま日本など他地域に適用することは避けられるようになり、代わりに前近代の社会を「身分制社会」「身分社会」という語で表す論者も多い。
一方で、1980年代以降には、江戸時代は市場経済が高度に発達した「経済社会」であるとする見方も強くなっている。こちらは近世 - 近代の社会・経済を連続的に捉える立場である。これは「いかに経済が発展していたか」「いかにして発展したか」という観点を重視したものではあるが、そこにも首肯すべき点があるとすれば、問題は、「身分社会」としての側面と、「経済社会」としての側面をどのように統一的に理解するか、ということであろう。近世の権力と商人を問題にしたゆえんである。
私自身は、本書の序論に当る1章「江戸城下における町人の編成と商人」で、江戸幕府の膝下である江戸城下を例に、そもそも幕府が商人・職人を城下へどのように集住させ、「町人」身分としていかなる役割を求めたのか、という基本的な問題をあらためて考えてみた。江戸というと、世界一の巨大都市として発展し、民衆の文化が成熟したという印象が強いが、江戸も本来、身分社会の中枢としての城下町として編成され、まさにそのことによって、その後の市場経済の発展がもたらされるとともに、その発達の仕方も強く規定・制約されていたのである。
また2章「江戸大伝馬町太物店仲間と「問屋」」では、そうした江戸の町々のうち、もともと伝馬役をつとめる町として設定された大伝馬町一丁目が、太物店 (木綿 = 綿織物を売買する店舗商人) の集中する町になるに至る過程を辿ってみた。同町の太物店衆は元禄期に、幕府が出した相対済まし令 (貸借に関する訴訟を取り上げないとする法令) をきっかけに一斉に「問屋」を称するに至る。権力との関係によって、近世商人の主流が「問屋」で占められるに至る過程の一端を明らかにしたつもりである。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 准教授 牧原 成征 / 2016)
本の目次
2章 江戸大伝馬町太物店仲間と「問屋」 - 牧原成征
3章 三井の武家貸と幕府権力-享保期の上方高官貸の成立を中心に - 村 和明
4章 住友江戸両替店と諸藩大名家の取引関係 - 海原 亮
5章 皮商人と福岡藩革座 - 高垣亜矢
6章 岸和田藩領における綿実の流通構造 - 島﨑未央
7章 江戸町会所の運営と勘定所御用達の役割 - 若山太良