東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

鮮やかな黄色の表紙に、青の帯

書籍名

文庫クセジュ Q990 レヴィ=ストロース

著者名

カトリーヌ・クレマン (著)、 塚本 昌則 (訳)

判型など

158ページ、新書

言語

日本語

発行年月日

2014年5月10日

ISBN コード

978-4-560-50990-6

出版社

白水社

出版社URL

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Q990 レヴィ=ストロース

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自然と文化はどのように区別されるのだろうか -- 本書はフランスの民族学者レヴィ=ストロースを、この疑問を生涯にわたって追究しつづけた作家として描きだしている。自然というどこまでも連続するものは、どこから文化という不連続なものに移行するのだろうか。別の角度から言えば、感覚によって捉えられる物質的世界と、知性によって理解できる記号の世界は、どのように関係しているのか。現代フランスの作家、哲学者、エッセイストとして活躍する筆者カトリーヌ・クレマンは、こうした疑問を解明しようとするレヴィ=ストロースのうちに、民族学者という枠を超えた、フランスの伝統に根ざす人間観察家 (モラリスト) の姿を認めている。レヴィ=ストロースは、人間を人間ならざるものとの境界において探究した作家だというのである。
 
レヴィ=ストロースがこの境界をめぐってどのような観察を展開したのかは、二十八のそれぞれの章で、多様な角度から分析されている。膨大な著作のあるレヴィ=ストロースの全体像を、コンパクトな入門書で描き切るのはほぼ不可能な課題だろう。しかし、自然と文化の違いという途方もない問いかけを究明しようとする人類学者の姿を追う過程で、カトリーヌ・クレマンは多彩な作品を読み解く確かな鍵をあたえてくれる。物質的現実から文化的世界への移行途上にあるものに、無限の繊細さを発揮するレヴィ=ストロースの独特の眼差しに注目すれば、作品世界の奥深くに入りこめるというのだ。その眼差しは、捉えようとする対象を、下部構造と上部構造、無意識と意識のような抽象的な二項対立に分解したりはしない。さまざまな形に変形されてゆくのに、その根底にあるものが理解できないような、調停不可能な根源的対立こそを見つめようとするのである。
 
分節化されない混沌とした連続性に生じる最初の変化を、レヴィ=ストロースはある過剰とある欠如の二つの系列にまず分類した、とカトリーヌ・クレマンは指摘する。この対立は、何らかの超越的な対立に還元されないまま、多彩な対立項へと次々に変奏されてゆく。たとえば「蜂蜜」は、自然の産物であると同時に調理された料理 (そのまま食べられるという意味で) であり、乾燥したものでありながら湿気を必要とし、甘かったり酸っぱかったりし、健康に良いが毒ともなり得るものである。二項対立はある根源的な対立に還元されるのではなく、別の次元に変換され、どこまでも変奏されてゆくのだ。このように両義性を増殖させ、混沌から来る光を多様に屈折させるものが、レヴィ=ストロースの探究の焦点になってゆく。それは毒、呪術師、誘惑者、仮面、虹、オポッサム、音楽における半音階、蠟で造った人物像を見ながら描くプッサンの技法など、思いがけない次元におよんでいく。感覚的なものと知的なものは、完全に結合しないまま、さまざまな組合せを生みだしてゆくのである。
 
八十年代に詳細に盛んに議論された「構造」という考え方、『悲しき熱帯』という二十世紀の偉大な旅行記、現在も記号論、文化論で頻繁に参照される「浮遊するシニフィアン」、「ブリコラージュ」といった概念、神話と音楽との親近性 - こうした諸点の解説はもちろんあるが、それらを超えて、書くことを支えていた根源的な情熱の在りかを明かにした点に本書の特徴がある。カトリーヌ・クレマンの描く人類学者の眼差し、人間的事象と、人間には制御できない事象との境界に注ぐ眼差しには、人類学という枠組みにおさまらないインパクトがある。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 塚本 昌則 / 2016)

本の目次

前奏曲
I 民族学者の生成
II 職業の道に入る
III 地質学というモデル
IV カール・マルクスの使用法
V 象徴的なもの、ポリヌクレオチド、根と羽
VI 狂人、良識ある人びとの保証人
VII ブリコラージュという薄暗い月
VIII 構造主義とは何だったのか
IX 日本的魂における往復運動
X 「神話学はひとつの屈折学=反射学 (アナクラスティック) である」
XI 悪い父親が泉に行くとき
XII 女性の世界は悪臭にみたされている
XIII 火を付けること - ジャガーからオポッサムへ
XIV 蜂蜜に夢中の少女
XV <天のカヌー> と掘っ立て小屋の煙
XVI 「彼らを結婚させよう、結婚させよう」
XVII 陰気な道化師と陽気な戦士
XVIII 愛情と極貧
XIX ハマグリの水管、山羊の角、鮭、ヤマアラシ
XX 「人間は一個の生物 (いきもの) である」
XXI 瞑想と伝達との戦い
XXII 歴史、意味、祖先たち
XXIII 酋長の妻の産んだ赤子のように美しい
XXIV 白い羽根、黒い肌 - スワイフウェ、クウェクウェ、ゾノクワの鬼女
XXV 私たちの身近なところで - サンタクロース、お年玉、狂牛病
XXVI トロンプ・ルイユ - プッサン礼讃
XXVII 音楽 - 自分たちのあいだだけで生きること
XXVIII 肯定、民族学者、生きる歓び

レヴィ=ストロース略伝
訳者あとがき
参考文献

関連情報

Coll. "Que sais-je?" 3651, PUF, Paris, 2010
https://www.puf.com/content/Claude_L%C3%A9vi-Strauss
 

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