東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

薄茶色の表紙にオレンジの切り口のようなイラスト

書籍名

[東洋文庫 799] 清国作法指南 外国人のための中国生活案内

著者名

W. G. ウォルシュ (著)、 田口 一郎 (訳)

判型など

322ページ

言語

日本語

発行年月日

2010年9月11日

ISBN コード

978-4-58-280799-8

出版社

平凡社

出版社URL

書籍紹介ページ

英語版ページ指定

英語ページを見る

清朝後期の中国にタイムスリップしたとして生きていけるだろうか。
 
「挨拶はどうするか」「宴会ではどの席に座ったらよいか」「家に泥棒が入ったらどう対応するか」「訪問時の名刺の大きさは」「結婚披露宴ではどう振舞うか」「寄付を要求されたらどうするか」、おそらくかなりの難問で、現代中国人でも途方に暮れるはずだ。しかし、ぼくらは文学・歴史等々の研究上、こうした知識が必要とされることがある。
 
これらの疑問に答えてくれるのが本書である。
 
本書は19世紀末に中国に布教のために訪れた英国人宣教師ウォルシュ (W. G. Walshe) が記した、清朝光緒年間の風俗習慣についての記録である。
 
「慣習」は当事者には当然すぎるならわし、いわば常識であるがゆえに、系統だって記録として残りにくい。それが記録に残るのは、それを普段の生活の中で学べる環境にない者か、外部にそれを説明する必要のある者の出現を俟たなければならない。
 
よく知られている基本文献、長崎奉行中川忠英監修の『清俗紀聞』、青木正児の『北京風俗図譜』などは、いずれも日本人の編集であり、羅信耀 (H.Y.Lowe) の The Adventure of Wu (藤井省三他訳『北京風俗大全』) は、外国人への説明のため英語で書かれた書物であった。本書もそれに連なる文献である。
 
さて、以上の諸書にない本書の特長は何か。
 
第一に、「観察者」としてではなく、「参加者」としての立場から書かれている点である。例えば、婚礼に関して、上記諸書の解説では、中国人の新郎新婦がどのように振舞うかの観察的記述が中心だが、本書第一四章「結婚披露宴」は結婚式に招待される側の視点で書かれており、実に具体的に、いつどのような招待状が届き、どのような贈り物を持って行き、宴席では何を言えばいいのかが記される。すなわち「どうすべきか」が書かれているのである。
 
第二に、上とも関連するが、非常に実用的である点。『清俗紀聞』等は、日本と異なる風物器物等についての説明は詳しい一方、本書に書かれる葬式・泥棒・火事・土地取引・病人の見舞い方法等「雅」でない現実生活上の対応については、ほとんど触れられない。「異文化」に対する憧憬やその紹介といった動機からでなく、実際にその中に入って事業活動をしなければならなかった筆者ウォルシュの立場が、貴重な記録を残すことになったのである。
 
第三に、写真の使用。『北京風俗図譜』ではわかりにくい「作揖」の仕方が、本書の連続写真では、はっきりとわかる。また、道で目上の人に遇うと眼鏡を外さねばならないが、具体的にどのように眼鏡を持つかの写真もある。気になった方は是非ご覧いただきたい。
 
自分の研究の用の以外に、私は本書から得た知識を中国人に披露し「どうしてそんなことを知っているのか」と驚かれたことが何度もある。
 
清朝は遠くなりにけり、古礼は異国に残るのかも知れない。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 准教授 田口 一郎 / 2016)

本の目次

まえがき

一 個人の身なりと態度
二 街でのふるまい
三 訪問時の名刺
四 役人への訪問
五 名士への訪問
六 慶事訪問
七 病人のお見舞い
八 喪中の家の訪問
九 外国人女性の地方訪問
一〇 相手の年齢によって態度を変えること
一一 中国語教師への待遇
一二 使用人に対する態度
一三 中国の宴会
一四 結婚披露宴
一五 誕生日のお祝い
一六 土地の購入、家の賃貸、礼拝堂の設立その他
一七 抵当権による財産の譲渡
一八 所有権が主張されていない土地
一九 心付け、寄附その他
二〇 泥棒に遭ったら
二一 火事の場合
二二 宗教上の迫害を受けた場合
二三 「民俗衣装」を着る際に
二四 吉日と凶日
二五 葬式の習慣について
二六 諸条約とキリスト教
解説 (田口一郎)
索引

関連情報

書評:
西澤治彦 評: イギリス人宣教師の見た清末の中国社会 -『清国作法指南』」 『東方』 380号 2012年
https://www.toho-shoten.co.jp/export/sites/default/review/380/toho380-01.pdf

「清国作法指南」(W.G.ウォルシュ 著、田口一郎 訳、平凡社東洋文庫) ~100年経っても変わらない中国人との付き合い方 『三学経営科学研究所』
http://www.sangakuken.jp/archives/485
 

このページを読んだ人は、こんなページも見ています