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白い表紙の真ん中に四角い赤のデザイン

書籍名

講談社現代新書 ヒトラーとナチ・ドイツ

著者名

石田 勇治

判型など

368ページ、新書判

言語

日本語

発行年月日

2015年6月20日

ISBN コード

978-4-06-288318-4

出版社

講談社

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ヒトラーとナチ・ドイツ

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ヒトラーとは何者だったのか?

本書は、この問いに歴史学の立場から答える試みである。

ナチ党 (国民社会主義ドイツ労働者党) の党首、アドルフ・ヒトラーが政権の座にあった一九三三年から四五年までの一二年間は、ドイツでは「ナチ時代」(NS-Zeit) と呼ばれる。この時代は第二次世界大戦の敗北とともに終わり、それからすでに七〇年以上が経過した。それでも、この時代の出来事はいまなおドイツの、そして世界の人びとの強い関心を集めている。二一世紀に生きる私たちの視線が「ナチ・ドイツ」、すなわちナチ時代のドイツに注がれるのは、ひとつには、人権と民主主義という近代世界の普遍的な価値と制度がそこで徹底的に破壊されたからである。

二〇世紀初頭、ドイツはすでに欧州随一の文化大国・経済大国・科学立国として、日本をはじめ世界各国から数多くの留学生を受け入れ、西欧文明をリードする立場にあった。そのドイツで、民主主義・立憲主義を公然と否定し、ユダヤ人憎悪を激しく煽るナチ党が大衆の広汎な支持を得て台頭し、ついに政権の座に就くなど、誰が予想しえたであろうか。

ナチ体制下のドイツで国家的原理となったレイシズム (人種主義) と反ユダヤ主義は、やがて第二次世界大戦のもとでユダヤ人大虐殺 (ホロコースト) など未曽有の大規模ジェノサイドを引き起こし、「文明の断絶」ともいわれる「アウシュヴィッツ」へと帰着した。なぜこのような事態が生じたのか。どうしてドイツの人びとは、あるいは国際社会は、この動きを未然に防ぐことができなかったのだろうか。

ナチ時代のドイツを考えるうえで見落としてはならないもうひとつの論点は、ヒトラーとナチ体制が人びとを惹きつけた「魅力」についてである。ヒトラーの「カリスマ的支配」の拠り所がその国民的な高い人気にあったことは、よく知られている。だがそれは、いったいどのように生み出されたのだろうか。

ナチ体制は「民族共同体」という情緒的な概念を用いて「絆」の創出に腐心しただけでなく、国民の歓心を買うべく経済的・社会的な実利を提供した。その意味で、ナチ体制は単なる暴力的な専制統治ではなく、多くの人びとを体制の受益者、積極的な担い手とする一種の「合意独裁」をめざした。このもとで大規模な人権侵害が惹起され、戦争とホロコーストへ向かう条件がつくられていったのである。

ヒトラーとナチズム、そしてホロコーストに関する歴史学研究は、冷戦が終結した一九九○年代になって一気に進展した。それは、旧ソ連・東欧圏の文書館史料が閲覧可能となり、長らく不明とされた歴史の細部に光があてられるようになったこと、またそれまで自国の負の歴史の解明に必ずしも熱心でなかったドイツの歴史学が、研究者の世代交代も相俟って、若手を中心に積極的に取り組むようになったことに負っている。

本書は、そうした最新の研究成果をふまえながら、ヒトラーがどのように独裁者となったのか、そしてナチ体制下のドイツで何が引き起こされたのか、具体的に論じていく。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 石田 勇治 / 2016)

本の目次

はじめに
第一章 ヒトラーの登場
1 若きヒトラー
2 政治家への転機
3 ナチ党の発足まで
4 党権力の掌握
5 クーデターへ
第二章 ナチ党の台頭
1 カリスマ・ヒトラーの原型
2 「ヒトラー裁判」と『我が闘争』
3 ヒトラーはどのようにナチ党を再建したのか
4 ヒトラー、ドイツ政治の表舞台へ
第三章 ヒトラー政権の成立
1 ヒトラー政権の誕生
2 大統領内閣
3 議会制民主主義の崩壊
第四章 ナチ体制の確立
1 二つの演説
2 合法的に独裁権力を手に入れる
3 授権法の成立
4 民意の転換
5 体制の危機
第五章 ナチ体制下の内政と外交
1 ヒトラー政府とナチ党の変容
2 雇用の安定をめざす
3 国民を統合する
4 大国ドイツへの道
第六章 レイシズムとユダヤ人迫害
1 ホロコーストの根底にあったもの
2 ヒトラー政権下でユダヤ人政策はいかに行われていったか
第七章 ホロコーストと絶滅戦争
1 親衛隊とナチ優生社会
2 第二次世界大戦とホロコースト
3 絶滅収容所の建設
4 ヒトラーとホロコースト
おわりに
関連年表
参考文献・図書案内

関連情報

書評:
新書の窓『文藝春秋』2015年9月号509頁
加藤陽子『毎日新聞』2015年12月13日 (朝刊)
保阪正康「ヒトラー研究書ブーム」『毎日新聞』2016年1月9日 (朝刊)
 

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