東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

白い表紙に断裂を思わせるイメージ写真、水色の帯に「断裂社会の公と私」とコメントあり

書籍名

超大国・中国のゆくえ5 勃興する「民」

著者名

新保 敦子、 阿古 智子

判型など

256ページ、四六判

言語

日本語

発行年月日

2016年7月

ISBN コード

978-4-13-034295-7

出版社

東京大学出版会

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勃興する「民」

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中国の目覚ましい経済成長の影には、既得権益層を重視する政策があり、その結果、生じたのは驚異的な貧富の格差だった。格差が固定化され、平等が確保されない中で、各社会階層の「民」はいかにして存在感をあらわしているのか。本書は、少数民族、学生、農民、出稼ぎ労働者、知識人などに焦点を当て、「民」の声を重層的に捉えることにより、ダイナミックに変動する中国社会を描き出すことを目的としている。
 
第一章から第三章はグローバリゼーション戦略の中で、超大国を目指す中国の近代化政策の重要な柱である教育改革が人々に与えたインパクトについて考察している。なかでも少数民族に焦点をあて、言語教育、大学生の就職、家族の変容と文化継承について具体的に検証した。1949年の中華人民共和国の誕生以降、大躍進、文化大革命といった政治運動があり、また文革の終結後には市場化とグローバル経済の潮流が押し寄せ、そのたびに人々は翻弄されてきた。その中でも、少数民族ほど中国社会の矛盾が集約的に現れている存在は無いと考えるからである。
 
第四章から終章では、格差拡大を助長している土地制度、戸籍制度、社会保障制度を重点的にとらえ、政治改革や民主化が進まない要因を探った。中国では、NGOや学術界、人権活動に対する引き締めが強化され、システム上も政治参加の機会が限られている中で、インターネットを中心とする言論空間が発展してはいるものの、社会のエリートが変革に向けて中心的な役割を果たせず、市民レベルの社会運動は広がらない。多くの政治学の先行研究は、貧富の差が、民主化や市民社会の発展の足枷となるという実証データと分析を提示しており、フィリピンやタイなどアジア諸国、ロシア、「アラブの春」で混乱を極めている中東や北アフリカの国々など、民主化が実現しても、その定着はかならずしも容易ではないという状況がある。
 
ベルリンの壁とソビエト連邦が崩壊し、天安門事件を経験しても、中国は政治体制改革を進めず、権威主義的な政治システムの下、経済開発に邁進した。その結果、急速な経済成長を達成し、GDPでは世界第二の経済大国となったが、その過程で生じたのは、地域間の驚異的な経済格差と深刻な社会矛盾の内在化であった。このような状況で、持続可能な発展は難しく、今後のシナリオとして、暴動多発の常態化、活動家や知識人の逮捕、さらなる社会の混乱、ひいては、体制転換を予想する者もいる。中国社会の行方を推測するのは容易ではなく、学術研究が一部のメディアと同様に、表層に現れる問題だけをみて安易に判断すべきではないが、中国の政治・社会変動に影響を与える要素を把握することは重要である。最後に、中国の変容が、隣国である日本や国際社会にどのようなインパクトを及ぼすのか、日本及び国際社会は影響力を増す中国とどのように向き合うべきかという問題についても提起している。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 准教授 阿古 智子 / 2016)

本の目次

序 章 豊かさへの渇望と閉塞する社会空間
 第一節 市場経済と教育にかける国歌の夢
 第二節 受験戦争の激化と固定化する格差
 第三節 社会の断裂と進まない民主化
 第四節 本書の構成

第一章 英語教育と地域間・民族間の教育格差
 第一節 中国における小学校英語必修化への動き
 第二節 中国における英語教科書
 第三節 都市部における英語教育
 第四節 少数民族における三言語教育の現状
 第五節 少数民族における三言語育の問題

第二章 少数民族大学生と就職
 第一節 大学生の就労の実態
 第二節 少数民族大学生の就職状況
 第三節 上級学校進学に対するアスピレーションの低下

第三章 移動の中の少数民族家族と文化伝承
 第一節 移動する中国少数民族
 第二節 留守児童
 第三節 学校の統廃合をめぐって
 第四節 寄宿制の問題点

第四章 格差社会の構造
 第一節 「社会主義市場経済」の土地制度
 第二節 格差拡大を助長する戸籍・社会保障制度

第五章 揺れ動く言論空間
 第一節 インターネット時代の言論空間
 第二節 習近平政権下の言論統制と世論工作
 第三節 進まない民主化

第六章 国境を越えた公共圏の構築に向けて
 第一節 「公民運動」のポテンシャル
 第二節 公共圏の構築に向けて

終 章 勃興する「民」と社会の再生への道
 第一節 自由と民主をめぐる葛藤の中で
 第二節 言論の自由と国家の発展


あとがき

関連情報

日本経済新聞朝刊書評:
超大国・中国のゆくえ5 勃興する「民」 新保敦子、阿古智子著 格差が生み出す きしみに焦点
http://www.nikkei.com/article/DGKKZO07883740R01C16A0MY7000/

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