東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

表紙に組紐のような紐の束のアップ

書籍名

現代中国の産業集積 「世界の工場」とボトムアップ型経済発展

著者名

伊藤 亜聖

判型など

232ページ、A5判、上製

言語

日本語

発行年月日

2015年12月

ISBN コード

978-4-8158-0823-5

出版社

名古屋大学出版会

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現代中国の産業集積

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私が学部に入学したのは2002年、ちょうど中国が前年に世界貿易機関 (WTO) に加盟し、新聞に中国経済に関する記事が飛躍的に増えた時期でした。新聞をめくると、日本企業の中国進出に関する記事や、二桁成長を報告するデータが並んでいたことを思い出します。
 
端的に言えば、2000年代に経済大国・中国が立ち現われました。その原動力は製造業の発展による工業化であり、それによる高度成長の持続です。このような現実を背景として、2000年代に登場した言葉が「世界の工場・中国」です。それから10年経過し、2010年代に入ると、中国国内における急速な賃金上昇を背景に、中国が製造業の中心地ではなくなる、別言すれば、「世界の工場・中国の時代は終わる」という見方が、日本国内で台頭しました。確かに賃金が安い国への産業が移転する傾向はあります。
 
私は中国国内で著名な製造業の拠点、日本語で言えば産地を訪ね、その歴史的な成り立ちを調べ、また現場で起きていることを調査しました。そこから見えてきたのは、多数の中小企業が集中し、競争し、多様な原材料や中間財を売買し、それによって新たなデザインの製品が供給されるといった現象が確認できました。いわゆる「集積の経済性 (Economies of agglomeration)」です。それだけでなく、中国が地理的に広大であることもあり、沿海部で賃金や地代が上昇したことに対応して、より内陸へと産業が移転するような現象も見られました。
 
私はこの本で、いくつかの産地の現地調査とデータの分析から、産地 (別の言葉では産業集積) の高度化と拡張により、中国が「世界の工場」としての地位を保持する時代はそう簡単に終わらないだろうという仮説を提示しました。むしろ中国国内で製造業が再編され、場合によってはアジアへと拡張することで、「世界の工場 version2.0」へと変貌していく可能性を指摘しました。ここに、本書の中核的なメッセージがあります。
 
無論、本書の出版後の現実の変化が激しく、上記のように紹介した議論についても修正が必要と思われる点もあります。しかし、目下、スマートフォン市場では中国のHuawei社がサムスン社を抜いて世界シェア2位になり、新興産業であるドローン市場では、DJI社が世界シェア70%を占める先駆者となっています。「世界の工場・中国」が終わったと議論されていたのに、そのあとに中国から立ち現われたのは、過去に見たことのないような国際競争力を持つ中国発のグローバル企業でした。
 
ある学者が、「中国は社会科学にとって巨大な実験室だ」と言いました。これまでの研究が想定していなかったような現象が各所で観察されているからです。中国は解くことは難しく、あたかも、形が変わり続けるルービックキューブに挑むようなものです。あるいは本質的には学術全般がそうなのかもしれません。幸い東京大学には、例えば中国研究の場合、歴史、政治、社会、経済のプロが多数在籍しています。現代中国という巨大な、そして変わり続けるパズルを、人文社会科学のフレームを動員し、時には大胆に補助線を引き、時には自由自在に解いてみる、こうした取り組みが生まれてこなければなりません。
 

(紹介文執筆者: 社会科学研究所 准教授 伊藤 亜聖 / 2017)

本の目次

序章 「世界の工場」 中国の形成と変動 -- 課題と視角
第1章 体制移行と雑貨産業 -- 供給不足から産業集積の形成へ
第2章 闇市から雑貨の殿堂へ -- 浙江省義烏市に見るボトムアップ型産業発展
第3章 郊外農村から照明器具の都へ -- 広東省中山市古鎮鎮に見る近隣産業基盤の意義
第4章 「世界の工場」 中国の再編 -- 立地変化と事例研究
終章 「世界の工場」 は終わるのか -- 大国における産業集積の形成と再編

関連情報

書評:
アジア政経学会刊行『アジア研究』(Vol. 62(2016) No. 4)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/asianstudies/62/4/62_100/_pdf
 
受賞:
第33回「大平正芳記念賞」受賞
http://www.ohira.org/
 
2016年 第11回清成忠男賞 書籍部門 受賞
http://www.venture-ac.ne.jp/award/award_k/2016/
 

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