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拠点探訪

拠点リーダー 門脇孝先生、辻省次先生、柴﨑正勝先生に訊く

疾患のケミカルバイオロジー教育研究拠点
―メディカルサイエンスの未来を創造する医薬融合

2009.01.22

医学と薬学の融合

グローバルCOEの拠点探訪に伺いました。拠点リーダーの門脇孝先生と事業推進担当者の辻省次先生、柴﨑正勝先生にお話をお聞きします。
早速ですが、こちらの拠点は医学系の21世紀COE2拠点と薬学系にあったもの合わせて3つの拠点を融合して作られたものですよね。

門脇 教授:
門脇教授

そのとおりです。医学系にあった第一の母体は医学系の内科学が中心となって行ってきた永井良三先生がリーダーをされていた「環境・遺伝素因相互作用に起因する疾患研究」で、私もそのメンバーの一人として活動してきました。二つ目は医学系の脳神経医学が中心となって行なった「脳神経医学の融合的研究拠点」で、これは辻先生がリーダーでした。三つ目は、薬学系・分子薬学の「戦略的基礎創薬科学」で、柴﨑先生はその重要なメンバーのお一人でした。これらを融合して、グローバルCOEとして発展させたのが我々の拠点で、そのコンセプトは、「医薬融合による統合的疾患・創薬研究の推進と分野横断的・国際的人材の育成」です。

21世紀COEの成果には、どんなものがありましたか。

門脇 教授:

3拠点がそれぞれ非常に大きな成果を上げました。内科学の拠点では、糖尿病やメタボリックシンドローム、心血管疾患、造血器腫瘍など、非常に重要な疾患の鍵分子となる分子を同定してきました。 例えば糖尿病やメタボリックシンドロームでいいますと、鍵分子となるアディポネクチンの受容体、すなわち糖尿病やメタボリックシンドロームは肥満に伴って脂肪細胞から出るアディポネクチンが低下をするということが病態の基盤にあるということが解明されて、その治療のターゲットとなるべきアディポネクチン受容体を世界に先駆けて同定しました。

 

脳神経医学では、神経変性疾患、特にアルツハイマー病などに取り組まれて、アルツハイマー病の鍵分子であるγセクレターゼの基本構成因子の全容解明など、先駆的な成果を上げてきました。戦略的基礎創薬科学では、タミフルの純化学合成に世界で初めて成功するなど、有機合成化学あるいはシグナル伝達の分野で非常に大きな成果を上げてきました。

 

この三つが集まって打ち出したのが、21世紀の主要な疾患領域・重要臓器を包摂するメディカルサイエンスの未来を創造する医薬融合というキーワードであり、「疾患のケミカルバイオロジー」という言葉は、恐らく世界で初めて明確な形でこのことを表したものだと思います。


ケミカルバイオロジーという言葉は、素人の私にはそんなに目新しくもないような気がしますが。

門脇 教授:

薬学研究の世界あるいは医学研究の世界で、薬を作るという基本的なコンセプトで、すでに使われています。しかし、医学系が行なってきた疾患の機序を解明して治療法を創成するといった疾患科学を融合させた形で「疾患のケミカルバイオロジー」というコンセプトは初めてのものです。

内科学では、心臓、肝臓、脂肪あるいは血液といったいわば末梢臓器が病気の場であるわけですが、一方、辻先生が研究されてきた脳神経の領域では神経疾患・精神疾患等といった中枢神経を中心とした疾患領域を扱ってきました。そうした中で、この数年間に、この末梢と中枢の間には非常に密接なネットワークやコミュニケーションがあるということがわかってきたのです。

そこで、神経系と末梢臓器といったもののネットワークが正常な調節機能にかかわっているという仕組みをさらに解明するとともに、その破綻として各種疾患をとらえていこうというのが融合の大きな目的です。

5年後の成果がおおいに期待されそうですね。

門脇 教授:

アメリカでは産学官が連携し融合して、画期的な新薬をどんどん作っていくような体制になっています。大学発のいろんな特許に基づく薬の比重が日本よりもはるかに多いですし、またアメリカでは大学発ベンチャーが中心となって創薬を担うような体制ができているのに対して、残念ながら我が国の大きな製薬会社は日本のアカデミアとの連携を創薬の戦略としてまだ据えていません。

医学と薬学は非常に近い分野だと私は思っていましたが、どうもそうではなかったようですね。

門脇 教授:

一般の方々には想像もつかないし、理解もしにくいと思いますが、医学と薬学は最も近いように見えますが、実は我々はほとんど連携やコミュニケーションがなかったのです。ですから、医学は患者さんを治療しなくてはいけないのに、薬学についての教育や理解が著しく立ち遅れているという共通の根本的な欠陥があったと考えていますし、薬学は薬の専門家ですが、そもそも薬を投与すべき病気についての理解の教育というものが非常に遅れていたのではないか。だから、医学と薬学を融合させなければならないと考えたわけです。

スクリーニング・コアラボとイメージング・コアラボ

具体的な研究の方法についてお教えください。

門脇 教授:

この拠点で疾患モデル動物やヒトの病変細胞を用いて、ゲノム、エピゲノム、トランスクリプトーム、プロテオーム、メタボロームなどを駆使しながら次々と病態パスウェイや標的分子を同定していきます。そして、これを薬学系で現在設置を進めている 「スクリーニング・コアラボ」で、薬学系が全く新しい原理や考え方に基づくケミカルライブラリーを用いて、疾患の分子標的の機能制御をするリード化合物をどんどん同定していただこうというわけです。 医学系では現在、「イメージング・コアラボ」を作っていて、そのリード化合物を用いたin vivoでの病態評価をもとにしたリード化合物の評価なども行なうというサイクルを考えています。医学系のイメージング・コアラボには薬学系の研究者も参加し、薬学系のスクリーニング・コアラボには医学系の研究者も参加する。二つのコアラボを連携させて、病態評価それから鍵分子の機能制御に有用なリード化合物をまず次々に作っていきます。


試行錯誤しながら、ということですね。

門脇 教授:

そうです。このリード化合物は、最初の段階で理想のものができるということはなかなかありません。このリード化合物をもとにして、立体構造解析と有機合成化学を駆使しながら、その鍵分子に結合して最も強力に活性を制御する化合物を見つけていく必要があります。それは標的分子を特異的に制御するということにつながって、最終的に非常に有効性が高くて副作用のないといったことにつながるようなリード化合物の最適化を行ないます。

その後が非常に大事なことですが、このグローバルCOEとして目指すのは疾患の鍵分子の活性制御薬ということで、これが見つかるとモデル動物等に投与することによって、その疾患の鍵分子の機能、それから病態における役割をin vivoで正確に評価することができるようになります。疾患の鍵分子の機能を解析する上でのツールとして、いわゆる疾患の原理解明・発見を世界で初めて行なうことができるという意味でのFirst in Classを、我々の拠点としては目指しています。製薬企業とのコラボレーションを行ないながら、画期的な実際の治療薬になればという期待もあわせて持っているということで、こうなればBest in Classになります。

拠点での教育-early and intensive exposure

次に、博士課程の教育についてお教えください。

門脇 教授:

今までの状況は、医学系と薬学系が分断されたようなモノディシプリン教育、シングルメジャー取得ということで、薬学がわからない医師・研究者、疾患がわからない薬学系の研究者・薬剤師。残念ながらそういう状況になっています。ケミカルバイオロジーを理解できる医学研究者、疾患科学を理解できる薬学研究者を作るためにマルチディシプリン教育を行ない、ダブルメジャーを目指しつつ、当面はメジャー・マイナー化への基盤作りをやっていこうと考えています。

具体的には、どのようなことをされていますか。

門脇 教授:

これまで三つの21世紀COEが行なってきた5年間の活動の中での実績や経験を十分に生かして進めていこうと考えています。例えば脳神経医学では150名規模の全体リトリートを定期的に開催してきました。それから、毎年、海外に若手の研究者を派遣して、シンポジウムやカンファレンスに出席して、そこで国際的な視野での教育を行なってきたという実績があります。また、薬学系では若手研究者が中心となって、COE支援博士課程学生の主催する若手研究者シンポジウムを開催してきました。

脳神経医学では、評価に基づく若手研究者の重点的登用という若手研究者支援も行なってきました。 こういったことを生かしていきたいということで、まず第1弾として、2009年3月に250名規模での全体のリトリートを行ない、世界のケミカルバイオロジーの大御所に来ていただき、若手研究者とひざを交えて議論しました。

そういうことを通じて、ケミカルバイオロジーを中心に、医学と薬学の両方がバランスよく理解した研究者ができるわけですね。

門脇 教授:

そのとおりです。疾患のケミカルバイオロジーが理解できる医師・研究者、臨床や病態が理解できる薬学系研究者ということで、画期的治療法創出を自ら遂行し、メディカルサイエンスの未来を担う人材を養成すれば、育った人材が活躍すべき国、分野はたくさんあります。


若手研究者育成のためのサポート体制では、どのような工夫をされていますか。

門脇 教授:

先端的・融合的な研究へのearly & intensive exposureということを考えています。これが先ほどの医学・薬学系の統合プログラムといったことや研究領域横断的レクチャーシリーズといったことにつながっています。国際的な研究へのexposureということで、国際シンポジウムを毎年1回ずつ、リトリートも毎年1回ずつ、そこに海外の研究者も呼ぶようなプログラムにしています。

化合物ライブラリー、病態阻止型研究など

柴﨑先生、薬学のお立場からお話をお願いいたします。

柴﨑 教授:

柴﨑 教授日本の大学、特に東京大学で医薬融合による統合的疾患創薬研究の推進と分野横断的・国際的人材の育成が、こういうようなプログラムが組めるというのには明確な理由があります。アメリカやヨーロッパの薬学部は薬剤師の職能教育に特化した学部なのです。それに対して日本の総合大学の薬学部は創薬研究者を輩出するための教育を100年にわたって行なってきました。

したがって、そこには有機化学とか、生物科学とか、物理化学とかに非常に強い人材がたくさんいます。アメリカやヨーロッパですと医薬統合というのはなかなか難しいと思いますが、日本の薬学部の特殊性があるがゆえにこのようなプログラムが比較的スムーズに組めて、大きな成果が期待できるのではないかと考えています。このことを、若手の学部学生の諸君や修士課程の人たちが理解してほしいことだと思っています。

化合物ライブラリーについても、お教えください。

柴崎 教授:

ライブラリーというのはさまざまなメディアを通して、幾つライブラリーがあるかということが中心的に議論されてきたわけです。要するに、ライブラリーに含まれている化合物の数です。 それは化学合成が比較的容易にできる化合物を標的化合物にしていますから、数はたくさんできるかもしれません。その中にもいいものがある可能性もありますが、革新的なものにつながる可能性というのはそれほど高くないかもしれません。

私たちのキャッチフレーズは「化合物ライブラリーの質を高める研究をしたい」、ということです。これまで化学合成が極めて難しかった、あるいは難しいがゆえにギブアップされていたような、そういう化合物ライブラリーを東京大学のこの拠点の中にたくさん設けて、化合物ライブラリーとしても極めて特徴があるライブラリー群にしたいと考えています。

辻先生から、研究面、教育面も含めてお願いいたします。

辻 教授:

辻 教授私は21世紀COEで脳神経学専攻を中心にやってきて、今はグローバルCOEということでやっています。僕たちはやっぱり大学院教育をいかに充実するかということをずっと頑張ってきたわけです。その内容は、レクチャーの充実であるとか、それから徹底的に国際性にexposureさせるということをやってきました。リトリートあるいは国際シンポジウムだけではなくて、海外への派遣も学会とかシンポジウムへの派遣だけではなくて、中には短期間海外で実験をしてきてすごくいい研究をされた方もいますが、そういう短期間の派遣や、海外からお呼びした場合も、単にレクチャーを聞くだけではなくて、半日ぐらい本当に閉じた中で徹底的にディスカッションをするようなことを行なってきました。

それからもう一つは、もともと脳神経学専攻というのは基礎から臨床まで入っています。そういう意味では、基礎から臨床までの幅広い分野を理解できる教育をやってきた。今回、グローバルCOEになって、鍵分子という言葉が出ましたが、分子で疾患を見ることで、実は脳も内科も生活習慣病も同じ次元で語れる時代になってきた。そこに薬学系の方々とも今度はケミカルバイオロジーでつながるということで、非常に幅が広がるといいますか、これまでに比べてさらにあと二つの軸が加わることによって大学院教育が非常に充実すると思っています。

辻先生の分野でも、やはり薬学との融合は必須だったわけですね。

辻 教授:

医学系のほうでいうと、フィジシャンサイエンティストという言葉がありますが、やっぱり医学・臨床・疾患をよく知っていて、なおかつその病気にアタックするような、そういう研究者を育てるというのがミッションだと思います。ですから、ともすれば忘れられがちな、その点を強化したいというのが共通の理念としてあると思います。

最後に、ケミカルバイオロジーのことに関しては、要するに今はアカデミアでこういった治療研究に入っていけるというのが国際的にも大きな動向になってきています。私たちの神経系でいいますと、アルツハイマー病やパーキンソン病の治療薬がありますが、これはすべて症状改善型で、病態は治してないわけです。つまり神経伝達物質を補うことによって症状を軽くする。だけど結局は、病気そのもののプロセスは進んでいるわけで、その治療には一定の限界があるわけです。それに対して、病態阻止型の治療といいますか、先ほどの鍵分子と同じですが、病態を明らかにしてそこにアタックすることによって病態そのものを阻止するという研究が望ましいわけです。

これからは、アカデミアのほうで病態阻止型の研究が展開できるかもしれない。しかも、こういう研究というのはなかなかメガファーマのほうではできないのです。そういう点では、やっぱりアカデミアでやることの意義があると思います。

UCSFリトリート口演風景

医学と薬学の融合について、学生の意識はどうなのでしょうか。

柴﨑 教授:

薬学の大学院生は博士号を取って、ほとんどの人が製薬会社の研究所やアカデミーに就職します。私達の薬学系でもできるだけ疾患というものを教えるような努力はしていますが、それにはおのずと限界があります。欧米の製薬会社の研究所には医学部出身者がかなり多いのですよ。

そうですか。文化の違いですね。

柴崎 教授:

ところが、それに対して日本の製薬会社ではほとんど医学部出身者はいません。ですから、そういう点でも21世紀の基幹産業の一つとして考えられている日本の創薬産業において、今回のこういうグローバルCOEでのいわゆる学部横断型の教育・研究というのはインパクトがあるのではないか。学生自身も疾患というものを学ぶということに大変な興味を持っています。最初にどこの分野の研究をするかというときに、やはり疾患の知識があるのとないのでは雲泥の差になってくる可能性がありますし、創薬研究のリーダーを目指す人の集団ですから、本当は必須のことだったわけですが、今まで十分にそれがなされてきてなかったと言えます。

門脇 教授:

やはり日本の今の学部制度あるいはそれに加わった研究科制度というのは、かなり以前からのクラシカルなディシプリンに基づいているわけです。ところが、実際にサイエンスはどんどん進み、また何か実際にアウトプットを出そうとすると、新しいアウトプットやイノベーションのためには、もうディシプリンの枠を超えて融合しない限り新しい価値を生み出すことはできないという状況になっているわけです。

辻 教授:

もう一つ、私が強調したいのは、やっぱり病気の研究というのは試験管の中の秒とか分とかという単位のオーダーから、細胞を使った日のオーダーとか、動物モデルを使った何カ月、何年というオーダー、それからまた人の病気というのは、僕らのやっている病気だと50年、60年というスパンなのです。そういったもの全部を統合的に見て初めて理解できるというのがあるんです。そういうのはやっぱり大学じゃないとなかなか提供できない場なのですね。病院があり、しかも基礎系の研究室がありということです。 総合的に物を見ることが必要で、そういう研究組織がもっと発展すべきだと思っています。

今日はどうもありがとうございました。

(インタビュアー: 矢野正晴 COEプログラム推進室長)
(文責: 榎本香織 人文社会系研究科博士課程)