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拠点探訪

拠点リーダー 赤林朗先生に訊く

次世代型生命・医療倫理の教育研究拠点創成

―学際的・国際的ネットワークの構築―

2009.2.12

生命医療倫理の学際性と国際性

まずこの拠点には、臨床研究、学際的な教育プログラム、それに政策指向型のシンクタンクという三つの機能があると把握しています。それぞれがどういう役割を具体的に担いながら、医療倫理における課題に対して機能していくのかについてお教えください。

赤林 教授:

昨今、iPS・ES細胞、代理懐胎、病気腎移植、延命治療の中止、研究費の不正使用、研究倫理委員会など、国内外にはさまざまな問題があります。それらを大きく分けると、政策領域、研究領域、臨床領域の三つに分けることができます。

生命・医療倫理というのは、ライフサイエンスと医療が生み出す倫理的・法的・社会的問題を学際的に研究する、いわゆるELSI(エルシー)、Ethical, Legal and Social Implicationsと言われるものです。そのトピックスを追ってみると、クローン、新型インフルエンザのワクチン、パンデミック等の政策の問題、国際共同研究の間の審査体制、研究データの捏造も大きく取り上げられています。また臨床の場面では、臓器売買や渡航移植など、医療者のマーケットからさまざまな問題が起きています。

だからまず、生命・医療倫理の問題は、ライフサイエンスと医療のELSIの研究分野であり、それを大きくトピックを分類していくと政策、研究、臨床に分けられます。ELSIというのは、「学際的に研究する」ということです。これは一つのテーブルを囲んで、一つのテーマについて、バックグラウンドが違う者同士が議論し合うことです。専門が違う人たちですから、お互いがわかる言語で議論しなければなりません。

それが学際的ということですね。

赤林 教授:

また、「国際的」というキーワードがあります。UT-CBEL(シーベル)は、これまでの取り組みに学際性と国際性を加えたというわけです。今後、GABEX(ギャベックス)プロジェクト、国際ネットワークを通じて国際標準の生命・医療倫理を確立することになるのですが、私たちは決して、全世界になべて使えるような一つの倫理規範や考え方を生み出そうとしているわけではありません。

何か例を挙げてもらえますか。

赤林 教授:

患者さんと医師の間でのインフォームド・コンセントはご存知ですよね。欧米の考え方の主流は、患者対医師というモデルしかないのですが、例えば日本の中でよく見る光景は、インフォームド・コンセントという説明と同意のプロセスで、家族が大体かかわってきます。だから今、私たちはそのモデルとして、患者対医師という1対1の関係ではなくて、家族を含んだ形でインフォームド・コンセントのモデルを提唱しています。

そのほか、例えば医療従事者の幸福とは何か。これはどこの国でもあり得ますから、国際標準になり得るかも知れません。

アメリカで自立した患者対医師のモデルが先行して研究された理由は何ですか。

赤林 教授:

古くはパターナリズム、つまり昔は医師が全部こうだと決めて、治療をこうしますと言って、決めていました。

しかし、1960年代頃から患者の市民権運動が強まってきて、患者個人が自分で決定するという流れが強くなってきました。そういう自己決定の像があって、それに対して医者がどう対峙するか。そういうモデルが発展してきたのです。

そこに家族が必要だ、そのモデルが必要であると日本が先に気づいたのは、日本人の国民性からでしょうか。

赤林 教授:

国民性の違いもあると思いますし、タイムラグというか、情報の入り方の違いもあると思います。

一つの医師・患者関係にはさまざまなモデルもあるのではないのかということを提案していきたいと思っています。そのためには、国際ネットワークが必要になります。この国際のネットワークは、学会のように、皆が自由に意見を言う場所ではありません。

今回、我々が組んだGABEX(Global Alliance of Biomedical Ethics Centers)は、世界の著名な、バイオエシックスの秀でた研究所、あるいはシンクタンク、世界初の生命倫理のシンクタンクといわれるヘイスティングス・センターであったりと、研究レベルで非常に質の高いところと連携を組むことによって進めようとしています。 これらの人たちに一堂に集まってもらい、現在の時点での最高水準の知を集積しようというプロジェクトです。

今回、我々が組んだGABEX(Global Alliance of Biomedical Ethics Centers)は、世界の著名な、バイオエシックスの秀でた研究所、あるいはシンクタンク、世界初の生命倫理のシンクタンクといわれるヘイスティングス・センターであったりと、研究レベルで非常に質の高いところと連携を組むことによって進めようとしています。 これらの人たちに一堂に集まってもらい、現在の時点での最高水準の知を集積しようというプロジェクトです。

求められる人材育成

この分野の人材が非常に不足していると聞きましたが。

赤林 教授:

そのとおりです。倫理審査委員会の委員の養成が全くできていません。今の日本にはどれぐらいの委員がいると思いますか。試算ですが、約5万人です。5万人の人が何の勉強をする機会もなく、ノウハウもないところで倫理審査を行なっているわけです。それで、このUT-CBELの前身の生命・医療倫理人材養成ユニット(Center for Biomedical Ethics and Law:CBEL)で、主に社会人を対象にした倫理委員養成プログラム実施し、実際に全国から公募し500名以上を養成しました。

新しい問題がたくさん出てきますから、クイックにリスポンスしなければいけないものに関しては、まず人材を養成します。新たな問題が発生したときに、解決の仕方を1週間以内にホームページでリスポンスする。それをマスコミの方などがご覧になって、その先に進めてもらうという、政策クイック・リスポンスをシンクタンク機能の一つとして実施しようと考えています。

メディアに正確な情報を伝えるということと、生命・医療倫理に関しての論点の整理が大切です。たとえば代理出産反対、賛成どちらかを主張するのではなく、賛成・反対にはそれぞれこういう論点がありますときれいに整理してマスコミに知らせる。これが政策クイック・リスポンスです。そういう政策立案や政策研究ができる人などを輩出したいと思っています。

臨床現場には、どのような問題がありますか。

赤林 教授:

今、倫理コンサルテーションが話題になっています。延命治療の中止というときに「このケースは本当に法的にも倫理的にも大丈夫なのかな」という最中に、病院の中に相談する人がいないのです。このケースは抜管してもいいだろうか、宗教上の理由で輸血拒否をする患者さんをどうするかとか、身寄りがなく同意能力がない人の治療をどこまでやるかとか。

臨床の現場で生じている倫理問題に対して助言する人材を養成していく。医療関係のバックグラウンドを持っている人が倫理的な、法的な素養を身につけるのか、あるいは法的な素養、倫理的な素養を持っている人に医療現場で勉強してもらいそういう助言ができるようにするのか。そういうニーズが高いのに実行する人がいないのです。

若手育成のための教育

キャリアパスの少し前段階での、教育手法をお教えください。

赤林 教授:

私たちのグローバルCOEは、広報、アウトリーチとして、医療従事者と一般市民の両方に、いろいろな情報発信をしていきたいと思っています。

なぜかというと、医療倫理の問題は、医者側あるいは患者側のどちらかの視点に偏ってもよりよい医療像は見えてこないのです。例えば今、ウェブコンテンツなどを開発して、いろいろと企画しています。小中学生から高齢者まで、必ず問題がありますよね。若い世代だと、妊娠・堕胎の問題や、高齢者ならドナーカードを持つかどうかとか、最後には介護福祉をどうするかどうか。そういう全世代に向けて、こういう問題があるということを発信するコンテンツを開発して意見も聞いてみたいと思っています。

サイト側からは、そういう問題をある程度情報提示し、それを見た人からは、「私はこう考える」というのを上げられるとよいですね。

赤林 教授:

グローバルCOEは若手教育だと言っていてそれも大切ですけれども、やはり社会人のリカレント教育にも目配りしないといけないと思っています。

博士課程の学生への教育では、どういった特徴がありますか。

赤林 教授:

こういうリカレント教育レベルで行なっていた基礎的な講義・演習・実習を1年目で受けてもらい、2年目からは例えば文科省、厚労省あるいはユネスコ等へインターンで行ってもらう。さらに研究者志向の人に関しては、国際シンポジウムなどを自分で企画させる。

あとは武者修行の留学です。我々は環境を重視します。人格が涵養されるにはある程度環境が必要なのと同じで、研究ができるようになるためにはそういった優秀な人たちがたくさんいるということが必要です。



留学を積極的にということは、留学のサポートなどもするのですか。

赤林 教授:

もちろんです。若手交流という意味では、日本からは海外に留学、外国からは日本に関心のある人に来てもらい学生たちと議論してもらおうと思っています。

私が最初に申し上げたように、一つのテーブルにみんなバックグラウンドがしっかり確立された研究者が座って、生命・医療倫理の一つの問題について学際的にお互いにわかるような言葉で議論し合うという雰囲気を、日本でもやっぱりつくらなくてはいけないと考えています。

具体的には、どういったことでしょうか。

赤林 教授:

例えば代理出産の問題について、法律家にも医者にもメディアの人にもわかるような言葉で説明し、話が通じるのです。それはただ「ビューティフル」と言うしかないですよね。医者も「現場はこうなんだからだめだ」というのではなくて、他の人でもわかるような言葉できちんと議論する。

米国のバイオエシックスが発展する上で、そういう学際的な学問というので多くの倫理学者、法学者、医学者が参画してきたことが一つの成功のきっかけではないでしょうか。そういう議論ができるためには、一定以上の質がある程度担保されないといけません。だからこそ、こういうネットワークが入っているのです。

特別に秀でた人たちを一人でも多くというイメージなのか、それとも、医療倫理という分野において携わる人間の全体的な底上げも視野に入れておられるのでしょうか。

赤林 教授:

両方ですね。それに伴って、研究者以外の医療従事者、国民、市民にも広くわかってもらいたいと思います。

私が見るリーダーというのは、そこそこまともな研究ができる人。分野とかトピックスは、挙げたら切りがありません。それぞれの分野である程度できる人なら、みんなその分野でリーダーになれるのですよ。国際的にも国内的にも。

確かに、テーマはものすごく膨大ですよね。

赤林 教授:

テーマは膨大で非常にニーズが高いです。こういうのにみんな手を出さないで、従来の座学や実践に閉じこもっているから、次の展開が見えてこない。そこでこのグローバルCOEは、そこをちょっと頑張ろうと思っています。

5年後の構想

そのほかに、スタートから5年後の姿、また5年後以降どうありたいと願っていらっしゃいますか。

赤林 教授:

今、医学部が頑張ってやっているけれど、決して医学部だけの問題ではないでしょう。iPSやクローンだとかは、ライフサイエンス全体にかかわる問題、文科系の死生学とか、駒場のUTCP(共生のための国際哲学教育研究センター)とか、そういうところと医学系の、実践に近いところと融合した形で、生命・医療倫理に関するセンターができたらいいと思います。

学生さんたちがそういうような学際的なディスカッションの場が必要だというふうにお感じなのでしょうか。

赤林 教授:

医学部以外の学部にも、関心を持っている学生がたくさんいます。だけど、具体的にどうやっていいのかがよくわからない。それに、最近みんな生活のためにがつがつ生きなきゃいけないというのではなくて、哲学、倫理学というか、現場に近いところからちょっと構えた、ゆとりを持てる学生が増えていて好ましいと思います。

一番危惧されるのは、どっちつかずの中途半端な人がたくさんできてしまうということなので、それを防ぐために、私は質の担保というのが重要だと思います。

他に、この拠点の魅力を伝えるとなると、どういうことがありますか。

赤林 教授:

昔ながらの徒弟関係で言いたくても物が言えないような場ではなくて、本当に自由に……。私は「先生」なんて呼ばれないですよ。「赤林さん」ですからね。上の目を気にしながら発言を意識しなきゃいけない、そういう場ではありません。

医療倫理を考えるというのは、よりよい医療とは何か。よりよい医療従事者・患者関係とは何かというようなことを考えることだと言っています。そういうのは何だろうというのを考えることが医療倫理学です。高校生に言うとわかってくれると思うのですが。


今後の医療倫理活動

さきほどのウェブコンテンツという話で、一般市民にもアウトリーチという話がありましたけれども。

赤林 教授:

まず、我々はやってみます。グーグルなどで、医療倫理で検索したらトップに表示されるようになるホームページもつくり上げます(編集注:現在CBELのウェブサイトは開設済)。

あとは…E(Ethics)ファミリーと、E(Ethics)タウンというものがあります。Eファミリーというのは、例えば子供から大人まであって、例えば若い人の「できちゃった」、堕胎するかどうかとか、遺伝子診断の産むか産まないかという非常に重い問題を出してきたり。あとは、おじいさんのところをやっていくと介護の話が出てきたりとか。それから、Ethicsタウンというと、倫理の理論っていろいろあるのですね。そういうのがわかるような、図書館から始まって、あと歴史とか、ドナーカード持っていたとか、持っているとか。これはかなり一般市民向けなんですよ。

(開発中のホームページを見ながら)そうですね。見てもそう思います。

赤林 教授:

これとは別に、今、医療従事者向けのものはもうでき上がって、間もなくアップします。これらをどんどんグローバルCOEから発信していって、それを広報の専門員を使って全国にPRしていこうと思っています。

10年後、20年後、日本の社会がどうなっているかわかりませんが、医療倫理は、どうやら少なくとも世界の先進国の流れを見ていると、なくなりそうもないですね。

今日はどうもありがとうございました。

(インタビュアー: COEプログラム推進室長 矢野正晴)
(文責: 榎本香織 人文社会系研究科博士課程)