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「生き死に」について考えてみよう

 現代日本では、「死」はタブー視されているといわれます。ほとんどの人は病院などの施設で死を迎え、自宅で、家族や知人たちが、死にゆく人の死の過程を、そして「死体」の存在感を、感覚する機会が著しく減少している、という事態を指しているのでしょう。確かにそうかもしれません。けれど本当は、私たちは日頃から「死体」をいやというほど見ているのです。スーパーやお店で売られている「お肉」です。あれは、紛れもなく動物の「死体」です。しかし、なかなかそれを「死体」と認識することはできません。「死体」が発生して加工されるプロセスが人々の目に触れないよう隠されているからです。こうして、「死」を遠い、自分に関わりのない出来事と見なして、毎日を過ごしていくという傾向が生じてきます。けれど、たとえそうでも、結局は「死」はいやがおうでも目の前に現れてきます。病院のベッドであれ、家族の死体に対面するときが来ます。かわいがっていたペットの死を目の当たりにするときも来るでしょう。そして、やがては自分自身の「死」を意識せざるをえなくなるときもやって来ます。それは避けられません。だったら、そうした「死」について、「生き死に」について、前もってもう少し考えておいても悪いことではないのではないでしょうか。おそらく、そうすることで、毎日の楽しい、充実した時間の意義も、さらに輝いてくるのではないでしょうか。それは、「見通しを持つ」という、理性的な態度につながっていくはずだからです。

 手がかりはいくらでもあります。上に述べたもの以外にも、日本の武士たちの戦の物語や、鯨問題や死刑論争のような話題も、「生き死に」を考えるきっかけに十分になります。もちろん、「死」に至る生命現象についての科学的研究、「生き死に」をめぐる文学や宗教、そこにもヒントがちりばめられています。「死生学」とは、こうした多様な手がかりに基づいて、「生き死に」を徹底的に考察していこうとする学問領域です。それは、決して暗いものではなく、「死」を「生」と結びつけ、さらっと日常化していこうとする視点に貫かれています。一度私たちの活動をのぞいてみませんか。

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「死生学の展開と組織化」
拠点リーダー・
一ノ瀬 正樹 教授