腰痛の原因になる腰部癒着性くも膜炎のMRIを用いた新しい診断アプローチ 非侵襲的な画像撮影方法でくも膜下腔の神経の癒着を確認する
腰痛は日本人の患者さんが訴える最も多い疾患ですが、約20%が非特異的腰痛と呼ばれ、はっきりとした病因が分からないため適切な治療が難しい腰痛です。このなかには腰椎の手術は上手くいっているのに痛みが残ったり、あるいは、画像診断では腰椎の狭窄(きょうさく)がないのに手術後に徐々に痛みやしびれが再発した患者さんも含まれています。このような非特異的腰痛のなかには、腰椎によって構成される脊柱管のさらに内側を走るくも膜下腔という神経のトンネル状の通り道の中で神経同士あるいは神経とトンネル壁(硬膜)がひっつく(癒着する)ことによって痛みやしびれが起こる腰部癒着性くも膜炎が含まれている可能性があります。腰部癒着性くも膜炎は、一旦発症すると長きに渡り生活の質を落とし、最悪の痛みと言われる程の激しい痛みを経験する事になります。しかし、腰部癒着性くも膜炎の診断基準は、世界中を探しても存在せず、非常に稀な疾患として認識されています。
東京大学医学部附属病院麻酔科・痛みセンターの住谷昌彦准教授、土田陸平医師(医学博士課程4年)らの研究グループは、診断のつかない腰痛に悩む患者さんの中に、腰部癒着性くも膜炎を疑う患者さんがある一定数いる事に気づきました。そこで腰痛の原因検索のための磁気共鳴画像(以下、MRI)を用いて、その診断アプローチの研究を行いました。
これまでに腰部癒着性くも膜炎を疑うMRIや脊髄造影検査での画像診断として1980年代に欧米で典型的な腰部癒着性くも膜炎の画像として提案された所見がありましたが、このような画像所見を示す患者さんは非常に稀で、ほとんどの腰痛患者さんでは観察されませんでした。そのため、腰部癒着性くも膜炎が疑われなかったのです。今回、MRI検査を仰臥位(仰向けの姿勢)と腹臥位(うつ伏せの姿勢)によって行い、神経のトンネル(くも膜下腔)内を走行する神経の位置を比較することによって腰部癒着性くも膜炎を診断(神経同士あるいは神経とトンネルの癒着を発見)できることを明らかにしました。
MRI検査は被曝しない非侵襲的な検査であり、通常の診療で腰痛を詳しく調べる際に必要な検査の1つです。撮影時の体位変換により早期に診断がつく事で、患者さんの生活の質を落とさず、複数の医療機関を受診せずに済み、医療費の軽減に繋がります。
今後は、腰部癒着性くも膜炎が神経障害により痛みを引き起こしている事を採血や髄液検査によって定量的に評価し、MRI検査と組み合わせる事で、より正確に癒着性くも膜炎の診断がつけられるようにしたいと考えています。
「腰痛はよく聞く名前であり、ありふれた痛みと思うかもしれません。ところが腰痛を詳しく調べてみても、現代医学では原因がわからないものが含まれており、精神的な問題と決めつけられていこともあります。腰部癒着性くも膜炎は診断基準がない疾患で、その症状の1つに腰痛があります」と住谷准教授は話します。「今回、私たちの研究により提案する画像診断方法は、MRI検査時に体位変換を追加する事で、腰痛や下肢痛の原因となる神経の癒着を可視化したことになります。私たちは、実際の患者さんの診療を通じて感じた疑問や観察所見を、痛みに苦しむ患者さん達が少しでも痛みから解放されるよう生かしたいと考えて診療と研究をしています。今後、腰部癒着性くも膜炎の痛みの原因が、神経が障害される事によって起こっている事を定量化し、より早期に腰部癒着性くも膜炎を発見し、治療が行えればと考えています」と続けます。
論文情報
Rikuhei Tsuchida, Masahiko Sumitani, Kenji Azuma, Hiroaki Abe, Jun Hozumi, Reo Inoue, Yasushi Oshima, Shuichi Katano, Yoshitsugu Yamada, "A Novel Technique Using Magnetic Resonance Imaging in the Supine and Prone Positions for Diagnosing Lumbar Adhesive Arachnoiditis: A Preliminary Study," PAIN Practice: 2019年7月20日, doi:10.1111/papr.12822.
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