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IoT時代の無線技術を開発 | Entrepreneurs 07

掲載日:2021年6月9日

このシリーズでは、東京大学の起業支援プログラムや学術成果を活用する起業家たちを紹介していきます。東京大学は日本のイノベーションエコシステムの拡大を担っています。

ソナス株式会社(東京都文京区)は、IoT(Internet of Things)時代の要請に応じた無線技術を開発し、インフラ設備や建築物、工場などに製品を展開するベンチャー企業です。IoTは、現在大きな潮流となっているデジタルトランスフォーメーション(DX:デジタル技術の浸透がもたらす業務やビジネスの変革)に不可欠です。同社の次世代無線技術は、従来の無線では難しかった「高速」「安定」「省電力化」「時刻同期」などの要素を同時に実現する規格として、今後のDXの進化に寄与すると期待されています。

この技術の基になるのは、東京大学大学院工学系研究科の森川博之教授の研究室が行なった、画期的なデータ送信方式の研究です。同時送信フラッディングと呼ばれる方式で、複数の装置間で同一データを同一タイミングで、バケツリレーのように伝送します。同研究室出身の大原壮太郎さんを代表取締役・CEOとし、同研究の中心だった鈴木誠さんと後輩だった神野響一さんが共同創業者に名を連ねる同社では、上記伝送方式を独自の無線規格「UNISONet(ユニゾネット)」として実用化しました。同無線を搭載した無線振動計測システムは、センサでビルや橋梁など構造物の振動を計測し、そのデータを無線で収集することで構造に異常がないかをモニタリングするシステムで、2019年以降、マンションなどの「スマートメンテナンス(デジタル技術を使った保守管理)」導入の波に乗り、順調に売り上げを伸ばしています。

「マルチタレント」としてCEOに

大原さんは三重県亀山市出身で、大学に入学して3年間は「学業にはあまり熱心ではなかった」と言います。そんな大原さんが変貌を遂げたのは、森川研究室に入った大学4年の時でした。「卒業研究を一生懸命やりました。徹夜もしたし、きつかったけど、やればやるほど成果が出ました」と振り返ります。その後、修士論文が工学系研究科の優秀賞を獲得。研究のかたわら、後輩の指導や事務的なことも幅広く引き受け、この経験から「自分にはマルチタレント的な部分があるのではないか」と気づき、2010年に日本の多国籍企業に就職しました。

勤務先が社内起業に注力していたこともあり、次第に起業を考えるようになった大原さんは、「自分の成長の鈍化に焦りもあったので、環境を変えようと思った」と、保育のIT事業参入を目指して保育士の資格を独学で取得した後、2015年に退社します。その矢先に強力な先行他社があることを知り、同事業こそ断念しましたが、「まずは会社を立ち上げよう」と、同年11月にソナス株式会社を設立しました。

そんな時に再会したのが、森川研究室で大原さんのメンター役だった鈴木さんです。「技術のシーズがあるので、一緒にやろう」と持ちかけられ、意気投合。2017年4月に同技術を応用した高品質無線振動計測システムを上市し、「マルチタレント」大原さんが代表取締役として経営を担当し、技術開発は鈴木さん、ビジネスは神野さんが担うことになりました。

IoT時代の無線

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従来の伝送方式では、電波干渉(複数の電波が重なり、お互いを弱めたり強めたりする現象)を防ぐために干渉制御をすることが不可欠だと考えられてきました。しかし、2011年に「複数の装置から同一データを同一タイミングで受信すると、致命的な干渉が起こらない」という、常識を覆す論文がスイスの大学から発表されました。UNISONet技術の根幹である「同時送信フラッディング」は、この現象を利用したデータ送信方法です。

しかし、いざ様々な環境で使用しようとすると予期せぬ問題が噴出し、一つ一つ潰していかなければなりませんでした。「解決するために知恵を絞り、その部分で特許を取得しました。苦労はしましたが、今ではその部分が我々の強みになっています」と、大原さんは語ります。

同社の無線振動計測システムは、老朽化した橋などインフラの振動データを無線で収集し解析することにより、今まで専門技術者の目視で行ってきた点検を自動化することが期待されます。ただ、点検方式の変更には法整備が必要で、市場の立ち上がりは遅いと言います。

そこで、時宜を得たのが、マンションなど大型建築物のスマート管理化に向けた製品の提供です。「ゼネコンやマンション管理会社が、建物の『IoT化』などの付加価値をつけて差別化を図る動きが2019年から出てきました。おかげで、我々の製品は飛ぶように売れました」と話します。また、工場のデジタル化の流れを受けて、機械の故障予知や保全に振動データを利用するニーズも生まれてきています。さらに、鉄道レールの摩耗状態を振動計測によってモニタリングするため鉄道総合技術研究所と実証実験を行なうなど、活用の幅が広がっています。

UNISONetと高精度加速度センサを搭載した無線振動計測システムのセンサユニット
 

いずれは母校に還元

ソナスが目指しているのは、UNISONetをIoT無線の国際規格にすること。その足掛かりとして、2021年夏には同規格の無線モジュールを本格的に販売する予定です。これにより、他社のIoT機器にUNISONetを利用してもらえるようになり、普及に向けて弾みがつきそうです。「今後2、3年で国内シェアを獲得してから、米国、欧州、中国、東南アジアに進出したい」と言います。

ソナスの共同創業者3人は、東大産学協創推進本部が提供する「EDGEプログラム」を受講したことで「起業の文化や雰囲気」を学んだほか、ベンチャーキャピタルとつながりを持ったそうです。東京大学協創プラットフォーム開発株式会社(東大I P C:東京大学のベンチャー創出機能強化のため、2016年に大学が100%出資で設立)からは、起業支援プログラム「1st Round」を通じた、きめ細やかな支援や2億円の出資決定(2021年4月)を受けています。また、株式会社東京大学TLO(東京大学の発明と企業の橋渡しをする技術移転機関。1998年に設立され大学が100%の株式を保有)の調整を通じて、東大との共同研究成果を特許として活用する予定です。

「東大にはとても恩義を感じています。株式の上場は2020年代後半を目指していますが、その際には何らかの形で恩返しをし、後進の起業家の育成に貢献するエコシステムを確立したい」と、起業家らしい言葉で今後の抱負を語ってくれました。

 

 

ソナス株式会社

大原壮太郎代表取締役が2015年11月に設立。東大と技術移転のライセンス契約を結び、2017年に次世代IoT無線「UNISONet」を搭載した無線振動計測システムを発売。その後、マンション、高層ビルの振動モニタリングや工場内の機器の予知保全向けに販路を拡大し、順調に売り上げを伸ばす。また、UNISONet は、無線モジュールやシステムインテグレーションサービスなどに使用され、より幅広い業界への導入が始まっている。2017年に数千万円規模の資金調達をしたほか、翌年にはグローバル・ブレインとANRI、2021年には東大IPC他からも資金調達を行った。社名は「礎をなす」から命名、「社会の礎になることを目指す」という。

写真左から:共同創業者の神野響一さん、鈴木誠さん、大原壮太郎さん

取材日: 2021年2月4日
取材・文/森由美子
撮影/武田 裕介

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