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ピボットを繰り返しながらたどり着いたロボット工学技術 Entrepreneurs 08

掲載日:2021年11月30日

このシリーズでは、東京大学の起業支援プログラムや学術成果を活用する起業家たちを紹介していきます。東京大学は日本のイノベーションエコシステムの拡大を担っています。

危険と隣り合わせの建設現場にデジタルトランスフォーメーション(DX)革命をもたらそうと、2020年4月に設立されたARAV株式会社(東京都文京区)。建設機械の遠隔操作や自動運転の開発に取り組むスタートアップ企業です。建設業就業者の高齢化や退職などに起因する深刻な人手不足の解消や、死亡労働災害の3分の1を占める建設業の死傷者を大幅に削減しうる技術として、建設業界から大きな注目を集めています。

ARAV社を率いるのは、白久レイエス樹代表取締役です。中学時代に初めてロボットに興味を持ち、ロボット工学技術に軸足を置きながらピボット(路線変更)を繰り返してきた、ハード、ソフト両面に長けるエンジニアでもあります。同社は、既存の建機に後付けで搭載でき、PC、タブレット、スマートフォンがあればどこからでも遠隔操作できる機器の開発に成功。今後は油圧ショベルなど、建機の自動運転技術を確立し、建設現場の「アップデート」を目指します。

ロボットのメカにのめり込んだ学生時代

沖縄出身の白久さんは、中学生の頃に「高専ロボコン」をテレビ番組で知り、「自分も出場したい」と沖縄工業高等専門学校に入学。4年の時に「二足・多足歩行ロボット」のテーマで、悲願の優勝を果たしました。その後、高専の専攻科で行った海洋ロボットの研究を続けるため、東京大学新領域創成科学研究科の修士課程に進学しました。所属したのが巻俊宏准教授の研究室で、ロボットを海底に潜らせ、海底の撮影やサンプル採集を行い、実際に海底にどのくらいの資源があるかを把握するのがミッションだったそうです。

それと同時並行で取り組んだのが、「外骨格ロボットスーツ」と呼ばれる、人が乗り込んで動くとその動きが拡大されて動く、高さ3メートルにもなるエンターテインメントロボットです。実際にテーマパークなどから受注したこともあり、修士課程2年の2013年10月に、スケルトニクス株式会社を仲間と立ち上げました。

本郷キャンパス・アントレプレナーラボにある本社で作業をする白久さん

「ベンチャー」を学びにシリコンバレーに

しかし、やがて会社の方向性をめぐって仲間との違いが埋め難くなり、2016年春に同社を辞め、大手自動車メーカーに就職することに。海洋ロボットを手がけた経験が買われ、自動運転を開発する部署に配属されました。そこで知ったのがイスラエルのベンチャー企業、モービルアイ(現インテル社の子会社)の存在です。まさに衝撃的でした。「大企業と対等に仕事ができるベンチャーでした。一度はベンチャーを辞めましたが、ベンチャー側でチャレンジしたいという思いがだんだん湧いてきました」。1年5か月在籍した自動車メーカーを辞め、「スタートアップとは何ぞや」を探るためにシリコンバレーに渡り、会社も設立しました。

白久さんが取り組んだのは、乗用車の後塵を拝する、トラックの自動運転技術の開発です。「カメラから情報が入ってきて、車両が動く。そのすべての技術を一人で開発するというのはチャレンジでした」と振り返ります。トラックと構造が比較的酷似している油圧パワステ方式の中古乗用車を購入し、外付け自動運転機器を搭載し、90キロで自動走行する実験を行っていましたが、ビジネス化は難航しました。そんな折、白久さんのSNS発信を見た日本の建設業関係者から「手伝ってほしい」と、予期せぬ相談が舞い込みました。太平洋をまたいでウェブ会議を続けるうち、「建機の方が需要はある」と確信したそうです。というのも、トラックは公道を走行するため、絶対的な安全性を確立しなければなりません。一方、建機は私有地に限って走行を許されているため、ハードルがかなり低いからです。2年間の米国滞在予定を半年ほど早く切り上げ、帰国の途につきました。

支援を受けて本格的なベンチャーを設立

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帰国後、東京大学のエコシステムから潤沢な支援を受け設立したのが、ARAVです。スケルトニクス時代にも東大の産学協創推進本部が提供する起業支援を受けたものの、自己資金でスモールビジネスとしてスタートしたことが悔やまれていました。そこで同本部の恩師からアドバイスを受け、東京大学・大学院の卒業生・研究者向けの「Found X」という起業支援プログラムに入ったほか、スタートアップとしての様々な事業化・資金調達支援を受けたり、本郷キャンパス南研究棟にあるアントレプレナーラボに入居したりしました。

起業後は、建機メーカーや建設会社と共同実証実験を行い、1000キロ離れた場所からリアルタイムでクローラーや油圧ショベルを操作することに成功しています。2020年11月には、同社の草刈り機の遠隔操作技術が、国土交通省から「建設現場の生産性を向上する革新的技術」に選定されています。

建機の自動運転は、伊藤忠T C建機株式会社など10数社と研究開発が進行中です。様々な相談が企業から寄せられていますが、日本の建設現場でよく見かける、油圧ショベルの自動運転技術の確立を最優先で進める意向です。

「社内の作業は淡々としていますが、やるべきことは決まっています。明確に困っている企業がありますので、時間はかかりますが、とにかく課題解決になる機器を作っていきたい」。白久さんは明確な方向性を見出し、開発に邁進しています。

 

 

ARAV株式会社

代表取締役の白久レイエス樹氏が立ち上げた3社目の会社で、建機の遠隔操作、自動運転の研究開発を行う。2020年4月に設立。社名は、Architectural Robust Autonomous Vehicles (建設向けの頑強な自動運転車)の頭文字を取って付けた。東大IPCの「1stRound」プログラムに採択され、人材採用や提携先紹介などの支援を受けたほか、2021年には、同社から6300万円の出資を受ける。現在は、副業で参加するエンジニア含めた十数人の体制で開発を進めているが、量産化準備に向けて人材採用を強化する予定。更なるDX革命の提供を目指す。(写真はシリコンバレー滞在中の白久さん。滞在中に訪れたゴールデンブリッジ近くで)

取材日: 2021年10月14日
取材・文/森由美子
撮影/原恵美子

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