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ウンコが鍵を握るスラムの環境保全と貧困緩和|中西徹 東大の排泄関連研究(13)

掲載日:2024年3月26日

経済学を土台とした地域研究による分析を途上国の貧困層の生活向上につなげたいと思い、「スモーキーマウンテン」のようなフィリピンのスラムを研究してきた中西先生。
現地の川での排便体験を発端に川の清浄化と有機農業推進の両方を狙って進めた試みを紹介してもらいました。

地域研究×排泄

ウンコが鍵を握るスラムの環境保全と貧困緩和

中西徹
NAKANISHI Toru

総合文化研究科 教授

中西徹

スラムの屎尿を堆肥に活用

1980年代半ば、マニラのスラムに住み込み調査を行っていた大学院生当時の私にあてがわれたのは川辺の公衆トイレ、廃材で作られた掘っ立て小屋でした(ホストファミリーの皆さんは古紙に汚物を包み川に捨てていました)。トイレといっても便器はなく、板の隙間から排泄物を川に落とす仕組み。用を足して下を見ると、太ったティラピアという魚が口を開けています。すぐ近くではこの魚の漁が盛んでした。まさに循環経済です。

しかし、川はヘドロだらけ。川に落ちれば悪臭が取れず、犬や猫の死体も浮かんでいて、感染症の大きな要因となっていました。貧困層は環境劣化の被害者でも加害者でもあります。一番の問題はトイレだと考え、1999年から東京工業大学や北海道大学の先生方とともに、屎尿を有効利用するプロジェクトに参画しました。

フィリピンは、1960年代半ば以降にアジアを席巻した「緑の革命」という農業技術革新の中心地でした。品種改良と化学肥料と農薬の投入で生産性を上げるものです。短期的には収量が上がりますが、長期的には土地が痩せたり、農薬禍がもたらされたりします。私たちは、人々の屎尿を堆肥にすれば、川の浄化と有機農業推進に役立ち、貧困の緩和につながると考えたのです。

ただ、屎尿由来の堆肥は、東アジアではなじみがありますが、当地では忌避の対象。初めは「人糞で育てた野菜をあなたは食べられるのか?」と言われ天を仰ぎましたが,働きかけを続け、やっと政府に認めてもらえました。屎尿由来の堆肥は臭くないと実感してもらえたのです。

中西先生が1985年に撮影したスラムの川の上のトイレの写真
中西先生が1985年に撮影したスラムの川の上のトイレ。「男女の別はトタンの廃材で仕切られていました」(中西)
スラムの川の写真
スラムの川はゴミだらけが普通。「人の遺体とおぼしきものが浮いていたのを見たこともあります」(中西)
水入りのバケツと「タボ」の写真
フィリピンのトイレ事情
「トイレには水入りのバケツと「タボ」という柄杓があります。大便後は紙を使わずタボで水をかけて手で洗うのが普通。手動ウォッシュレットでお通じの後、そのまま水浴びするのも爽快です」(中西)

高温多湿は発酵に好適

2001年、他の研究者とともに官公庁が並ぶケソン市の公園に攪拌装置付きバイオトイレを設置し、屎尿を発酵させる試みを始めました。通常、この種のトイレだと発酵を促すために加熱の必要がありますが、暑い地域では少しかき混ぜれば十分。バイオトイレは高温多湿の東南アジアに向いています。しかし、その矢先にフィリピンの政権が突如交代。役所の担当者が総入れ替えとなり、資金も途絶えてプロジェクトは頓挫しました。

さて、いまやタイの平均余命は約77歳ですが、フィリピンはいまだに約70歳。スラムでは多くの方が60歳未満で亡くなります。死因ではがん、高血圧、糖尿病などのNCDs(非感染性疾患)が多くなっています。スラムでは食の質が悪く、脂質や糖分が過多となる傾向が強いのです。米の食べ過ぎや、当地の清涼飲料水やコーヒー飲料の甘さが影響しています。その意味でも、屎尿由来の堆肥が化学肥料同様に窒素過多になるのには注意すべきです。放っておくと人体によくない硝酸態窒素が生じるからです。

政権交代で憂き目を見ましたが、貧困層のトイレはいまも大きな課題です。そして昨今、SDGsの影響もあって世界的に有機農業が注目されています。フィリピンでも2020年に有機農業推進法が改正され、屎尿由来の有機肥料の意義も増すのではないかと期待しています。また、当地では光熱費が高いので、屎尿由来のバイオガス燃料を活用できれば、その分を食生活改善に回せて平均余命も延びるでしょう。スラムのトイレから有機農業へと進展してきた研究が何らかの形で役立てられれば幸いです。images

マニラの北にあったスモーキーマウンテン
マニラの北にあったスモーキーマウンテン(ゴミが自然発火して煙っていたのが名前の由来)。
スモーキーマウンテンの写真
スモーキーマウンテンは1995年に閉鎖されましたが、いまも当時の住民の多くが周辺に住み続けています。
『現代国際社会と有機農業』(放送大学教育振興会/2023年)
『現代国際社会と有機農業』別ウィンドウで開く(放送大学教育振興会/2023年)
フィリピンの有機農業がグローバル化の流れのなかでどう進んできたのかも解説。有機農業と屎尿との関係にも触れています。

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