平成28年度東京大学学部入学式 祝辞

式辞・告辞集 平成28年度東京大学学部入学式 祝辞

 

新入生の皆さん、東京大学への入学おめでとうございます。また本日入学した新入生の皆さんを今まで支えて来られた皆さまにもお祝い申し上げます。

 

本日、私は皆さんに祝辞を申し上げることになっておりますが、私自身は東京大学で学部時代を過ごしていませんので、東京大学での学生生活について的確に言えないことも多いと思います。そこで、私が科学者として経験してきたことをもとに、思いつくままにいくつかのことを皆さんにお伝えしたいと思います。思いつくままに言いますので、皆さんは私の言うことを全て鵜呑みにする必要はありません。むしろ、そんなことを言うけど独りよがりで間違っているのではないのかと疑って、いろいろな人から話を聞いてみるのが良いかもしれません。また私は長年ニュートリノの観測研究に集中してやってきたので、私の経験から言えることが非常に限られていることもご注意ください。

 

本日、皆さんは、東大生としての初日を少し緊張とともに、晴々しい気持ちで迎えていることと思います。ここで、忘れないでほしいことは、皆さんは学問の入り口に今やっとたどり着いたということです。今後、大学生生活をどのように過ごすかが非常に大切です。

 

皆さんが高校時代を思い返せば、与えられた問題を、いかにきれいに無駄なく解いて、正しい答えを制限時間内に導くかが問われていたと気づくかと思います。しかし、学問あるいは科学研究の世界では、答えがあるかどうかわからない、あるいは答えがあるにしてもその答えを誰も知らない、また答えが得られるまでどのくらいかかるかはっきりわからない、そのような問題に挑戦することになります。今皆さんはこのような世界の入り口にいるのです。このような学問、あるいは科学の研究の世界で求められるのは、答えを得るための論理的な思考、また簡単にあきらめない心かと思います。

 

もし、あなたが大学院で博士課程に進学したとすると、典型的には3年間で博士論文を書くことになります。博士論文では、新しい学問的、科学的成果があること、すなわち新たな知を生み出すことが求められます。つまり3年かかってもよいから、今まで誰も知らなかったことを何か見つけなさいということです。皆さんが今まで経験してきたこととは全く違う知的活動です。また、私に関して言えば、博士の学位を取得して半年くらいで、カミオカンデという実験装置で観測されていた大気ニュートリノのデータが予想と違って少ないということに気付き、その後10年以上研究を続け、結局ニュートリノ振動というニュートリノに小さい質量があると起こる現象が観測されていたのだと結論することができました。でも、10年で解決できたのは幸運だったと思います。同じニュートリノの分野で、太陽ニュートリノの研究を例に取りましょう。太陽ニュートリノの観測はすでに1960年代にはじまったのですが、当時から観測された太陽ニュートリノの数が理論計算の結果より少ないということが問題になっていました。結局、太陽ニュートリノの観測数が少ない理由はニュートリノ振動だったのですが、このことがわかったのは2000年代になってからです。実に30年以上の年月がかかりました。この間、世界の研究者がさまざまなアイデアを出して議論をし、またいくつかの重要な実験がなされ、やっと問題が解決できたのです。このような長い年月をかけて真理に近づくことが求められるのです。

 

今、世界の研究者がさまざまなアイデアを出して議論したと言いましたが、このことも重要です。今まで皆さんは個人で試験に挑んで、自分の力で回答を書いてきました。もちろん、自分の力で回答を得ることは重要です。しかし、あなたの周りの人はあなたが知らないことを知っているかもしれないし、別なアイデアを持っているかもしれません。学問の世界では、世界中の多くの学者、研究者が同じ問題を議論し、知識とアイデアを出しあい、協力して問題の解決に向けて進みます。実社会でも同じかと思います。つまり、議論し、協力しながら物事に取り組むことが非常に重要なのです。特に私が関わってきた観測研究では、典型的に100人くらいで協力して観測装置を作り、そして観測、データ解析をして研究成果をまとめます。大学生になった皆さんは意識して議論する力、協力してものごとを進める力を養ってもらいたいと思います。そして協力してものごとを進めるためには、あなたがた1人ひとりが今まで以上に他人から信頼され、尊敬される人間に成長することも求められると思います。

 

高校までは問題が与えられて、それを解くことが重要だったかと思いますが、これからは問題や課題そのものを見つけることも重要になってきます。私のことばかりを例に出して恐縮ですが、大気ニュートリノのデータが予想と違うという点を問題としてきちんと認識したことが後にニュートリノ振動の発見につながったと思います。学問や実社会の最先端に立つと、今後どんなことが問題や課題になるかを見抜く力、あるいは予期せぬことに出会ったときにそれをきちんと問題としてとらえる力が必要になります。問題や課題を見つけるという意識を持って、それらを見つける力を身につけてください。

 

以上、いくつかの点について、私が思うことを言わせてもらいました。今皆さんは大学生として学問の入り口に立ったのです。今までの勉強とは大きく異なります。大学生の間に皆さんが身につけることは、将来学問や研究の世界に進むか、実社会で活躍するかに関わらず非常に重要なものだと思います。大学生の時を有意義に過ごしてください。そしてそのような意識を持って大学生活を送る皆さんにとって、東京大学は最高の場所だと思います。皆さんにとって東京大学での大学生活がかけがえのないときとなることを、心より期待しています。

 

平成28年(2016年)4月12日
東京大学特別栄誉教授、宇宙線研究所長  梶田 隆章

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