秋の留学生見学旅行は本研究科の恒例行事。この旅行を楽しみにして、毎年のように参加する留学生も多いと聞く。今年度は、前日の嵐がうそのように晴れ渡った10月25日(水)秩父への日帰りバス旅行を行った。参加者は42名であった。
 昼前に荒川村のそば打ち道場に到着。数人のグループに分かれ、ボランティアの方の指導を受けてそば打ちに挑戦。苦労してこねたそば粉を薄く伸ばしてたたみ、精神を集中して包丁で細く細く切る。自分たちで作ったゆで立てのそばの味は格別であった。

そば打ちに挑戦

 秩父神社を参拝した後、地元の造り酒屋・武甲酒造を見学。酒造りへの情熱が伝わる社長さんの説明をうかがった後、そこで作られているいろいろな種類の酒の利き酒をさせてもらった。

秩父神社の前で

 最後は長瀞の川下りを楽しむ。前日の雨で増水しており、通常の所要時間30分のところを半分の15分で流れ下るという、スリル満点の川下りであった。

川下り

 盛りだくさんのプログラムで、赤門前に到着したのは19時近かった。留学生同士が研究室を越えて交流する上でも、また留学生が日本の生活文化に触れる上でも、意義のある一日であったように思う。

 

 

 今年度、教育学研究科で学校教育高度化専攻が新設されたのに伴って、中野区にある附属中等教育学校で、昨年11月27日、大学院生と教員との打ち合わせが初めて開かれた。この日、全附属教員と大学院生が実験実習室1で顔合わせを行った後、各教科に分かれて打ち合わせが行われた。教員と大学院生は初めて顔を合わせるケースがほとんど。教員たちは、各大学院生の取り組んでいるテーマと、附属学校で具体的に何がやりたいかを聞いた。
 これまで学部生の教育実習を受け入れてきた附属学校が、来年度から高度化専攻の実地研究の場になる。今回の打ち合わせ会は附属学校にとって新しいステップと言えるだろう。
 この打ち合わせ会に参加した社会科の大学院生の一人は、「附属学校の先生方は、授業をオープンにすることを前向きにとらえており、カリキュラム開発や教材研究の相談にも積極的に対応してくださる。比較的長い時間をかけて実地研究ができるのも、貴重な経験になるので感謝している」と述べた。
 また、このプログラムを推進している佐藤学前教育学部長は、「附属学校が、トップレベルの教師教育に、大学と合同で着手したのは画期的なこと。院生達の今後の頑張りが楽しみ」と話した。
 現在、附属学校には毎日のように大学院生が訪れ、授業見学を行ったり教員と話し合ったりしている。来年度からの彼らの活躍に注目したい。

 

 

 12月2日(土)、第10回理学部公開講演会が本郷キャンパス安田講堂にて開催された。今回はテーマを「時間の科学」とし、時間をキーワードに理学系研究科で行われている研究を紹介する企画とした。これまで秋の講演会は金曜日の夕方に開催してきたが、今回はじめて土曜日の昼の時間帯で行った。これまでを大きく上回る600名近い聴衆に来場いただき、一般向けの講演会としては大成功だったといえるだろう。
 まず地球惑星科学専攻の横山祐典講師による「地球環境変動と年代測定」、続いて生物科学専攻の武田洋幸教授による「動物のからだを刻む分節時計」の2講演が行われた。最後に、第10回記念特別講演として、海部宣男国立天文台名誉教授に「ひろがる太陽系:惑星の新しい定義をめぐって」と題して、最近話題となった惑星定義の問題についてお話しいただいた。異なる分野からの講演であったが、いずれも平易でわかりやすい内容で、基礎科学の多様性と面白さを十分に伝えることができたのではないかと思う。
 今回の講演会では、土曜開催にしたこと、記念講演を設けたことなどいくつかの新しい試みがあったが、もうひとつの目玉として設定したのが、講演会終了後の講師との「歓談の時間」であった。講演終了後希望する参加者に残ってもらい、講演中の短い質疑時間では解消されなかった質問や日頃の疑問などを直接講師にぶつけてもらおうという企画である。中高生から年配の方まで多くの人たちが残って各講師を取り囲み、双方向のコミュニケーションをとれるめったにない機会を楽しんでいたようだ。コーヒーやお菓子も用意され、和やかな雰囲気で終了時間も忘れて会話に花が咲いていた。
 当日は天候にも恵まれ、予想をはるかに上回る聴衆に来場いただいた。とくに社会人の参加が多かったが、今後の課題としてはより若い層の人たちにも発信していけるような工夫も必要かと思われる。最後に、企画と準備、実行に携わった学生および職員の方々に、この場を借りて感謝の意を表したい。

横山祐典講師(地球惑星科学専攻)の講演の様子

武田洋幸教授(生物科学専攻)の講演に聞き入る聴衆

 

 

 12月11日(月)農学部弥生講堂において、生物生産工学研究センターシンポジウムが210人の参加者を迎え、盛会のうちに終了した。
 本センターは、微生物、植物の有用機能を解析・増強するバイオテクノロジー研究を強力に推進し、その成果を環境修復、不良環境地域での作物生産、省エネルギー・環境低負荷型食糧生産に関連する技術開発に応用することを目的としていることから、今年のテーマは「微生物力を活用したものつくりに向けて」に設定した。発酵法によるグルタミン酸生産の発明以来50年を迎えて、微生物を利用したものつくりの新展開について大学と企業の研究者が産学連携を意識し討論を行った。
 本センターの葛山智久助教授は、放線菌由来の新規酵素を利用した有用プレニル化化合物ライブラリー構築について、本学農学生命科学研究科の大西康夫助教授は、放線菌による耐熱性ポリマー原料の合成について発表した。(株)海洋バイオテクノロジー研究所の三沢典彦主幹研究員は、分子進化工学技術によって機能向上させた酵素による難化学合成化合物ライブラリーの構築について、メルシャン(株)の有澤章主任研究員は、微生物由来の水酸基導入酵素を利用した有用物質の探索・開発・製造について、それぞれの企業における取り組みを紹介した。本センターの西山真教授は、リジン発酵の鍵酵素アスパラギン酸キナーゼの活性調節機構を酵素の立体構造から解析した発表を行った。京都大学の阪井康能教授は、メタノール資化性酵母を用いた活性型有用タンパク質生産のための戦略とその背景にある基礎科学について講演し、北海道大学の横田篤教授は、バイオプロセスによる有用物質生産のためのエネルギー代謝の改変の重要性について、信州大学の池田正人教授は、アミノ酸発酵改善のための酸素要求性の改変について講演を行った。
 2007年は国際シンポジウムとして開催される予定である。

シンポジウムの様子

 12月13日(水)、国立劇場で開かれている文楽鑑賞教室に参加した。留学生旅行ではどちらかと言うと留学生相互の交流・懇親が重点になるのに対して、今回の文楽鑑賞教室は、文楽という日本のユニークな芸術に留学生も触れてもらおうと企画された。参加者は、教職員も含めて29名であった。
 サッと緞帳が下りると、「八百屋お七」のクライマックスの「火の見櫓の段」という息を飲むような場面をさわりとして見た後、実際の演者による義太夫節、人形使い、三味線の解説を聞いた。文楽が物語と音楽とお芝居が融合した総合芸術であることがよく分る。それぞれ楽しく貴重なお話だったが、特に、人形に人間と見紛うばかりのしぐさや表情を与えるテクニックの実演と解説には、留学生たちも興味津々の様子であった。休憩の後、「恋女房染分手綱」の「道中双六の段」と「重の井子別れの段」―これはかなり長く70分―を見てお開きとなった。
 義太夫節の内容は、字幕は出るものの、そのままでは日本人でも理解できない部分の方が多いくらいである。留学生にとってはますます理解困難だったと思われるが、理解以前に、目で見たり耳で聞いたりして感じ取れるというのも芸術の持つ一面である。「面白かった」「驚いた」という感想も聞かれた。普段、学問研究や日常生活で見知っているのとはまた違った日本文化の一面を知る機会になったのではないかと思う。

国立劇場にて

 

 

 12月21日(木)11時30分より、理学部1号館の正面玄関前において、山川健次郎元東京帝国大学総長の胸像贈呈式が行われた。式は、胸像を寄贈してくださった福田宏明氏(山川元総長の曾孫)ご夫妻、服部艶子氏(山川元総長の孫)、佐藤慎一理事・副学長、岩澤康裕理学系研究科長、副研究科長および物理学専攻長など関係者出席のもと、寄贈者の福田氏および服部氏より研究科長に胸像が手渡され、理学部1号館前の植え込みに作られた台座に設置した。
 山川健次郎元総長(1854〜1931年)は、東京帝国大学理科大学校(現在の東京大学理学部)で日本人初の物理学教授となられた、理学系研究科にたいへんゆかりの深い方で、その縁で今回の設置場所となったものである。昨年5月に福田氏および三木教子氏(山川元総長の孫)より、山川先生ゆかりの文書や写真など24点と、先生の物理学の教科書の原稿など7点の寄贈を受けたが、今回の贈呈式はそのうち胸像を設置するにあたり行われたものである。
 山川先生は1881年、日本人として初めて物理学の教授に着任され、以後、東京帝国大学総長を2度(1901年〜1905年、1913年〜1920年)務められた。先生はイエール大学の卒業であるが、そのホームページ1)によれば、日本において最初のX線研究を行っている。在職期間に、田中舘愛橘、長岡半太郎、寺田寅彦はじめ日本の物理学の基礎を作った方々を本理学部より輩出している。山川先生は会津の出身で、少年時代には白虎隊にも属していた。後に九州帝国大学、京都帝国大学の総長も務められた(詳しくは文献2)寄贈された文書のなかには、田中舘愛橘,長岡半太郎、菊池大麓からの書簡などあり、歴史的にきわめて興味深い。1890年ころに撮影された数学、物理、天文の教授など、帝国大学理科大学の教員の集合写真も貴重な資料である。教科書原稿も当時、物理学がどのように教えられていたかを知る上で大変興味深い。いただいた資料は、物理学専攻で保存することになった。寄贈いただいた福田宏明氏、三木教子氏に深く感謝したい。

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1) http://yale.edu/opa/intl/japan/docs/history.html
2)星亮一:「山川健次郎伝−白虎隊士から帝大総長へ」平凡社、2003年

山川健次郎元総長の胸像と福田宏明氏(左手前)、
服部艶子氏および岩澤康裕研究科長

 

 

 大学院農学生命科学研究科附属家畜病院は、1月1日(月)をもって、同研究科附属動物医療センターに改称された。
 獣医学教育は、明治7年4月の内務省農事修学場の創設以来、農学の基本としてその近代教育が開始された。市民に開かれた家畜病院は明治13年11月の開設であり、その歴史は古い。明治15年5月の駒場農学校への改称、明治19年7月における東京農林学校への改称、昭和10年7月、東京帝国大学農学部が本郷区向ヶ丘弥生町への移転等を通して、家畜病院は常に獣医学教育の中心として貢献してきた。
 戦後、農学部3号館内の一室で細々と診療が行われ、昭和27年と同40年に平屋建て病院施設が建てられた。平成3年4月に現在の場所に家畜病院が建設され、その時点で、建物名称としてベテリナリーメディカルセンターを使用したが、公式には家畜病院という名称が用いられ、現在に至った。
 今回名称変更した理由の一つは、「家畜」という名称が一般には牛、ブタ、羊などの畜産動物などを意味し、犬、猫などいわゆる愛玩動物の名称にはそぐわない、とするイメージがあることである。本センターには年間のべ1万5千頭以上の動物症例が来院するが、その飼い主にとって、家畜、という名称には抵抗がある。また、ここで診療を行う若手獣医師にとっても、家畜という名称に違和感を持つものも少なくない。
 一方、本センターでは動物の診療に加え、様々な研究も実施されている。特に最近は医学等の分野との共同研究が活発に行われており、獣医学だけでなく、医学の発展にも寄与している。これらは、高度獣医療を実施できる本センターの施設・設備と獣医学の知識・技術をもとに行われているものである。今後とも、このような活動は本センターの重要な活動であり、マウス、ラットより大きな動物を用いる、本学における研究センターとしての役割も果たしたいと考えている。そのため、現在、人員、施設の充実を図る努力を行っている段階にある。その際にも「家畜病院」という名称より、より広い内容を意味する「動物医療センター」が適当と考えられる。

佐々木伸雄センター長(左から2番目)と
會田勝美研究科長(右から2番目)

 

 

 1月7日(日)、三鷹国際学生宿舎内共用棟ホールにおいて、院生会(留学生の生活をサポートするための大学院学生による組織)主催、宿舎生会(宿舎に居住する全学生を構成員とする組織)の協力による新年会が行われた。
 この催しは、同宿舎に入居している留学生に、日本の伝統的な正月の過ごし方を紹介することを通じた、日本人学生と留学生との交流を目的としている。会場には、羽子板、独楽、歌留多などの日本の伝統的な遊びや書初め、もちつきなどのコーナーが用意され、日本人学生約20名、留学生約30人の参加者が日本の正月を満喫した。
書初めコーナーは、各留学生が自分の母国語で一筆し、各国の特色が出たオリジナルの作品を互いに紹介し合うなど非常に盛況であった。
 いろは歌留多は、百人一首などに比べ日本語がそれほど堪能でなくともとっつきやすいため、日本人学生、留学生両方において、学生同士の白熱したバトルが繰り広げられた。
 小型の臼と杵を使ったもちつきのコーナーでは、規模こそ小さいながらも、参加者は自分でついたつきたてのもちや雑煮を堪能していた。
 また、設置されたこたつでみかんやちらし寿司などを食べながら、各国の新年の過ごし方について話し合う場面も見られ、日本の伝統的な正月を紹介するだけではない文化的な交流が行われていた。
 三鷹国際学生宿舎には、宿舎生の3割、約180名の留学生が入居しており、院生会や宿舎生会を中心に、日本人学生と留学生との交流活動が続けられている。

ずらりと揃った参加者の書初め

白熱した歌留多の様子

おっかなびっくりのもちつき体験