情報社会の現代

 生物のたいていの遺伝子はその機能が失われると個体の能力が低下することが多いが、マウスを使った実験で、機能をダメにすると頭が良くなる(記憶力が上がる)遺伝子が報告されている。人間でも、想像を絶する記憶力を発揮したり天才的な芸術的才能を備えたサヴァン症候群とよばれる人が稀にいる。映画「レインマン」のモデルとなっている実在の人物は、9000冊もの本の文章を正確に覚えているという。モーツァルトもサヴァン症候群だったとか。世の中、そんな驚異的に頭がいい人があふれていないのは、頭が良すぎると生きるためにはむしろ不都合を生じるからであろう。たとえば、昔の出来事よりも最近の出来事に重点をおいて行動した方がより実益的だとか危険を回避できる確率が高いとかいうように。天才が短命なのはこのせいかも知れない。とすると、凡人は積極的に忘れるように敢えて頭が悪くなっていることになる。はたして頭がよろしくない我々が一角のことを成し遂げるにはどうしたらよいのだろうか。独創的な分野では意識を集中させることが大切であり、人は好きなことに熱中したときにものごとを達成できることも経験的に知っている。
 情報社会の現代において、どんな情報も自由に手に入る反面、あふれる情報に大事な限られた意識が奪われがちになっている。ネットに繋がったコンピュータの前で仕事をしていると、押し寄せるメールの山と、無限の広がりをみせるウェブ検索の海のなかで、主体的な思考が迷子になってしまうことがある。携帯電話もしかり。少し前になるが、ロンドンの研究所で過ごしていた2年間は日本のメディアも含めて多くの情報から遠ざかっていたが、大した不都合を感じなかった。逆に、その2年間に必要最小限の情報のもとにじっくり考え経験したことは、今でも研究の大きな糧として自分の中に息づいている。我々が超人的な記憶力や情報処理能力を持ち合わせていないという現実において、ややもすると情報が過ぎたるは及ばざるがごとしになってしまっていないだろうか。大学あるいは大学院のような専門教育の場でも、何を教え何を学びたいかを明確に意識することの重要性を感じる。

渡邊 嘉典(分子細胞生物学研究所)


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No.1351  2007年1月31日
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