鈴木 敬 名誉教授
本学名誉教授・学士院会員 鈴木 敬先生は、平成19年10月18日ご逝去されました。享年86歳でした。先生は、大正9年12月16日に静岡県でお生まれになり、昭和19年9月に東京帝国大学文学部美学美術史学科をご卒業後、国立博物館、文化財保護委員会事務局、東京芸術大学講師、同大学助教授を経て、昭和40年4月に東京大学助教授に就任、同42年9月に東京大学教授に昇任されました。また、昭和45年12月から同47年3月まで東洋文化研究所長及び同研究所附属東洋学文献センター長の職に就かれ、大学紛争の中で学内行政に尽力されました。昭和56年4月に停年退官された後、昭和55年11月に静岡県教育委員会事務局参与となり、昭和61年1月に新設の静岡県立美術館に初代館長として就任されました。
先生のご専門は中国絵画史であり、ことに中国絵画史を様式史として確立するために、従来文献的研究が主流であったこの分野で文献的考察を踏まえながらも、絵画作品そのものの構成、技法の分析を徹底して行われました。先生は、遺品の多い割合に文献史料が乏しいため、研究が回避されていた明代浙派の研究を手がけられ、この分野に様式面からの整理を与えるとともに、浙派成立の前段階としての“プレ浙派”の概念を提唱されましたが、これは世界的に認められる様式概念となっています。さらに、先生は、日本において研究がたちおくれていた北宋及び元時代の絵画史、ことに李成・郭熈派の研究を推進され、これらの美術史研究上の世界的な功績により、昭和59年11月3日紫綬褒章を受章されました。現在、次世代の中国絵画史の研究者の殆どが北宋・元時代の研究に集中してい
るのは、まさに先生の影響によるものであり、それら
の研究は世界の水準を超えるものとなっています。先
生は、また、美術史研究が何よりも作品そのものから
出発しなければならないという自覚から、先生が所属
した東京大学東洋文化研究所美術史・考古学部門を中
国絵画の写真資料センターとするべく、研究資料写真
の博捜に努められ、日本国内はもとより欧米、東南ア
ジアに至るまで資料蒐集の調査旅行を行われました。
その結果として集積された写真資料は実に20万点を
超え、これらの資料は内外の研究者に公開されて、現 |
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在世界で最も充実した内容を誇る「中国絵画写真アーカイブ」として広く知られるところとなり、ここに中
国絵画史研究のための共通の場が提供されることになりました。先生のご功績が顕著であるのは、他に共通
の場を提供するのみならず、自ら集積した「中国絵画
写真アーカイブ」資料を縦横に駆使しつつ、それまでの自己の研究成果をも併せて、以前には全く例のな
い個人による中国絵画通史の執筆を始められたことです。これが『中国絵画史 上・中之一・中之二・下』
として刊行を見ています。この画期的な成果は、昭和
60年6月10日、日本学士院賞授賞の対象となり、広
く内外に先生の学識を周知せしめることになりまし
た。先生のご功績がより一層顕著であるのは、『中国
絵画史』のような個人的業績に加えて、この「中国絵
画写真アーカイブ」をさらに広く公共のものとするた
めに、『中国絵画総合図録』(全5巻)の刊行を行な
われたことです。この図録は、現在、中国絵画史研究
に不可欠の基本書・工具書として、世界的な声価を獲
得し、『同図録 続編』(全4巻)に継承されるととも
に、先生のご逝去時も実施中である『同図録 三編』
刊行のための第三回中国絵画世界調査にまで繋がって
います。このことは、とかく閉鎖的な研究が行われが
ちな美術史学界では画期的な出来事として高く評価さ
れ、平成2年12月12日、先生は日本学士院会員に推
挙されました。先生の学問的業績は、上に挙げた『中
国絵画史』『中国絵画総合図録』をはじめとして、論
文、写真資料目録等多くの労作として発表されていま
す。その成果は専門分野のみならず美術史更には芸術
史全般に対して問題のとりあげ方、研究のあり方に深
い示唆を与えており、先生の研究者としてのご功績を
十分に裏づけるものです。
なお、学会関係では、昭和49年4月から同54年3
月の5年間にわたって、美術史学会代表委員をつとめ
られ、東京国立博物館に美術史資料センター設立を働
きかけて、その実現に尽力されるなど、研究・教育・
行政すべての面から、日本の美術史学の発展を担われ
てきました。先生はその識見により、昭和63年の御
講書始めの儀には、講師の任に当たられ、平成3年4
月には、勲二等瑞宝章を受章されております。先生の
ご功績は、以上のように、わが国のみならず世界の美
術史研究の先端から基礎まで、広範かつ永年にわたり
新生面を開き続けてきたことにあります。
このたびの先生のご逝去は、誠に哀惜の念に耐えま
せん。ここに生前のご功績を偲びつつ、謹んで哀悼の
意を表しご冥福をお祈り申し上げます。
(東洋文化研究所) |