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海と希望の学校 in 三陸第3回

岩手県大槌町にある大気海洋研究所国際沿岸海洋研究センターを舞台に、大気海洋研究所と社会科学研究所がタッグを組む地域連携プロジェクトがスタートしました。海をベースに三陸各地の地域アイデンティティを再構築し、地域に希望を育む人材を育成するという文理融合型の試みです。本学の皆様が羨むような取り組みの様子をお伝えします。

三陸の海が見える中学校で対話型授業を行いました
~鶏肉は何の肉かは、ホントに分からない

北川貴士大気海洋研究所附属国際沿岸海洋研究センター
准教授
唐丹中学校の校舎からの唐丹湾を臨む眺め。リアス海岸の狭い平地に寄り添うように民家が立ち並んでいます。当日は天気もよく、海から校舎に吹きこんでくる「やませ」も心地よく感じられました

 三陸の海の多様性を知り、自分たちの暮らす地域の特性も学びながら地元への愛着や誇りを考えていくための本事業メインプログラムのひとつ「実習・対話型授業」を、6月25日に釜石市立唐丹中学校で行いました(全校生徒32名・担任の先生方、センター教員・研究員6名、社会科学研究所・玄田有史教授、県振興局1名参加)。

まず午前は、理科室で峰岸助教が中心になって、三陸に戻ってきたサケの鱗の顕微鏡観察を行いました。生徒らは、鱗に刻まれた年輪から年齢がわかることや、年齢を逆算して生まれ年を調べると、震災(2011)年に海に降りたサケの数が少なかったことを知り、サケ自身が捉えた記録から震災の影響を感じとってくれました。実習後の感想は、「大半が3~5年で帰ってきていたが、8年かかっていたのもいたし、2年で帰ってきているのもいて驚いた」、「ほかの生物はどこで年齢が分かるのだろう」といったものでした。身近なサケから新たな発見、気づきを得てくれました。

玄田教授による対話型授業

午後には海に関する絵本(唐丹周辺に伝わる昔ばなし「しおふきうす」、事業の趣旨にあわせ「スイミー」)の紹介を北川が行ったあと、玄田教授による対話型授業を行いました。人口減少が問題となっている地域に重要なのは、自ら活動する(希望)活動人口であることを説明したあと、自分たちの町の良いところを発見してもらうことを目的に、「唐丹の良いところ・好きなところ」を漢字一文字で生徒と先生にボードに書いてもらい、その字に込めた思いについてみんなで話し合い、感想を述べあいました。自由質問コーナーでは、研究や普段の活動・生活について質問がなされ、スタッフ全員で丁寧に回答しました。最近メディアで、3 割の東大生が分からなかったと話題になった「鶏肉は何の肉ですか」という質問も出ました。われわれは一瞬顔を見合わせたのですが、研究員が「ニワトリがどんな生き物なのかは、本当に難しい問題なんだよ。だから、もともとどういう種の鳥だったかを研究されているんだよ」と回答。実は奥の深い問題を提起してくれていました。

ボードに書かれた唐丹の良いところ、好きなところ。文字の色や大きさはいろいろ。予想もしない漢字が次々と書かれました。「ないものはない、共生」は玄田教授のコメント

終了後、生徒らから「希望を持ち続けたい、将来について考えるきっかけになった」「海にはいろんな謎がある、唐丹にも普段考えない良いところがあることを知った。地元の言い伝えに第3回ついて両親・祖父母に聞いたり、自分でも調べたりしたい」「ほかの人の質問からたくさん学べるし、自分の質問でももっと調べたり、考えたりしてみたい。『少しでも気になったことがあったら質問しよう』という言葉に勇気が出た」といった感想が寄せられました。唐丹中学校では、日ごろから海や生物に関心を持っている生徒が多く、授業の意図と中身がよく理解されており、一日を通して笑いの絶えない充実した時間を共有することができました。私たち実施者にとっても、生徒との対話を通じて、今後の研究に関する活動や発信のあり方について、多くの気づきを得ました。

「海と希望の学校 in 三陸」動画を続々公開 → YouTube サイトで 海と希望 と検索!

制作:大気海洋研究所広報室(内線:66430)

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部局長だより~UTokyo 3.0 を導くリーダーたちの横顔~第2回

工学部・文学部

国際化教育と起業教育と社会連携

工学系研究科・工学部長 大久保達也 趣味: 酒と旅

昨今の主な取組みを紹介します。1つ目は国際化教育です。背中を押せば伸びる学生が多いのに国際交流力を十分に引き出せていない現状を案じ、進学生全員に全学の国際総合力認定制度への登録を呼びかけることとしました。また、旅費と奨学金を支給する形で、冬にオーストラリア、夏にカナダに学部生を送る短期海外派遣コースを始め、現地の大学の工学部と連携して研究室の現場や講義も体験してもらいます。2つ目はアントレプレナー教育です。産学協創推進本部との連携を強め、第一線の研究者が参加する駒場生向けの短期合宿ゼミを、企業の協力の下、今夏に開催します。必ずしも全員に起業してもらうことが目的ではなく、早くから社会との接点を持つことが重要と考えました。アントレプレナー精神なしに経済活性化はないと思います。3つ目は社会連携です。2年半前の社会連携・産学協創推進室発足以降、先端技術+土木、量子コンピュータなど、専攻を越えた寄付講座を設立。1月には11号館に寄付によるHASEKO-KUMA HALLが誕生します。また、本部や近隣自治体と協力して浅野地区を社会連携拠点にする構想も進行中。人工物工学研究センターに続いて工学部附置となる大規模集積システム設計教育研究センターもこの「根津バレー」構想の一翼を担う予定です。

1600頁の大著が語る人文学の意味

人文社会系研究科・文学部長 大西克也 趣味: 音楽

漢字の登場で、言葉は目に見えるものになりました。ただ、近年は字を手で書かなくなり、目に見えない電子データになりつつある。字に限らず五感で捉えられないものが増え、不安感が広がる社会に、文学部はどう関わるのか。そんな問題意識を胸に、文学部長になりました。

印象的だったことが2点あります。一つは、古井戸秀夫先生の『評伝 鶴屋南北』が読売文学賞を受賞したこと。1600頁超の大著の完成に要したのは10年。先生の研究人生が凝縮した、物質的にも大変重みのある一作です。もう一つは、6月に行った公開講座。本郷では10回目の今回、新しい現象が見られました。いつも年輩の方が多いのに、参加者の約半数が40歳未満だったんです。講師は鈴木泉先生。題目は「スピノザ/ライプニッツ問題」。難解なテーマに、雨の中200人が集まりました。各々の出来事は、人文学の本質と希望を示しているように感じます。

学術の評価基準が数値となり、人文学には厳しい状況ですが、数値化できないものに価値を認めないのは貧しい社会です。文学部は人の心に届く言葉で語り続けるしかありません。先日理事が視察した常呂実習施設がある北海道北見市や、秋山聰先生の縁が深い和歌山県新宮市との地域連携を糸口に、2年の任期を通じて人文学の役割を考え、発信していきます。

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UTokyo バリアフリー最前線!第15回

熊谷晋一郎熊谷晋一郎室長が
取材原稿で伝える
障害研究の現場②
ことだまくん

症状の消失から人生の回復へ

医学系研究科 笠井清登 教授の巻

左右を間違えずに靴を履くこと、不安をやりすごすこと、思考を言葉にすること―周りの人々が当たり前にできることが自分にはできない。今から振り返ると生き辛さを抱えた少年時代だった。一方で、障害のある同級生のサポート係になるなど、排除されがちな仲間に自然と寄り添う面もあった。その後、私立の中学校に進学。似た仲間のコミュニティに身を置き、徐々に生きづらさが軽減していく。その頃、精神科医フランクルの著作などにも影響を受けつつ自身の来し方を振り返り、精神科医を志すようになり理科三類に入学した。

当時の東大精神科は外来派と病棟派の抗争が続いていたが、今さら志を変えるわけにもいかず、精神科に入局。外部病院での研修中も地域の作業所に挨拶周りに行くなど、地域に出向いていく臨床スタンスは赤レンガから学んだものでもあった。同時に、医学部でも周縁化されがちだった精神医学には生物学的研究が必要と考え、寸暇を惜しんで研究に没頭した。

やがて、生物学的研究を身につけた自分と、当事者性を見え隠れさせながら理解者ぶる自分とを、器用に使い分けることに葛藤を感じ始める。そうした頃、東日本大震災が起きる。居ても立っても居られず、頻繁に現地に赴き、教室員総出でこころのケア活動を担った。それを機に、医療のアウトカムは症状の消失だけではなく、地域文化に根差した人生の回復であること、その過程で精神医学が果たすべき役割を再認識。リカバリー・アプローチ、大学精神科へのピアサポートワーカーの導入など精神保健領域における先端的実践にも注力してきた。

少年時代の笠井氏がまさにそうであったように、集合的に再生産される無意識的価値観の中で、少数派は常に戦いを強いられる現状がある。しかし笠井氏は、むしろ多数派にこそ自分の無意識が行動に与える影響を意識化させ、多様な価値観や多数派-少数派間の権力勾配を自覚できる力を滋養するのが東京大学の役割だと述べる。個人史を原点に置き、現場から離れず、確かな専門知を通じて公正な社会を実現する―無意識の中にあるバリアに精神医学をもって挑む笠井氏の実践は、東京大学のバリアフリーが向かうべき未来を指し示している。

バリアフリー支援室 ds.adm.u-tokyo.ac.jp

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ワタシのオシゴト RELAY COLUMN第160回

本部総務課総務チーム佐藤寛也

座右の銘は「母校愛」!

初ボーナスで買った東大カラーのコーディネート

【オシゴト紹介】 入学式や卒業式などの全学式典の担当部署です。来春はオリンピック・パラリンピックに向けた改修工事で日本武道館が使えないため、初めての両国国技館での入学式を準備中。おかげで大相撲中継を見る目が変わりました。普段は本郷・安田講堂の中で、大学の代表窓口として学内外の様々な問い合わせや依頼に対応しています。人事系、経理系、情報系、果ては肉体労働まで。愉快な仲間に囲まれて、楽しさとやりがいに満ちた日々です!

【ワタシ紹介】 学生時代に五月祭の実行委員長。2015年入職、駒場の学生支援課に3年→本郷に来て2年目。2018年に業務改革理事賞受賞。副業として東大生協の非常勤役員。週末は教育学研究科の社会人大学院生(大学経営・政策コース)。愛読書は『東京大学百年史』。東大に一番詳しい東大職員を目指し、Wikipediaの東大関連ページの更新に挑戦中。

ずっと憧れていたこのコラム執筆の機会をいただき,感謝です! 次は『学内広報・佐藤寛也特集号』のお声がけをお待ちしています(笑)。

(左)どこでも“イベント請負人”。
(右)明治神宮で祈願
得意ワザ:
スリッパを抱えて走る(内輪ネタで失礼)
自分の性格:
何事も「とりあえず全力でやってみよう」
次回執筆者のご指名:
大薗悠平さん
次回執筆者との関係:
職員を目指すきっかけになった方
次回執筆者の紹介:
寡黙そうに見えて実は雄弁家
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デジタル万華鏡 東大の多様な「学術資産」を再確認しよう

第4回 附属図書館総務課
主査
大澤類里佐

アーカイブズ事業、どうでしょう?

お待たせしました! 連載第1回で予告した、2020年度「東京大学デジタルアーカイブズ構築事業」の公募を開始、応募受付中です。この機会に部局でお持ちの貴重な学術資産をデジタル化してみませんか?

2018年度は11部局13事業が実施され、画像の史料編纂所「備後福山阿部家史料」(所蔵史料目録データベース http://wwwap.hi.u-tokyo.ac.jp/ships/ にて公開)のほか、明治新聞雑誌文庫所蔵宮武外骨蒐集資料(法学政治学研究科)、附属常呂実習施設所蔵史跡モヨロ貝塚ガラス乾板写真(人文社会系研究科)、柏図書館所蔵紙地図(空間情報科学研究センター)など貴重なコレクションがデジタル化されました。2019年度は12部局15事業が実施中です。

「月番日記」備後福山阿部家史料-03-013(史料編纂所蔵)

デジタル化された学術資産のメタデータ(資料名やコレクション名、二次利用条件など)は第2回でご紹介した、東京大学学術資産等アーカイブズポータルからも発信されますので、学内外の多くの方に貴重な資料の存在を知っていただけます。なお、ポータルの発信力強化を目指して、学外関係機関とのデータ連携をすすめています。

デジタル化のメリットは資料の認知度向上や、教育・研究での新たな活用の可能性が広がることなどがあります。また、利用による劣化防止はもちろん、災害などで原資料が被害を受けた時に、データではありますが旧来の姿を未来に伝えられることが期待できます。

この事業で対象となる「学術資産」は各部局等で所蔵・管理している、学術研究のために収集された、あるいは学術研究の成果である、紙資料(図書や雑誌、古文書、地図、図面など)、標本、画像、動画、音声ファイル、立体物(標本や実験器具)などで、デジタル撮影かつインターネット公開が可能なものです。なお、メタデータ作成経費はこの事業に含まれますが、調査・研究や保存・修復の費用などは対象外ですのでご注意ください。

撮影したい資料の点数が少ないけれど対象になる?画像の公開方法は? メタデータの提供方法は? といったご質問は、推進室にお問い合わせください。応募〆切は9月27日(金)です。お待ちしています。

学術資産アーカイブ化推進室
digital-archive@lib.u-tokyo.ac.jp

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インタープリターズ・バイブル第145回

総合文化研究科教授
科学技術インタープリター養成部門
松田恭幸

日曜日に新聞を

海外で新聞を買おうと売店に行ったとき、新聞の厚さに驚いたことがないだろうか。特にアメリカやイギリスの日曜日の新聞の厚さは格別で、日本の新聞の元旦号のようなインパクトがある。イギリスでは日曜日は日刊紙のThe TimesやThe Guardianは休刊日で、代わりに独立した編集部を持つ姉妹紙のe SundayTimesやThe Observer が発行される。日曜紙の本体も付随する別冊も分厚く、これを週末にじっくりと読むのが、イギリス滞在中の私の楽しみの一つだったりする。

日曜紙の紙面づくりは日刊紙とは方向性が少し異なっている。日刊紙と同様に、前日に起きた出来事が本誌の紙面で報じられるのはもちろんだが、例えば地球温暖化の影響で外来生物が定着しつつあり、イギリスの固有種が危機にさらされていることを訴えるといった記事も、多くの写真入りで紙面の1面以上を使って掲載されたりもする。政治家や有識者へのロングインタビュー記事や時事情勢についての解説記事も多い。本誌についてくる別冊には、書評や演劇・コンサート・映画・テレビドラマなどへの批評が毎週20ページ以上も掲載されているし、特定のテーマの特集が延々と(?)組まれている別冊が付いてくることもある。イギリスの日曜紙は価格が日刊紙より高いにも関わらず発行部数は姉妹紙よりも多く、取材に時間をかけた記事を読むために、普段は新聞を買わなくても、日曜日だけは新聞を購入するという人が一定数いることが分かる。

日本でも朝日新聞のGlobeに代表されるように取材記事を重視した別冊を拡充しようとする動きもあるが、残念ながら現時点では必ずしも成功しているとは言えないようだ。しかし、速報性でも携帯性でも優位性を失った新聞に強みが残るとすれば、多くの優秀な記者に支えられる取材力だろうし、その取材力を最も生かせる場は、忙しい平日の朝に読む日刊紙ではなく、日曜紙や別冊の日曜版だと思う。日本でもゆったりとした気持ちで新聞を広げ、数時間かけて記事を読むような週末を過ごしたいなぁと思う。そして、そうした紙面の中に、しっかりとした取材に基づく良質な科学記事も大きな存在感を持っていて欲しいと思う。

科学技術インタープリター養成プログラム
science-interpreter.c.u-tokyo.ac.jp

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蔵出し!文書館 The University of Tokyo Archives第21回

収蔵する貴重な学内資料から
140年に及ぶ東大の歴史の一部をご紹介

太陽系全カタログ:盾は銀河の彼方へ

図1 安田講堂前の突入路

1969年1月18日、安田講堂を占拠する学生に対し、警視庁の機動隊が封鎖解除を開始しました。機動隊が学生たちの抵抗を「解除」するために使用した道具のひとつに、ジュラルミン製の盾があります。学生の投げる石を避けるため、木枠に盾を並べて突入路も作られました(図1:東京大学文書館 S0087/0008)。東京大学文書館の所蔵資料にも、盾が一枚あります(図2: 東京大学文書館S0075/0033)。盾の出自と来歴は明らかではありませんが、学生の手にあったものを後に東京大学が保管することになったようです。

図2 ジュラルミン製の盾

現在この盾がまとうのは、大学紛争の政治的緊張感だけでなく、1968年前後の欧米のヒッピー文化やサイエンス・フィクション文化への憧憬がつまった空気感です。盾には、「太陽系全カタログ」「パルサーの発見された日」「フォボス」「宇宙のミッシングリンク」「銀河系の彼方へ」といった言葉が書き込まれています(図3)。「太陽系全カタログ」とは、1968年にスチュアート・ブラントが創刊した雑誌『全地球カタログ(Whole Earth Catalog)』のタイトルをもじったものでしょう。また、当初は地球外知的生命体による信号ではないかとも想像されたパルサーが、ジョスリン・ベルによって発見されたのは1967年のこと。そして、火星の衛星フォボスが人工天体であるという、ソ連の天文学者ヨシフ・シクロフスキーの説が日本語で出版されたのは1968年でした。

図3 盾に書かれた言葉

落書きの主たちがどこで盾を手に入れたのか、その「ミッシングリンク」が埋まることはないかもしれません。それでも若者たちが、全地球どころか全太陽系を相手にしてやろうとホラを吹きつつ、大好きな宇宙の神秘にまつわるフレーズを盾に書きなぐったことは間違いないでしょう。今でもどこかで若者たちは、『全地球カタログ』の終刊の言葉にあったように、“foolish”で“ hungry” であろうとし続けているかもしれません。想像力を広げてみれば、色は違えどこの盾が、何やらモノリスにも似て見えてきます。

東京大学文書館