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海と希望の学校 in 三陸第10回

三陸を舞台に、岩手県大槌町にある大気海洋研究所国際沿岸海洋研究センターと、社会科学研究所とがタッグを組んで行う地域連携プロジェクト――海をベースに三陸各地の地域アイデンティティを再構築し、地域に希望を育む人材を育成するという文理融合型の取り組み――です。3年目を迎えたわれわれの活動や地域の取り組みなどを紹介します。

大槌高校はま研究会

福岡拓也
福岡拓也
大気海洋研究所附属国際沿岸海洋研究センター
特任研究員
ウミガメの排泄物を種類ごとに仕分ける様子

私が所属していた大型海洋生物の生態を扱う研究室の学生たちに進学のきっかけを聞いてみたことがあります。すると、必ずしも幼少期からこうした動物が好きだったという人ばかりではありませんでした。私自身も中学・高校と陸上競技部での部活動に明け暮れていましたが、研修旅行で連れて行かれた大学が水族館を持っていて「なんだか楽しそう」と思ったことが進路選択に影響しました。今回は、こうした将来に影響する体験になるかもしれない、岩手県立大槌高校と協力して行っている取り組みをご紹介します。

大槌高校に今年発足した「はま研究会(通称:はま研)」は、研究者が収集してきたアワビの殻を磨いてタコによる捕食跡の穴を探す作業や、ウミガメの排泄物の仕分けや彼らが記録してきたビデオ映像の確認作業、水質調査を目的とした川での採水作業、生物を飼育している水槽の掃除など、“研究における普段の地道な作業”を研究者と一緒に週2~3回(1回につき数人が参加)の頻度で行っています。これまでは華々しい研究成果について紹介することが多かったので、当初は“果たしてこれは楽しいのだろうか……?”という気持ちでいっぱいでした。しかし、黙々と楽しそうに「捕食跡あった!(アワビ)」「これヒジキじゃね?(ウミガメ排泄物)」と言いながら作業をする姿を見てほっとするとともに、彼らのなんでも楽しんでしまう能力に驚かされました。また、作業中は「この前は○○を釣りに行った」とか「○○海岸で○○した」など、自然と海に関する話題が出ることが多く、新たな三陸の海の魅力に気づかされることもありました。

はま研の活動で得られたデータには、より詳細な分析を必要とするものもありますが、中にはそのままでも十分に学術的価値があるものもあります。数年後、何の変哲もない普通の県立高校が“東大の実験所がある大槌町”という地の利を生かして学術会議で研究発表を行うことになれば、それは素晴らしいことだと思います。さらに妄想を広げ、5年後10年後に沿岸センターの研究室に入った学生が「実は高校時代にはま研でした」なんてことになれば、この上ない喜びです。いかにして早く良い成果を上げるかという効率性や即効性のある事柄に目が向けられがちなご時世ですが、すぐさま成果や利益には直結しなくともいつか大きく花開くかもしれない種を少しずつでも蒔き続けることが、海と希望の学校、ひいては沿岸センターのような地方の附置研の使命なのかもしれない(※あくまでも個人的な意見です)。そんなことを考えさせてくれる良い機会を与えてくれた高校生たちに感謝しつつ、この活動を私自身も楽しみながら続けていきたいと思います。

タコによるアワビの捕食跡を調べ、食べられた個体の大きさを測定する様子
河川の水質調査を目的とした採水作業の様子
水槽掃除の合間には魚の解剖講座が始まることも

「海と希望の学校 in 三陸」動画を公開中 → YouTube サイトで 海と希望 と検索!

制作:大気海洋研究所広報室(内線:66430)

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部局長だより~UTokyo 3.0 を導くリーダーたちの横顔~第11回

史料編纂所・定量生命科学研究所

史料のデジタル化で日本史を深める

保谷 徹
史料編纂所長
保谷 徹
趣味:孫と遊ぶ

江戸時代の和学講談所に淵源を持つ本所は、昨年が150周年。日本の史学史を研究するコペンハーゲン大学のマーガレット・メール先生をお招きして、11月に記念の国際研究集会を行いました。

日本史に関する史料を研究し「大日本史料」などの基幹史料集を編纂する事業ではこれまでに約1200冊を出版。史料集をもとにしたデータベース作りも早くから進め、現在では画像2000万コマを含む40余のデータベースを擁します。AIを活用したデータ駆動型の歴史研究を進めるためにはデジタル化が最大の課題と捉えており、私が所長に就任後、情報学の研究体制を強化しました。最新の技術でアナログの史料をデジタルの世界につなげながら、情報学の力を活用した歴史学の深化に力を注いでいます。

ドメスティックな印象が強いでしょうが、実は国際的な仕事も昔から日常的に行ってきました。歴史を繙けばわかるように、中韓や英仏、オランダ、ポルトガル、ロシアなど外国で書かれた重要史料は数多いからです。日本の前近代史を扱う海外研究者の支援も重要な任務で、毎年十数人の外国人研究員を受け入れています。先述のメール先生も、30年以上前に私がチューター役を務めた留学生でした。長い目で世界の日本史研究者を養成する役割も担い続けたいと思います。

情報共有とオープンサイエンスを推進

白髭克彦
定量生命科学研究所長
白髭克彦
趣味:食虫植物

分子細胞生物学研究所を前身に発足してからこの2年半の間に、クライオ電子顕微鏡、次世代シークエンサーなど、生体高分子の構造を解析する最先端機器と中央実験室を充実させ、内外で共有して活用する体制を整えてきました。また、免疫学分野で卓越した二人の先生を招聘し、研究倫理推進室に池上彰さんを迎えました。研究業績は順調に伸び、インパクトファクターが高い学術誌への掲載も増えています。

初代所長として私が強めてきたのは、以前の課題だった蛸壺化を防ぐための情報共有とオープンサイエンスの推進です。2018年に6台のデジタルサイネージ「IQB Vision」を共有部に設置し、所員の研究成果やセミナーなどの情報を適宜表示することで、他の研究室の動向を知る機会を増やしました。現在はコロナ禍で休止していますが、学外の飲食店を利用したサイエンスカフェの活動も定期的に行ってきました。さらに、国立情報学研究所との連携で論文データのアーカイブを構築中で、生データや実験ノートも閲覧できるテスト版の公開運用を始める予定です。今後目指したいのは、若手に重きを置く研究所。その一環で、40歳以下の若手PIが研究に専念できる施設を本館に設ける構想を検討中です。定量性と再現性を重視する新しい生命科学研究を発展させていきます。

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UTokyo バリアフリー最前線!第22回

熊谷晋一郎熊谷晋一郎室長が
取材原稿で伝える
障害研究の現場⑨
ことだまくん

生き延びるためのダイバーシティ

相談支援研究開発センター
渡邉慶一郎 准教授の巻
渡邉慶一郎

高校生のころ、母は、48歳で自らの命を絶った。学校から帰宅すると警察官と救急車が来ており、父は心臓マッサージをしていた。「また、あの家か」と言わんばかりの横柄な態度の警察官。父は氏に、冷たくなった母の足をマッサージするように言った。「でも、母はこのまま亡くなった方が良いのではないか」――そう感じたことが今も、氏の心に棘として刺さっている。

小学高学年の頃から母の精神症状が出始め、徐々に近隣や父との関係も険悪になる。同級生の家に遊びに行き、「これが普通の母親なのか」と驚くこともあった。中学生の頃、母に近づきたいという気持ちと、自分の苦悩に気付いてほしいという気持ちから、母が通う精神科を受診したが、「何を困ってるの?」と聞かれ、門前払いされたように感じた。

あの時、母の病気について詳しく教えてくれる人がいたら、もっと愛情を持って母に接することができたかもしれない。母のように、家族の中で一人死んでいくことがないように――精神科医になることを決めた氏を突き動かす祈りは今も変わらない。

入局後、当時の東大精神科が発達障害児療育に力を入れていたこともあり、子どもの診療に興味をもつ。同時に、のびのびと楽しく自閉症児と暮らす家族を見るにつれ、過度な社会適応を目指す療育に疑問を持ち始めた。氏は現在に至るまで一貫して、少数派を社会適応させる前に、多数派や支援者自身が、自分はどうなのかと反省することが重要であると主張してきた。

現在氏は、本学保健センターで精神科診療をしている。学生が訴える「眠れない」「気分が晴れない」などの症状の多くは、キャンパスの競争文化に関係しており、試験前に受診者は増える。学業で抜きん出るしかないという東大の評価系に乗れず、居場所を失い追い詰められる学生もいる。SNSに溢れる情報で他者と自分を比較し、焦る学生も少なくない。多様性を謳う東大は、もっと多様な評価系を提示し、学生たちに色々な道があることを伝えるべき、という氏の指摘は重い。

自殺を回避するには希望が必要――現在の氏がたどり着いた答えだ。道を外れたかに見えても、大丈夫。人生に多様な航路を与える価値のダイバーシティは、学生の命を救う。

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ワタシのオシゴト RELAY COLUMN第173回

定量生命科学研究所
総務チーム
飯塚亜美

力をつけるべく精進の日々

飯塚亜美
デジタルサイネージと一緒に

定量生命科学研究所総務チームの飯塚です。弥生キャンパスの木々とどうぶつの森に季節の移ろいを感じる毎日を送っています。

定量研(通称IQB)は、2018年の分子細胞生物学研究所改組により発足した研究所で、活発な議論のもと、オープンサイエンスをキーワードとした組織改革に取り組んでいます。その中で、私は主に広報関係の業務に携わっています。ホームページやデジタルサイネージの運用、要覧作成、イベント企画など、どうすれば定量研の魅力を発信できるかURAの先生と共に試行錯誤を重ねています。また、研究者側の予算執行・事務処理を学び事務に生かすため、研究室にも毎週通わせていただいています。このような貴重な経験を積めるのはひとえに所長や先生方、事務の仲間達に支えられてのことで、感謝の念に堪えません。

プライベートでは、ステイホームのお供にギターを新調しました。ケース込みだと片手で持てない重量感。物理的に門外不出となりそうです……。

VR海外旅行がマイブーム
得意ワザ:
バルーンアートつくれます
自分の性格:
かなり好奇心旺盛
次回執筆者のご指名:
田中まいさん
次回執筆者との関係:
同期
次回執筆者の紹介:
真面目でお茶目なしっかり者
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デジタル万華鏡 東大の多様な「学術資産」を再確認しよう

第16回 附属図書館アジア研究図書館
上廣倫理財団寄付研究部門
(U-PARL)特任准教授
永井正勝

データを開いて、知を結ぶ

新刻全像忠義水滸誌伝(総合図書館蔵)

2020年10月1日、アジア研究図書館が総合図書館4階に開館しました。本図書館は東アジアから西アジアまでの地域の研究書、辞書、文法書などを積極的に収集所蔵する研究図書館です。本図書館の開館は附属図書館ばかりか各部局の教職員の努力の賜物なのですが、開館を支援してきた組織の1つに附属図書館アジア研究図書館上廣倫理財団寄付研究部門(U-PARL)があります。開架フロアの設計、紙媒体の蔵書の構築、データベースの購入など、アジア研究図書館の構築をU-PARLは積極的に支援してきました。

それとともに本図書館の資料を含む貴重な学術資料のデジタル化を行い、画像公開も行っています。それが「アジア研究図書館デジタルコレクション」です。現在のところ、このプラットフォームには「碑帖拓本コレクション」「水滸伝コレクション」「U-PARLセレクション」「Digital Resources for Egyptian Studies」の4つのコレクションが設けられており、合計で8,770点のIIIF形式の画像が公開されています。資料の選定やメタデータの作成はU-PARLの教員・研究員が行なっています。

Hieratische Paläographie
(アジア研究図書館蔵)

U-PARLによるデジタル化で特徴的な点は、画像公開に留まらず、公開した画像に対するアノテーション付与の研究や画像の中身を検索するシステム(Hieratische Paläographie DB)の開発など、研究者ならではの視点で資料の公開と利活用を同時に図っているところにあります。データを開いて、知を結ぶ。バーチャル空間だからこそ可能な知のあり方をU-PARLは追求しています。そのためにも、今後は他部局とも連携し、学内の貴重な資料をアジア研究図書館デジタルコレクションにバーチャルに集約させ、資料の利活用を促進させていきたいと願っております。関心のある部局の方がおられましたら、ぜひともお声がけ下さい。

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インタープリターズ・バイブル第158回

総合文化研究科教授 教授
科学技術インタープリター養成部門
藤垣裕子

ウィズ・コロナの科学コミュニケーション

8月なかばに毎日新聞大阪社会部の記者から取材申し込みがあり、大阪府知事と大阪市長がうがい薬の使用を呼びかけた結果、買い占め行動までおきたことへのコメントを求められた。府立病院機構運営の大阪はびきの医療センター(羽曳野市)で、6~7月に療養中の軽症者41人のうち25人に1日4回、4日間うがいをしてもらい、唾液中のPCR検査を実施した。うがいをしないグループの唾液の陽性割合は56.3%だったが、したグループは21.0%だった。この研究結果をもとにうがい薬の使用がよびかけられた。

これに対して以下のコメントを行った。第一に、科学的研究成果は時々刻々と更新される「作動中の科学」であるということ、そして新型コロナウィルスに関しては世界中の研究者がウイルスのメカニズム、治療法の知見を収集中であり、対策については「不確実性下の意思決定」をしなくてはならないことが挙げられる。第二に情報発信上の問題として、このような不確実性下の意思決定をめぐる問題では、市長や知事といった発言の影響力のあるひとは、作動中の科学のエビデンスに対して慎重である必要がある。また、1つの情報源だけでなく複数の専門家の意見を聞く必要がある。さらに、疑問をもつこと、たとえば唾液中ウイルスが減っても体内にあるウイルスとの関係どうなのか、などの疑問をもつことが必要となる。

第三に受け取る側のリテラシーの問題もある。大阪市長の言っていることは本当か、疑ってみること、そして自分でしらべることが必要である。

このようなコメントをしてできあがったオンライン記事(紙面ではない)のなかに以下の記述があった。「科学的知見を見る際に気を付けるポイント:研究成果の発表に飛びつくのではなく、疑問を持って見る『ため』をつくる」

「ためをつくる」とは何か。目の前にある情報や意見に反射的に反応するのではなく、時間をかけて調べたり考えたりする時間をもつことを指す。SNSで即答する習慣は「ためをつくる」機会を失うことにつながってはいないか、ためをつくる能力を失わせていないだろうか。考えさせられる機会であった。

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蔵出し!文書館 The University of Tokyo Archives第28回

収蔵する貴重な学内資料から
140年を超える東大の歴史の一部をご紹介

背負って逃げて守れ!~御真影・御勅語奉遷箱~

今年は、1890(明治23)年10月30日に「教育ニ関スル勅語」が発布されてから、ちょうど130周年である――ということに、文書館への資料複写依頼が重なって気づかされました。

帝国大学には7ないし8通の謄本が下賜されたことは、当館所蔵「文部省往復」文書に記録がありますが、文書館ではそのうち、明治天皇直筆署名の付された謄本を2通保存しています。戦後回収されたはずの教育勅語がなぜ残っていたのかという経緯は未確認ですが、とにもかくにも今に伝わっています。官立学校に下賜された御署名謄本が現存する例は、他にはないのではないでしょうか。

しかし今回紹介したいのは勅語そのものではありません。勅語を緊急時に搬出するための「奉遷箱」(S0047)です。

新聞記事を張り付けた資料の写真
フラットファイルに綴られた資料の写真
撮影:野久保雅嗣(東洋文化研究所)

写真からわかるとおり、「御真影」「御勅語」と明記されており、背負えるようになっています。中は堅牢な金庫になっているので、用途は推測できるものの、名称を含めて、長くこの資料にまつわる一切の情報は不明でした。ところが、昭和18年に定められた「御真影等奉護心得」の制定手続文書が含まれた「内規及諸規定等」(S0018/SS08/0001)という簿冊が文書館に移管されたことから、そこで初めてこの資料の名称やその運用ルールが判明したのです。この「心得」には、緊急時にどのような手順でどこに「御真影」「御勅語」を避難させるか、ということが定められています。奉遷箱がいつ作られたのか、最初から今の形だったのか、などは依然として判明しませんが、最終的に背負える形になっていることからも、終戦間際には日常となっていた空襲の緊迫感が伝わってきます。

東大に残された教育勅語は、菊の御紋をあしらった漆塗文庫に保管されており、さらに奉遷箱も伴うことで、「モノ」としての教育勅語のありようが伝わる非常に珍しい資料となりました。

(准教授・森本祥子)