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ロシア国立歴史文書館長らを招聘して「日露関係史料をめぐる国際研究集会」を開催 (史料編纂所)

2017年05月30日掲載

実施日: 2017年05月23日

 5月23日(火)、史料編纂所(山家浩樹所長)では日本学士院と共催による「日露関係史料をめぐる国際研究集会」を開催しました。研究所では、ロシアに所在する日本関係史料の系統的な調査・研究と収集に取り組み、現地の研究機関と協力して国際研究集会や共同研究を継続しています。今回の研究集会でも、ロシアの旧都サンクトペテルブルクから3名の研究者を招聘してロシアの文書館が所蔵する史料群に基づいた報告をお願いしました。参加者は全国からの専門研究者を含む約60名でした。
 研究集会では山家浩樹所長が挨拶に立ち、この国際研究集会が通算17回目となったことが紹介されました。
 第1報告では、ロシア科学アカデミー東洋古籍文献研究所ワジム・クリモフ上級研究員から、「日本のキリスト教に関するV.ヤマトフ(橘耕斎)の報告書」と題し、ロシア国立古文書館(モスクワ)の所蔵史料についての報告がありました。ヤマトフこと橘耕斎は、幕末にロシアへ密航して外務省に仕え、1863年、アジア局のオステン・サケンへ日本のキリシタン禁教に関するレポートを提出しました。ここには、島原の乱に加え、由比正雪の乱、あるいはキリスト教同様に禁じられた不受不施派について記されましたが、内容は必ずしも史実に沿ったものではなかったようです。
 第2報告はロシア国立海軍文書館ワレンチン・スミルノフ館長でした。報告は「イヴァン・フョードロヴィチ・リハチョフの対馬計画(1860-1904)」と題し、1861年のポサードニク号事件の経緯を中心に、対馬に根拠地を求めたリハチョフ提督麾下のロシア海軍の動向を詳細に論じました。事件が問題化し、皇帝アレクサンドル2世から対英戦争を覚悟するほどの地かと問われたリハチョフは、ノーと答えざるを得なかったといいます。海軍文書館所蔵史料のみならず、関係史料を丹念に紹介していただきました。
 第3報告は、ロシア国立歴史文書館セルゲイ・チェルニャフスキー館長による「在函館ロシア領事館―ロシア国立歴史文書館史料より―」でした。幕末期箱館に設置されたロシア領事館の関係史料が紹介され、1869年から70年にかけて、付属施設であった正教会(現在のハリストス教会)が、ニコライ神父(聖ニコライ)のもとで独立し、予算も外務省経費から宗務院経費に切り替えられていった経過などが示されました。
 ロシア史料にもとづく3報告に対し、限られた時間ながら活発な議論が行われ、意義深い研究集会となりました。最後にプロジェクト責任者の保谷徹教授から、①海外20か国・70機関以上から収集した海外史料マイクロフィルム150万コマのデジタルアーカイヴ化が進捗していること、②ロシア国立海軍文書館の日本関係史料解説目録2を年内に出版すること、③ロシア国立歴史文書館から新たに東アジア関係ロシア史料目録を受理したことなどが報告されました。
 この国際研究集会は、日本学士院から委嘱され、その支援をうけた国際学士院連合関係プロジェクト「未刊行日本関係史料調査事業」の一環として実施しています。研究集会に先立ち、ロシアから招へいした3人は、日本学士院を訪問し、塩野宏院長・斯波義信会員と懇談しました。
  また、研究集会の翌日から報告者らは函館へ出張し、函館ハリストス正教会やロシア人墓地、旧ロシア領事館など、日露の歴史にかかわる場所を熱心に見学しました。最終日は松前町まで足を延ばし、ロシアと北方で接した松前藩関係の史跡を見て回っています。



開催看板の前で記念写真

国際研究集会会場の様子

函館ハリストス正教会にてニコライ・ドミートリフ長司祭と
 
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