ARTICLES

印刷

日本経済の課題と構造改革のオプション-IMFの見方 開催報告

掲載日:2016年2月29日

実施日: 2016年01月18日

会場風景
 

開催報告

1月18日、国際セミナー「日本経済の課題と構造改革のオプション-IMFの見方」が開催された。

IMF(国際通貨基金)は、毎年4条協議(コンサルテーション)を通じて日本経済の審査を行っているが、今回、その準備ミッションが訪日する機会を捉え、日本経済の抱える諸問題や構造改革(特に労働市場)の問題について、IMFの見方を発表してもらった。同時に、各方面からのコメンテーターやモデレーターの参加を得て、IMFの見方とは異なった角度からの議論も展開された。日本経済の先行きに不透明感が増し、政策対応の余地が狭まってくる中で、今後の政策課題を考えていく上で、様々な視点が提供された貴重な機会であった。

 

1. 日本経済の諸課題(第一セッション)

エフェラルトIMF対日ミッション・チー
フ

エフェラルトIMF対日ミッション・チーフ
発表資料

 

まず、エフェラルトIMF対日ミッション・チーフから、現在の世界経済の抱えるリスクとして、先進国間での金融政策の方向性の違い、中国のリバランシング、一次産品価格の変動、先進国のインフレ率の低下、中国を含む新興市場国の成長率の低下などを挙げ、今後の世界経済の見通しと注意点について解説がなされた。次にアベノミクス以降の日本経済の動きを、slow and bumpyとし、金利の低下、企業収益の改善、労働市場のタイト化などがあるものの、国内投資や消費の改善が余り見られないこと、インフレ率は目標の2%には届く気配がないこと、老齢化の影響が他国に比し大きいことなどの説明があった。最後に、日本への政策アドバイスとして、労働力供給の拡大や労働市場の二重構造是正などの「構造政策」、信頼できる中期的な財政赤字削減計画のもとでの「弾力的な財政政策」、更なる緩和を含めた「緩和的金融政策」、非正規雇用を正規雇用に移行させるインセンティブの付与や最低賃金の引上げ等の「所得政策」などについて議論を行った。
 

菅野J. P. Morganチーフ・エコノミスト

菅野J. P. Morganチーフ・エコノミスト
発表資料

 

次に、菅野J. P. Morganチーフ・エコノミストがコメントし、金融政策(日銀がジレンマ状態にあること、QQEの副作用、マイナス金利選択の可能性など)、企業行動(中国の過剰生産能力の日本企業に及ぼす影響や外国人労働者問題など)、労働市場(職種により求人倍率が大きく異なっており、労働のmobilityを高めることが緊要など)、インフレ(最近の原油価格下落や円高によるインフレ率低下のリスク)などの問題に言及した。


吉田財務省国際機構課長

吉田財務省国際機構課長

 

最後に、吉田財務省国際機構課長が政府の立場からコメントした。日本経済は、当面潜在成長率を若干上回る成長が見込まれ、moderate recoveryにあるとしつつ、このシナリオに係る国内面でのリスク(賃金の上昇見込みや設備投資動向)及び外的リスク(米国の金利引き上げの新興国等への影響、中国経済や石油価格の動向)について説明があった。また、政府の財政・金融・構造政策の現状を解説するとともに、昨年9月に発表された「新三本の矢」についてもその趣旨の説明があった。


篠原尚之東京大学政策ビジョン研究センター教授

篠原尚之東京大学政策ビジョン研究センター教授

 

なお、質疑の中では、日銀までもが企業に賃上げを要求するのは問題ではないか、金融緩和が円安を招き近隣窮乏化にならないか、などの質問があった。

全体として印象的だったのは、伝統的にマーケット・メカニズム重視を立場とするIMFが、「所得政策」の重要性について強調したことである。低成長・低インフレという極めて難しい経済環境への処方箋が、単なるマクロ財政金融政策だけでは描けないことを示しているように思われた。


第一セッション

第一セッション

 

2. 特別スピーチ

浅川財務省財務官

浅川財務省財務官

 

浅川財務省財務官より、日本経済とアベノミクスの現状についてスピーチがあった。まず、世界経済の動きに関連して、中国の経済構造のリバランシングへの努力に言及するとともに、最近の外為・株式市場の大きな変動に懸念を示した。中国の政策対応と市場へのコミュニケーションが極めてアドホックであったことが市場の乱高下につながったとし、中国が、資本勘定改革を適切に進めるとともに、政策意図を市場に明確に伝えることの必要性を強調した。

次に、アベノミクスの三本の矢について説明があった。特に、第3の矢(構造改革を通じる潜在成長率の向上)の中から、Corporate Governance改革(ここ2年ほどのStewardship CodeとCorporate Governance Codeの導入)、法人税改革(税率の引き下げと課税ベースの拡大の動き)、ウーマノミクス(保育所の拡充や専業主婦を優遇する税・年金ルールの変更の重要性)について最近の進展を紹介した。

更に、日本経済について触れ、失業率の低下や賃金環境改善の中で、個人消費の回復が期待され、また、企業収益の好調を背景に、設備投資の増加も期待されることから、日本経済は緩やかな回復過程を維持し、アウトプットギャップを縮小させていくだろうとした。今後の政策としては、構造的課題である出生率の低さや人口高齢化への対応であり、こうした観点から出生率1.8目標などを含む「新3本の矢」が掲げられたと説明した。

なお、質疑の中で、日銀の金融緩和がマネタイゼーションを招くのではとの問に対し、2020年度プライマリーバランス黒字化目標の達成が不可欠であり、財政健全化が緩めば市場の動きを心配しなくてはならなくなるとした。

 

3. 構造改革のオプション―労働市場の改革(第二セッション)

ガネリIMFアジア太平洋事務所次長

ガネリIMFアジア太平洋事務所次長
発表資料

 

まず、ガネリIMFアジア太平洋事務所次長より、日本の労働市場の諸課題についてスピーチがあった。人口高齢化が進む中で、ここ20年来なかった労働者不足が起きている一方、非正規雇用者の2割は、正規雇用先がないことから非正規のままであり、依然労働市場には一部slackがあるとした。労働者不足への政策オプションとして、正規雇用へのシフトをサポートすること、女性労働者を増やすこと(女性労働者率の向上、税や社会保険上の不利な扱いの改善など)、実質賃金引き上げ(賃上げ、可能なら社会保険料の引下げ)、高齢労働者維持(年金支給開始年齢の引上げ等)、外国人労働者の増加などを挙げた。

次に、労働市場の二重性が悪化(非正規雇用比率の上昇)しており、特に女性労働力は非正規に偏っている点を指摘した。さらに、こうした非正規雇用は、労働訓練の機会を奪い、労働力の生産性に悪影響を与えうるとして、外国の例をあげつつ、労働契約の改定を通じて二重性の壁を低くすることで、生産性や経済の効率性の向上に繋がりえると論じた。

更に、Porcellacchia(2015)を引用し、「流動性のわな」の下では、労働市場改革(日本の場合は二重性の低減)とともに労働者の賃金交渉力が強化されると、経済をインフレ化するのに役立つ(ただし、雇用の減少のリスクとのバランスも重要)という議論を紹介した。

最後に、賃金上昇のための政策オプションとして、公共部門及び最低賃金の引き上げ、賃上げ企業への税制上の優遇、賃金交渉の頻度の引き上げなどを示した。


宮本東京大学公共政策大学院特任准教授

宮本東京大学公共政策大学院特任准教授
発表資料

 

続いて、宮本東京大学公共政策大学院特任准教授から、コメントがあった。まず、労働力不足については、20代から30代前半に労働参加率低下の長期的傾向があり、また、35%の人はWorking Poorだとして、若年労働力の活用の重要性を指摘した。また、職種によって求人倍率は大きく異なり、こうしたミスマッチは増加する傾向にあるとした。次に、労働市場の二重性の深刻化を分析した論文を紹介し、その理由として厳格な雇用保証、経済成長の鈍化などがありえるとした。また、1990年代後半以降、日本の賃金水準は低下傾向にあり、欧米と際立って異なる動きをしている点を指摘し、その基本的原因として、日本的雇用システム(高い成長率と豊富な若年労働力の下で、full-time high-salaried male workerを標準としたシステム)があったとした。現在の低成長に移るにつれ、若年労働者は活用されず、女性の就業には壁があり、正規非正規の二重性が生まれている。その解決のための方策として、労働市場の弾力性を促進する必要性を強調し、職業訓練の機会拡大、職業紹介サービスへの民間参入、雇用保証の弾力化(解雇ルールの明確化など)などを挙げた。


藤井日本経済新聞社Nikkei Asian Review編集長

藤井日本経済新聞社Nikkei Asian Review編集長

 

なお、質疑の中では、日本の雇用慣行は労働市場の安定化に寄与しているのではないか、日本の賃金はなぜ欧米に比べかくも低いのか、などの議論が行われた。

 

(文責:篠原)

 

開催概要

【日時】 2016年1月18日(月) 14:00-17:00
【場所】 東京大学本郷キャンパス 伊藤国際学術研究センター地下2階 伊藤謝恩ホール
【主催】 東京大学政策ビジョン研究センター (PARI)、国際通貨基金(IMF)
【言語】 日英同時通訳

イベント案内ページはこちら

 
14:00 第一セッション:「日本経済の諸課題」
 
スピーカー
リュック・エフェラールト 国際通貨基金 (IMF)アジア太平洋局 Assistant Director, 対日ミッション・チーフ 発表資料
討論者
菅野雅明 J.P. Morgan マネジングディレクター チーフエコノミスト 発表資料
吉田昭彦 財務省国際局国際機構課長
モデレーター
篠原尚之 東京大学政策ビジョン研究センター(PARI)教授
15:30 特別スピーチ
 
浅川雅嗣 財務省財務官
15:45 第二セッション:「構造改革のオプション—日本の労働市場の改革」
 
スピーカー
ジョバンニ・ガネリ IMFアジア太平洋地域事務所次長 発表資料
討論者
宮本弘曉 東京大学公共政策大学院(GraSPP) 特任准教授 発表資料
モデレーター
藤井彰夫 日本経済新聞社 Nikkei Asian Review 編集長
 

関連URL:http://pari.u-tokyo.ac.jp/event/smp160118_rep.html



会場風景
アクセス・キャンパスマップ
閉じる
柏キャンパス
閉じる
本郷キャンパス
閉じる
駒場キャンパス
閉じる