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リスクとセキュリティ:安全保障研究の新次元 開催報告

掲載日:2016年3月24日

実施日: 2016年01月29日 ~ 2016年01月30日

2016年1月29~30日、東京の京王プラザホテルにて、東京大学政策ビジョン研究センター安全保障研究ユニット(SSU)主催のワークショップ「国際社会におけるリスクと 安全保障の新次元(Workshop on Risk in International Society and New Dimension of Security)」が行われた。世界各地から核(原子力)、宇宙、そしてサイバーの各分野、並びに安全保障の理論研究を専門とする研究者を招き、二日間に亘って行われた五つの非公開セッションのほか、「リスクとセキュリティ:安全保障の新次元(Risk vs. Security: Intersections between Two Terrains)」と題した公開セッションが行われた。


Photo: Izawa Hiroyuki

 

セッション1 – 安全保障 vs. リスク
理論と課題

このセッションでは、複雑に繋がり合った世界で生じつつある問題について考えるための、複数の安全保障の類型を検討した。政治・組織レベルに大きな影響を与えているもっとも強力な分析ツールの一つとして「リスク」概念が挙げられた。従来の安全保障概念はいまだ有力ではあるが、他方で、各国政府は現時点では知りえていない脅威(まさに「リスク」の意味するところ)の発生確率を査定する方法を模索している。その結果として、近年の世界経済フォーラム(ダボス会議)でも取り上げられたとおり、世界では「リスクアセスメント」や「ホライズンスキャニング(将来展望)」のような動向が高まりつつある。したがって、シンガポールのようにリスク評価報告書の作成を始めた国もあれば、一方では日本のように「リスク共同体」の発展が官僚機構、政治文化、多くの行政機関の思惑など様々な障壁にぶつかりなかなか進んでいない国も存在する。

 

セッション2 事例(1)核安全保障/リスク

このセッションでは、核技術の利用(軍事・民間の両方を含む)に伴うリスクの性質の変化に関するいくつかのテーマを検討した。核兵器・核分裂性物質の未承認の保有・取り扱いが及ぼす安全保障上の問題に加え、パネリストらは地球規模で増え続ける核分裂性物質の備蓄、特に核燃料再処理の副産物であるプルトニウムの難題について議論した。このような問題は、現在世界で最大量のプルトニウムを保有する日本にとってとりわけ重要だと思われる。そのほか、2011年に起きた福島第一原発事故後の原子力発電の方向性と核拡散についても触れられた。前者については、福島の原発事故によって原子力発電を段階的に廃止するという政治的選択をした国がある一方で、原子力発電拡大へのコミットメントを確認した国もある。後者については、これまでの研究によると、共通の敵に対する軍事同盟だけでは核拡散を防止するのは難しいことが歴史的研究によって実証されている。しかし一方で、政治指導者に核兵器保有の追求をやめさせるためには、抑止の信用性を高めることが重要だと思われる。不透明性が増し、また同盟関係がより曖昧になっている今の時代、核拡散の制限は非常に難しい課題となっている。

 

セッション3 – 事例(2)宇宙安全保障/リスク

このセッションでは、安全保障の中でも最新の議題、つまり宇宙安全保障について、幾つかのサブトピックに分ける形で議論された。宇宙は今日非常に重要な領域である。宇宙にはコミュニケーション・観測・情報サービス等を供給するのに不可欠な資産(様々な人工衛星)が設置され、これなしでは現代の国防だけでなく我々の産業経済も立ち行かない。しかし、このような資産は多くの脅威に晒されている。宇宙は混み合い、競争的で、軍事化された場所になってきている。主要な軍事大国は戦争時には敵の衛星を標的とするような手段を開発しており、このことは戦争が宇宙にまで及ぶ、あるいは宇宙で勃発し他の領域にまで展開する可能性を示唆している。宇宙安全保障は各国に共通する問題であるにもかかわらず、共通の行動規範に関する国際的合意は今後もなされそうにない。さらに、軌道を周回する物体やその使用済み断片がもたらす宇宙機器への脅威など、宇宙ゴミの問題も議論された。宇宙ゴミの量はここ20年で劇的に増加しており、この問題にどう対応するか地球規模での議論が促されている。しかし、ほとんどの宇宙技術は今では軍事・民間の両面で利用されていることから、主な宇宙開発大国は政策を大きく変えることに消極的である。

 

セッション4 – 事例(3)サイバー安全保障/リスク

宇宙・核技術と並び、電子ネットワークの安全保障に関する問題が、政府だけでなく、インターネット及びその他の電子サービスを提供する、あるいはこれらに依存する多くの民間企業にとっても、急速に深刻となってきている。パネリストらは、特に原子炉のような特別注意を要するような物的インフラに対してコンピューターウイルスを拡散することによって危害を加えるなどの妨害活動やテロ行為の脅威について議論した。続いて、変化のスピードが速いサイバー攻撃の性質のために継続的なアップデートと投資を要する、政府や民間企業が運用する重要なコンピューターインフラの安全をどのように確保するかという問題について議論がなされた。しかし、サイバー安全保障は集団組織だけでなく、オンラインサービスやデータ通信サービスを利用する一般市民にとっても重要な問題である。前にも述べたように、新たな安全保障の領域のすべてにおいて、その脅威の共通性にもかかわらず、国際的協力は非常に限定的で、国際的な行動規範の合意という構想はあるものの、どれも合意には達していない。

 

セッション5 – 安全保障とリスクの交錯

このセッションは、これまでのワークショップで取り上げられた基本概念を整理し、高度な科学技術が関わることで複雑さが増した問題を、複雑性を認めた上でもう一度シンプルに捉え直すことを目指した。人類が直面している問題に対してどうすれば協働することができるか?多くのパネリストらは安全保障に関して異なる、さらには対立さえするような定義と論理が根強く存在すること、また人類社会が、その複雑性と未完全なテクノロジーへの依存の帰結として不可避的にさらされることになるリスクの量とその深刻さが増大していることを強調した。最後にもう一度確認されたのは、国際政治やテクノロジーの接点に存在する数多くの問題の共通性にもかかわらず、国際社会は安全保障やリスクに関して国家的な観点を放棄し、将来的に共通規範や行動規範を実現しうるようなより国際主義的なアプローチに賛同することに苦戦しているという点である。


 

公開セッション: リスクとセキュリティ:安全保障の新次元

「国際ワークショップ:国際社会におけるリスクと 安全保障の新次元」は、最後に公開セッションを行った。東京大学政策ビジョン研究センター安全保障研究ユニット長の藤原帰一教授が司会を務め、コペンハーゲン大学のOle Wæver教授、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス (LSE) のChristopher Cocker教授、シンガポール国立大学のYee Kuang Heng准教授、復旦大学(上海) の沈丁立教授、プリンストン大学のJohn・G・Ikenberry教授が参加した。


まず最初に、藤原教授が本ワークショップの目的を参加者に説明した。本ワークショップの目的は、従来の安全保障概念とは異なる視点やアプローチを模索することだった。安全保障分野では、中国と東アジア諸国との戦略的・地政学的対立や、近隣国に脅威を与える北朝鮮の存在など、伝統的な安全保障を動機とする脅威が折に触れて再燃する。しかし、安全保障を取り巻く環境は急速に変化しており、新たな脅威の出現が進んでいる。ISISの突然の台頭を思い浮かべるかもしれないが、それだけではない。核、宇宙、サイバーテクノロジーなど、技術資産に関する安全保障問題はこれまであまり議論されてこなかったが、本ワークショップの目的はまさに、国際政治研究と科学技術の間にあるグレーソーンにおける新たな問題に取り組むことであった。次に藤原教授はスピーカーを紹介した。スピーカーは順に手短にコメントを述べた。


Ikenberry教授はワークショップの成功を高く評価した。教授は、安全保障概念が2つのロジックで構成されていると述べた。一つは同盟、軍拡競争、戦争抑止などの第一次大戦後に顕在化した安全保障の脅威に関する伝統的なロジック。もう一つは、科学技術の進歩によって生まれた新しい課題、すなわち近代という時代が生み出した今日的課題を解決しようとする新しいロジックである。このロジックで捉えられる脅威や課題は多様な性質を持ち、偶発的な事故もあれば、意図的攻撃、妨害破壊行為、テロの形を取ることもある。今日では、脅威の形態に関係なく、すべてのアクターが脆弱性を共有していると意識するようになった。それがきっかけとなり、国際的に協力しながら問題解決の方法を模索することになるかもしれない。最後にIkenberry教授は以下の点を強調をした。第一に、新しい安全保障概念が、伝統的な安全保障概念に取って代わることはない。伝統的な安全保障問題はなくならない。第二に、リスク共同体を構築し、リスクを共同管理する必要があるのは明らかだが、実現には多くの困難が伴う。第三に、安全保障アクターの多くは短期的な脅威のことで頭が一杯であり、システミックで長期的な問題に取り組むのは最初からハードルが高い。



Cocker教授も、本ワークショップが非常に生産的だったことを高く評価し、新しい安全保障概念の複雑性が明らかになったと述べた。安全保障概念には現在、二つの次元が並列的に存在する。一つは伝統的な安全保障戦略の次元で、冷戦終了後の比較的安定していた時代を経て再び顕在化してきている。もう一つは、人口動態、環境、経済上の危機が相次いで発生し、収束する次元で、壊滅的な政治的影響をもたらす可能性がある。Cocker教授は一例としてシリアの体制崩壊を挙げ、未曾有の大干ばつで困窮した数百万人の農民が都市部に流入したことが事態の混乱に拍車をかけ、社会・政治的なドミノ効果をもたらしたと説明した。教授は中東情勢の悪化に懸念を表明し、近い将来に事態はさらに悪化する可能性が高いとコメントした。その他の国や地域でさえも、国際協力の気運は低下しつつある。人々は深刻な危機が発生した場合、国際機関よりも国家に目を向けるようになるものだが、これは米国やEUを含めて、世界的にアイデンティティ政治への回帰が起きていることに反映されている。




沈教授は、核安全保障、特に核兵器の安全保障上の問題について述べた。伝統的な安全保障上の脅威の多くはすでに冷戦時代に詳しく議論されているが、核弾頭の安全性や核分裂性物質の備蓄に関する脅威のように伝統的なものに加え、今日では一段と複雑化した脅威に我々は直面している。教授はプルトニウムの備蓄量が増え続けていることに懸念を表明した。日本は現在世界最大のプルトニウム備蓄国になっていることに言及し、情報共有と連携の必要性を強調した。

 







Heng教授は新しい安全保障問題について5つの点を強調した。1) グローバル化は安全保障問題の拡大と拡散の大きな原因となっている。特にパンデミックの場合においても明らかなように、人間が簡単に広めてしまうためである。2) 今日では多くの人々が都市に居住し、都市がグローバルなつながりの場となっていることから、都市化の進展は相互接続性の向上に寄与する。3) つい最近まで、大規模リスクへの対応は主に政府の仕事だったが、今日では、複雑化した経済や社会に必要不可欠なインフラやシステムを運用している民間企業が大規模リスクを負うようになっている。4) 政府機関はリスク対応の重要性を認識するようになり、多くの国がシンガポールのような国家リスク評価制度の整備と運用を進めている。5) 旧来型行政の縦割りの弊害をなくすために、政府のリスク対応やリスク評価結果への対応は、新しい政策評価の運用や省庁間の連携を図りながら実施されている。

 
 

Wæver教授は、安全保障に対する脅威の階層化は難しいと述べた。専門家の間でも分野が違えば脅威の分類の仕方や脅威に対処する方法もそれぞれ異なる。教授は、原則として、3つのロジックを用いて脅威の評価を行うことができると述べた。a) 安全保障のロジック:起きてはならないこと、守らなければならないものを特定する。b) リスクのロジック:ある程度のリスクは不可避であり、リスクの算定と管理が問題となる。c) 不確実性のロジック:理想としては、未知の要素 (リスク) だけでなく不可知の要素にも対処する。これら3つのロジック (アプローチ) にはそれぞれ長所と短所があるが、安全保障のロジックにはやはり優位性があると教授は確信し続けている。


 

動画

日時: 2016年1月30日(土)14:30-16:30(14時開場)
場所: 京王プラザホテル44階「アンサンブル」
登壇者: G.ジョン・アイケンベリー(プリンストン大学)
オレ・ウィーバー(コペンハーゲン大学)
沈丁立(復旦大学)
クリストファー・コーカ―(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)
イー・クアン・ヘン(シンガポール国立大学)
藤原帰一(東京大学) ※モデレーター
主催: 東京大学政策ビジョン研究センター安全保障研究ユニット

関連URL:http://pari.u-tokyo.ac.jp/unit/ssu/events/2016-01-30/index.html



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