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「健康経営を起点に働き方改革を進める」シンポジウム開催報告

掲載日:2016年8月5日

実施日: 2016年07月11日

講演概要

 東京大学政策ビジョン研究センター健康経営ユニットでは、2016年7月11日に「健康経営を起点に働き方改革を進める」と題したシンポジウムを花王Qステーションの特別協賛により実施した。
 本シンポジウムは、超少子高齢社会・日本において、健康投資、職場環境の整備といった視点から、社員のモチベーションをあげ、生産性の向上につながる“働き方改革”を実現する方策を探ることを目的とし、併せて国の政策動向や企業の先進事例、東京大学の研究成果を共有した。
 当日は伊藤国際学術研究センター伊藤謝恩ホールに、企業の人事・経営企画関係者を中心に、自治体、医療保険者等、約250名が参加した。

 

 健康経営研究ユニット尾形裕也特任教授による開会挨拶の後、厚生労働省労働基準局労働条件政策課労働条件確保改善対策室室長 水畑順作氏より「企業の働き方改革を進める」と題した基調講演が行われた。
 

 

厚労省 水畑氏
(以下要旨)

 被雇用者の労働状況(労働時間、有給休暇の取得等)と労働人口の推移・要介護高齢者や女性雇用者の実態は近年大きく変化を遂げている。以前になかった「ワークライフバランス」「ダイバーシティ」等新たな用語が広く使われるようになったのは、社会にとって大きな損失を防ぐ必要があると考えられるようになったからである。
  厚生労働省では、従来より労働基準法等を基本に法令違反を取り締まってきたが、法令を守っていても働かせすぎなのは不健康・不健全である。この実態を変えるために、全国の企業の経営者に必要な情報や考え方を変えるきかっけを提供するか取り組んでいる。
  「健康」と「働き方」は両輪と考え、政策を進めているところだが、社会の大きな損失を少なくするために「働き方改革」が必要である。労働生産性の向上、子育てや介護、疾病による離職防止、新卒採用や長く働き続けられる環境を整備するためにも「働き方改革」が重要となる。
  労働時間が短くなっても、企業として売上や利益が減少すれば組織として問題であり、業務の棚卸や無駄な仕事の削減も大事だが現実はなかなかうまくいかない。しかしながら何らかの方策があるのではないかと研究を進めているところである。労働時間の「見える化」と徹底的な管理は言い古されているようだが、実際に徹底的に行っている企業はまだ少なく、これらを徹底することにより、労働生産性を上げながら改革を進めることが可能になるのではないかと考えている。厚生労働省「働き方・休み方改善ポータルサイト」では、自己診断や取組・参考事例等も示されており、活用が望まれる。
  企業の事例として、朝早く出社してその分早く退社する「夕活」に取り組んだ例も多くあった。会議の短縮やテレワーク等が行われたが、ただ実施するだけでなく、業務の効率化とセットで行わなければ効果は出ない。また、トップダウンの取組みだけでなく、従業員自身が自分でどうしたらいいのか、何を考えたらよいのか、考えていくことが大事である。
  厚生労働省においても積極的に長時間労働の是正に取り組んでいる。地道な取組みが効果的なのを実感している。簡単なことからでもよいのでまず取組みを始めてもらいたい。

 

 東京大学政策ビジョン研究センター健康経営研究ユニット 尾形裕也特任教授からは、「データヘルスの活用による経営層のアクション支援」と題して、健康経営に関する東京大学で行われた研究報告があった。
 

 

東京大学 尾形特任教授
(以下要旨)

 少子高齢社会において、人材は重要な資産であり、健康経営は一つの突破口になる。アメリカでの研究では、長期的にみると健康経営に熱心な企業は企業平均を上回るパフォーマンスを示し、業績と健康経営への取組みには相関関係があるという研究がある。
 健康経営はマクロ・ミクロ両面で有意義な取組みである。特に超少子・高齢社会の日本における意義はとりわけ大きい。欧米諸国ではこの20年ほどの間に従来の「疾病モデル」から「生産性モデル」へ考え方の転換があったとされる。医療・健康問題を単なるコストと考えるのではなく、人的資本への投資と考えるようになった。健康経営とは、従業員の「健康」と「生産性」を同時にマネジするものであり、企業や組織にとっても重大な「経営問題」となる。
 アメリカの商工会議所が示した企業にとっての従業員の健康関連コストの構造に関するデータをみると、医療費に相当する部分は全体コストの4分の1に過ぎず、プレゼンティーイズムが占める割合が最も高い。プレゼンティーイズムとは、出勤はしているが何らかの健康問題によって生産性が落ちている状況を表す。東京大学では、この健康経営の考え方を日本の企業・組織、コミュニティに適用できないか研究している。医療費適正化やメンタルヘルス対策といった個別展開による「部分最適」から企業・組織の「全体最適」に向かっていくことが出来れば、企業経営者層に訴求力のある議論が出来るようになる。健康企業に熱心な企業・組織はブラック企業の対極にあり、その社会的評価により人材確保の点でも優位になるだろう。日本では必ずしも健康経営に関する研究の十分な蓄積はないが、皆保険制度のもと、診療報酬、健診データを統一的な形で入手可能な点で優位な立場にある。ここで重要なカギを握るのは保険者と母体組織の企業が一体となって取り組むコラボヘルス、レセプトの電子化の実現であり、これがいわゆるデータヘルス計画に繋がり、非常に大きな可能性があるといえよう。
 東京大学では、日本の企業や組織の従業員の健康リスクの構造について、現状を把握し、改善することによって、全体のコストを小さくすることが出来るのではないかという仮説を実証していくことを基本に研究を進めている。昨年度実施された厚労省と経産省のプロジェクトに東京大学も参加し、詳細は当ユニットのHPにも掲載されている。ワーキンググループには業種や規模が多様な9つの企業・組織が参加し健康関連総コストの推計を行った。その結果、米国と同様、医療費は重要だが、全体のコストの一部にしか過ぎず、プレゼンティーイズムが最大のコスト要因であることが日本のデータでも裏付けられた。また従業員の年齢構成が高齢化するに従って健康リスク構造が悪化する可能性が高いことも示された。医療費は生物学的リスクと強い相関があるが、プレゼンティーイズムは、ストレス等の心理的リスクが非常に大きく作用している。つまり、医療費の場合は生活習慣病対策が大切だが、プレゼンティーイズムについては、メンタル対策も大切である。医療費もプレゼンティーイズムもリスク構造を改善することで全体のコストの削減を図ることが可能であることが示唆されている。
 健康経営を実現するためには、特に健康な生活に関する組織文化が重要であり、トップだけでなく、個別の社員に浸透するカルチャーを作っていくことが重要である。

 

 後半のパネルディスカッションでは、「企業トップが行動する起点と社員に寄り添う構造を探る」と題し、健康経営に先進的に取り組む4社からそれぞれ発表をいただいた後、古井祐司特任助教をコーディネーターに、意見交換を行った。
 

 

コニカミノルタ 若島氏
(以下要旨)

 コニカミノルタ株式会社 常務取締役・人事部長若島司氏からは、健康経営とワークスタイル変革を目指す「エンパワーメント経営」について発表があった。
 コニカミノルタでは、持続的成長のベースとなる人財を最大限活用できる組織風土を目指し「エンパワーメント経営」を掲げ、ワークスタイル改革にも積極的に取り組んでいる。優れた戦略であっても実行するのは人財であり、人財のベースは健康であることから、従業員の健康維持・増進への取組みは将来に向けての戦略的投資と位置付けている。中期計画では理念・体制・施策を明確化し、グループ健康宣言を制定した。人事部長は健保理事長を兼務し、会社と健保のコラボヘルス体制を進め、計画ではリスク者のミニマイズ化と「見える化」による健康度の向上を柱としている。取組みを進めた結果、ハイリスク者は激変したが、好転していないデータも依然ある。しかし「見える化」により部門長クラスの健康に関する意識は確実に向上し、健康経営銘柄に2年連続指定され、さらに意識が高まった。一方、無関心層は依然多く、ヘルスリテラシーの低い従業員をいかに巻き込むかが大きな課題である。

 

大和証券グループ本社 望月氏

 大和証券グループ本社常務執行役・CHO 望月篤氏からは、グループ全体での取組について発表いただいた。
 大和証券グループでは、女性の活用を推進する上で男性の働き方も変えていく必要があり、特定保健指導の導入により人事・健保一体での取組みが始まり、健康経営へのきっかけとなった。定期健診で所見がある従業員に、医師の意見を記入してもらい会社に提出する「イエローペーパー制度」の導入がグループ全体での健康増進への働きかけのきっかけとなり、結果、受診率が2割から8割へ大幅に上昇した。
 昨年10月に健康経営を強化するため、健康経営推進会議が設置され、各種の取組みが進められている。「健康白書」の発行やレセプト・健診データの分析も開始した。社員の健康保持・増進に積極的に取り組んだ成果は様々あるが、社員が健康に働くことは社員・会社双方にとって幸せなことであり、社員が元気だと会社も明るくなる。健康経営銘柄に2年連続で選出され、企業価値の向上にもつながった。社員も誇りをもって健康増進の取組みを行うようになってきた。今後は、データ分析の精度を高めて予防に繋げていくこと、若手社員を含めた全社員の健康意識の向上に一層取り組みたい。

 

東京クリアランス工業 鈴木氏

 東京クリアランス工業株式会社代表取締役社長 鈴木美穂氏からは、中小企業における健康経営の実践について発表いただいた。
 東京クリアランス工業は、従業員33名、平均年齢60歳の中小企業である。4年前に夜勤明けの従業員が現場でケガをしたことが従業員の健康管理に積極的に取り組む契機となった。事故を契機に、従業員や顧客との話し合いをふまえ勤務体制を見直し、夜間勤務は全て外部委託、アルバイトを活用し、残業ゼロを目指した勤務時間の徹底を行った。また、従業員の健康増進を推進するために、地域産業保健センターを通じて産業医を紹介してもらい、会社の状況を踏まえたアドバイスや保健指導を受けられるようにした。その結果、メリハリのある勤務から丁寧な仕事が可能となり、ひいては顧客からの信頼も向上し売上も上昇するという好循環が生まれた。

 

ACQUA 伊藤氏

 ACQUAディレクター 伊藤和明氏からは、美容業界における健康づくりへの取組みについて報告があった。
 ACQUAは美容室を経営しており、従業員は55名、平均年齢が24歳という非常に若い集団である。5年前、初めて従業員の血糖値データを測定したところ、平均が50代並みの値であり大変驚いた。美容師は皆痩せてスリムだが、血糖値が高く、隠れ肥満ではないかと気づいた。美容業界は仕事をした分だけ収入が増えるシステムで、スタイリストは休憩すら取らずに仕事をするのをよしとする慣習があるが、この働き方を変えなければならないという気づきのきっかけとなった。
 美容業界はいわゆるブラック企業に近い職場が多いなかで、ACQUAは「超ホワイト企業」を目指そうと考え、会社代表も説得した。スタッフにしっかり休憩を取らせ、きちんとした食事をさせることを目指し、仕出し弁当や手作り弁当の昼食の奨励、自販機には水とお茶、砂糖なしの炭酸水を揃えた。腰痛や肩こりは従来であれば美容師の職業病と片付けられたところだが、始業前のストレッチ体操により改善が見られた。これらの取組みの結果、体調不良による離職率も大きく低下した。
 今後は美容業界の手本となるよう、この取組みを継続していきたい。本物の美をデザインするためには、自分も体をデザインし、美しいものをつくるためには、自分の内面からきれいなものをみて食べることが大事ということをスタッフに浸透させていきたい。

 

 ディスカッションでは、①健康経営に取り組むきっかけ、②組織として健康経営を進めるため会社として理念の周知や体制づくり、③忙しい社員にどのように健康に目を向けてもらい、行動を促そうとされたか、④健康経営で目指すところ、について各社の発表を踏まえ、意見交換を行った。
 データヘルスの推進や内外の資源の活用、職場の文化に合った取組の工夫は、いずれの会社にも共通した特徴といえよう。客観的なデータで「見える化」し、会社が寄り添うことで社員の主体的な健康づくりが進むという具体的な取組が今回発表いただいた4社から示された。


パネルディスカッション


 

関連URL:http://pari.u-tokyo.ac.jp/event/201607/hpm/2594/report



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