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Ikenberry教授特別セミナー (政策ビジョン研究センター)

2017年03月13日掲載

実施日: 2017年02月01日

2017年2月1日、ドナルド・トランプ米政権発足から12日目のこの日、東京大学政策ビジョン研究センター安全保障研究ユニットは、ジョン・アイケンベリー教授を招聘し、大学院生及び学部生を対象としたゲスト講義を開催した。

司会の藤原帰一教授(東京大学大学院法学政治学研究科、政策ビジョン研究センター安全保障研究ユニット長)が指摘したように、アイケンベリー氏はリベラルな国際秩序を「立憲秩序」と捉えた主著After Victoryにおいて、アメリカの覇権と、その力の自制が国際秩序の安定とアメリカの繁栄の要だとの議論を展開したことで知られる、国際秩序論の大家である。イギリスのヨーロッパ連合(EU)からの離脱、いわゆるBrexitと、アメリカにおけるドナルド・トランプ政権の誕生を受け、本講義では、このアメリカが主導するリベラルな国際秩序が直面する危機の現状と原因、そして将来の展望について議論が行われた。

現在、リベラル・デモクラシー(自由民主主義)、すなわち自由主義を源流とし、統治のシステムとしての民主主義を備えた国内政治体制が、世界各地で危機に瀕している。そうアイケンベリー氏は言う。ポーランド、ハンガリー、トルコ、フィリピン、インドでは、依然として民主主義体制を維持しており、かつ憲法の枠組みも継続しているにもかかわらず、言論の自由の抑圧や法を逸脱した統治、強権的な支配が行われる傾向が強まっている。「権威主義的立憲体制」(autocratic constitutional states)の拡大ともいうべき状況であり、また韓国では、民主的な政治システムが行き詰まり、極端な政治空白が出現している。さらにアメリカとイギリスでは、皮肉にもその国内から、これまでの英米的アプローチによる世界秩序に対する反発が高まっている。

アイケンベリー氏は、このような状況は、冷戦後のリベラル・デモクラシーを基盤とした国内政治体制及び国際秩序の拡大の終焉であり、またより根源的には、200年にわたる「リベラルな近代」の危機と捉えるべき現象だと指摘する。では、冷戦後の状況とはどのようなものだったのか。現在の危機の原因はどこにあるのか。そもそも民主主義とリベラルな国際秩序の根源にあったのは何だったのか。

25年前、国際社会は、民主主義とリベラルな国際秩序の拡大へと向かっていると思われていた、とアイケンベリー氏は回顧する。アメリカとソ連、自由世界と共産主義世界、東側と西側を隔てていた「壁」は崩れ、それまで西側世界に集中していた民主主義体制は、東ヨーロッパ、南ヨーロッパ、南アメリカ、東アジアへと拡大した。アイケンベリー氏は、ベルリンの壁が倒壊した1年後、その跡地を訪問した際に拾った壁の破片を、今もデスクに飾っているという。

アイケンベリー氏は、この民主主義の拡大とともに、国際関係も、米ソ二極の体制から大きく変化したと指摘する。G7はG20へと拡大し、北大西洋条約機構(NATO)は東方へと膨張し、中国は世界貿易機関(WTO)に加盟するなど、誰もがこの流れに乗り遅れまいとした。そして、フランシス・フクヤマが「歴史の終わり」を唱え、アマルティア・センが民主主義は「普遍的価値」となったと主張したように、共産主義の没落の後、リベラル・デモクラシーに対抗し得るイデオロギーは、現在に至るまで存在していない。デモクラシーは、普遍的な観念となったと思われた。

しかしながら、アイケンベリー氏によれば、このような観測は、いまや限界に直面した。2008年の世界金融危機を契機に経済における新自由主義の欠陥が露呈し、非自由主義的民主主義や権威主義的立憲体制というべき混合体制(Hybrid regimes)が台頭し、欧米では既存の民主主義体制とそのエリートへの反発が強まっている。アイケンベリー氏は、特に、ヨーロッパをリベラルな国際秩序の「静かなる砦」(silent bulwark)と呼び、その危機に強い懸念を表明した。ヨーロッパ統合は、リベラル・デモクラシーの諸国が、「民主主義による平和の園」を形成できるという実例であり、21世紀の国際秩序とはいかなるものとなるのかのモデルを提供してきた。しかし、いまや、そのヨーロッパは、難民と金融をはじめとした複合的な危機の中にある。アイケンベリー氏は、この危機は、トランプ政権の誕生によるアメリカの状況よりも深刻だと指摘する。ヨーロッパは、マザーグースのハンプティダンプティのように、一度分裂すれば取り返しがつかないかもしれないからだ。

この静かなるリベラルな国際秩序の柱を崩そうとしているのが、ロシアであると、アイケンベリー氏は言う。アイケンベリー氏によれば、ロシアのウラジミール・プーチン大統領はシリアへ介入してより多くの難民をヨーロッパに流出させ、ソーシャル・メディアを利用し、欺瞞情報を流し、サイバー攻撃を仕掛け、極右勢力に資金援助を行うといった多様な方法で、EUとリベラル・デモクラシー、そしてアメリカの主導するリベラルな国際秩序の弱体化を図っている。この最新の事例が、2016年アメリカ大統領選挙への介入であった。

さらにこのアメリカでも、2016年、深刻な危機が起こったと、アイケンベリー氏は指摘する。すなわち、ドナルド・トランプ氏の大統領選挙の勝利、そして大統領就任である。アイケンベリー氏は、トランプ大統領は、「おとり商法」(bait and switch)、つまり安い商品で客を引き付けて高額商品を売りつけるような手法を使うような人物ではないと言う。選挙において言ったことを、そのまま実行するのがトランプ大統領である。移民や憲法といった国内問題と、貿易や同盟といった国際問題の双方で、トランプ大統領は、アメリカの価値と、リベラルな国際秩序の保護者の地位を終焉させようとしていると、アイケンベリー氏は言う。

すなわち、アイケンベリー氏によれば、トランプ大統領は、リベラルな国際主義に関して全く無知であり、またその敵対者である。トランプ大統領がその政策を推進することに成功すれば、開かれた進歩的な国際秩序の構想は終焉へと向かうだろう。アイケンベリー氏は、トランプ大統領が勝てば我々が敗北し、我々が勝つということはトランプ大統領が負けるということを意味するのだという。この闘争は、アメリカ国内の左右の対立などではなく、立憲主義、法の支配、権利と自由を巡るものであり、国際的な闘争でもあるのだと、アイケンベリー氏は指摘する。いまや、フランシス・フクヤマさえも、「政治の衰退」を唱えているのである。

この危機は、どの程度深刻なものなのだろうか。経済が再び成長すれば、または指導者が交代すれば収束する、そのような一時的なものに過ぎないのだろうか。あるいは、もう少し深刻で、アメリカが主導する秩序が終焉し、リベラルな国際秩序を支える新たな「グローバル・フレームワーク」が出現するまでの、いわば移行期の危機なのだろうか。しかし、より深刻な危機である可能性もある。すなわち、リベラル・デモクラシーを促進してきた「リベラルな近代性」そのものの危機であり、「明日は今日よりも良くなる」という進歩の概念の危機なのだと、アイケンベリー氏は言う。

だが、自由主義と民主主義は、1930年代の混乱の中から再生し、繁栄の時代を築いたとも、アイケンベリー氏は指摘する。そして40年代から60年代にかけての思想家たちは、全てが自動的に進展すると楽観してしていたわけではない。問題を明確にし、その解決策を探り、これをリベラルなビジョンと想像力の中に再統合したのだと、アイケンベリー氏は主張する。では、我々には今、何ができるだろうか。

アイケンベリー氏は、現代のリベラル・デモクラシーの根源に立ち返ることで、この点を詳述した。アイケンベリー氏は、現在の民主主義には5つの特徴があるという。すなわち、①民主主義とは、長期的かつ漸進的に拡大していくものであり、②現在の民主主義は、二つの安全装置を組み込んだものである。すなわち、共和主義と自然権の尊重である。アメリカ建国の父の一人、ジェームズ・マディソンに遡る、憲法と各機関の抑制と均衡を重視する共和主義。またジョン・ロックに淵源を持つ、言論や信仰の自由を根幹とする自然権の尊重。この二つの要素によって、民主主義がアテネやルネサンス期イタリアのような多数の専制に陥ることを防ぐという構想だ。しかし、これは現在、深刻な危機の中にある。

そして、アイケンベリー氏は、政治学が、③一度確立した豊かな民主主義は安定的であるという鉄則を見出してきたという。これまで崩壊した民主主義の中で最も豊かだったのは1975年のアルゼンチン(一人当たりGDP6055ドル)であったが、現在のトルコは当時のアルゼンチンよりも豊かであり、この法則も揺らぎ始めたという。さらに、アイケンベリー氏は、④民主化の進展には、「民主的覇権国」の存在も重要だったと指摘する。すなわち、アメリカは、東アジアの同盟を通じて韓国や台湾の民主化を促し、あるいはEUは、そのコンディショナリティを通じてヨーロッパ諸国の民主化を促進してきたという。しかし現在、アメリカはトランプ大統領の下この役割を放棄し、EUも後退している。アイケンベリー氏は、また、⑤これまで民主主義諸国は多数の国際組織を作り、ルールに基づいた、進歩的な国際秩序を形成してきたのであり、その成果は瞠目すべきものだったと主張した。

では、このような成果を収めてきた民主主義と、リベラルな秩序に、何が起こっているのか。アイケンベリー氏は、経済、政治、国際の3つの側面から危機を診断した。まず、経済面では、リベラルな国際秩序の拡大が先進民主主義諸国における中間層の没落を招いたと指摘した。アメリカでは、過去20年の間に増大した富の全てが、人口のわずか20%に配分されるという事態が起こっている。この中で、リベラル・デモクラシーの国々の中間層に、グローバル化の勝者であるエリート層への信頼の低下、多文化主義への疑念の勃興、国際主義への懐疑の台頭が起こったと、アイケンベリー氏は指摘する。

また政治的にも、深刻な変化が起きている。アイケンベリー氏によれば、リベラル・デモクラシーの国々では、民主主義に対する支持が、徐々に下がっていることが確認されている。またエリート、マスメディア、政党といった既存の政治組織に対する信頼も大きく低下している。さらに、民主主義を支えるシビック・カルチャー、すなわち、選挙の結果を正統なものと受け入れる文化そのものも融解する兆しを見せている。

そして国際的にも、リベラルな秩序は重大な岐路を迎えている。アイケンベリー氏によれば、これは、以下5つの面から説明することができる。まず、①アメリカの権力の衰退と中国の台頭である。これは、従来のリベラルな秩序の柱が動揺することを意味するが、アイケンベリー氏は、影響力と発言権をめぐる政治問題であり、解決可能だという。しかし、そもそも、現在の世界は、②環境、核拡散、衛生、金融といった新たな相互依存関係から生まれる新しい安全保障問題に直面しており、リベラルな秩序はこの挑戦にもこたえなければならない。さらに、③リベラルな秩序の構成国そのものが多様化したことにも注意が必要だと、アイケンベリー氏は言う。冷戦期のように同質の民主主義国家からなる秩序ではなく、経済的にも政治的にも多様性が増大したことが、冷戦後の困難の一因だというのだ。権力移行と多様性を増すポスト覇権の世界では国家間の協力が重要だが、④アメリカと中国の対立の増大がこれを難しくしている。しかし、最も根源的な問題は、⑤進歩という概念そのものへの疑念の増大だと、アイケンベリー氏は指摘する。これまで、リベラルな秩序は、科学、技術、学習、発明、協力、問題解決といった近代の特徴、未来は過去よりも良くなるのだという「進歩」の概念とともに発展してきた。この進歩への信頼なくして、自由主義は維持できるのだろうか。

以上の議論から、何が言えるだろうか。アイケンベリー氏は、ナショナリズムとポピュリズムの高揚の中で、リベラルな国際主義は各国の国内における基盤を失っていたことが明らかになったと指摘する。また、リベラルな秩序を支える理念たる進歩への信頼が失われ、さらにリベラルな価値を増進することでよりよい未来を作れるという、かつての女性参政権や公民権運動のような積極的なアジェンダも存在しない。アイケンベリー氏は、いかにこの新たな目標を設定し、進歩的な楽観主義に対する支持を回復できるかが、リベラルな国際秩序の将来を決定する要因の一つだと主張する。

最後に、アイケンベリー氏は、いま必要なのは、リベラルな国際秩序が民主主義を支えるとの観念を再建することだと指摘した。グローバルな民主主義の拡大や、リベラルな国際秩序の構想といった野心的な目標を掲げるのではなく、より小規模な、現存する民主主義とリベラルな秩序の維持を目指す。このためには、何よりも、先進民主主義諸国の一般の人々が、国際協力こそがその繁栄を促進し、また安全を保障するものなのだとの確信を持つことが重要である。アイケンベリー氏は、これこそが、未来の鍵を握っているのだと述べて、講演を締めくくった。

関連URL:http://pari.u-tokyo.ac.jp/unit/ssu/events/2017-02-01am/index.html



 
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