このページのトップです。
東京大学ホーム > トピックス一覧 > 2017年 > 芸術家と科学者の交流-Kavli IPMUでのアーティスト・イン・レジデンスプログラム
space
掲載年
フリーワード
space
space

トピックス

芸術家と科学者の交流-Kavli IPMUでのアーティスト・イン・レジデンスプログラム (カブリ数物連携宇宙研究機構)

2017年03月09日掲載

実施日: 2016年06月16日 ~ 2017年06月04日

Kavli IPMUでは2015年からアーティスト・イン・レジデンスプログラムを実施しています。このプログラムは、芸術家が研究所に一定期間滞在しながら作品を制作し、成果展として一般に公開するものですが、アーティストと研究者の相互交流により、両者にとってインスピレーションを得る機会となることもまた目的の1つとしています。2016年の夏の5週間、アーティストの平川紀道さんがこのプログラムでKavli IPMUに滞在しました。平川さんは、滞在して作品の制作を行う傍ら、毎日のティータイムに参加して研究者と話をしたり、研究者にアートという方法を体験してもらうワークショップを実施したり、居室に研究者を招いて制作中の作品を解説するなど、Kavli IPMUの研究者と交流をしました。ワークショップに参加した研究者は「ときには研究以外のことをするのはよいエクササイズ。普段からプログラミング言語を用いた計算は研究で行っているけど、それで芸術作品を作ることができるなんて面白い」と話します。
 
「見たことがないものを見たい。アーティスティックな想像力による作品制作には行き詰まりを感じた。世界のあり方をプログラムという切り口で見たい」という平川さんは、コンピュータに計算をさせることにより、美術作品を作っています。大規模なインスタレーション作品として完成させ、国内外で巡回展示を行う平川さんにとって、今回の滞在は、今後巡回させていくことになる新作の構想を練るための場となりました。「Kavli IPMUでは非常に根元的な科学を研究している。その空間で過ごす内にいろいろなものが排除されて、最終的に自分には具体的なものから得るアイディアを除くと他に何もないなと思うようになった。身の回りの目に見えるものからばかり考えていたなと。研究者は見えないところから考えている」と話します。
 
滞在する中で平川さんに響いたのは理論物理学の研究者による高次元空間の話でした。私たちにとって次元というものは、日々を暮らす空間を構成する具体的な実体ー縦、横、高さーですが、研究者が数理的な対象を扱うとき、次元というのは単に要素の数(数字の個数)でしかありません。平川さんは、私たちが日常的に接しているこの世界を写真に撮り、高次元の処理を適用することを考えました。
1枚の写真はピクセルの集合と考えることができます。 1つのピクセルは、縦と横の位置情報、そして色をRGB(Red、Green、Blue)に分解した情報、合わせて5つの数字を持つことになります。次元が数字の個数に過ぎないのであれば、この5要素をそれぞれ座標と捉えた高次元空間「5次元ユークリッド空間」 に、1枚の写真を構成するすべてのピクセルを点群としてプロットすることができると考えました。「アイデアを聞いた研究者は『それは可能ですね』とフラットに言った。僕たちにしてみれば高次元は非日常的な響きを持つが、研究者にとっては慣れ親しんだ日常で、そのギャップが面白い」と平川さんは言います。
 
「滞在中は何をどう計算して何を作るかを考えていた」という平川さんが最終的にモチーフとして選んだのは「美」でした。多くの人に共有されうる「美」の例として夕日の像の持つ情報を高次元空間へ変換します。そのとき最初の夕日の像と変わらず感知しうる何かがあるのであればそれは普遍的な美なのではないか?と考えました。この問いに迫るため、百枚超の夕日の写真について、1枚づつ、全ピクセルを5次元のユークリッド空間にプロットしました。さらにその5次元のユークリッド空間を任意のユークリッド平面でスライスし、そこに色情報をもった(色のついた)点をプロットすると像が得られます。この像について、スライスする平面を回転させることにより精査しました。
 
平川さんは滞在の成果として、10月21日と22日に行われた柏キャンパス一般公開で、3つの造形物と模擬動画を展示しました。造形物は、精査により"美しい夕日の写真"の構成要素として抽出された3つの要素を扱ったもので、それぞれについて、最も象徴的な瞬間をアルミにプリントしました。模擬動画は、作成したプログラムをサンプルの写真に適用する様を視覚的に示すものです。Kavli IPMU棟を訪れた約2800名の来場者は「美しい」「サイエンスとのコラボレーションが興味深い」など、平川さんの解説を受けて興味深そうに展示を鑑賞していました。
 
「不思議なプログラム。自分でもまだこのプログラムの挙動や計算結果の傾向が把握しきれていないので関わっていきたい」と述べる平川さんは、滞在を終えた後も考察を進めています。10月には豊田市美術館で、サウンドとともに映像インスタレーション作品として展示を行いました。位置情報と色情報のあわせて5つの要素にさらに時間を加えて6要素とし、同様の手法で6次元ユークリッド空間へ夕日の連続写真のピクセルをプロットして回転させ、動画として構成しました。
この2月には札幌国際芸術祭のプレイベントで、映像インスタレーション作品を展示しました。「Kavli  IPMUの環境を離れてみると、もう少しアートらしい飛躍が入っていてもいいと思うようになった」平川さんは、モチーフに夕日ではなく、その土地のごく日常的な風景を用いました。さらに動画の構成とサウンドの工程を見直した結果として、「『自然』が持っている本性が現実とは違う姿で滲み出てくるものになった」と述べます。
 
展示を終えた平川さんは「相互に変換されていたのは、映像データにおける曲線の形と色のグラデーション、および時間軸における動きだとわかった。この夏に気球をあげて多様な環境データを取るプロジェクトに参加する。そのデータについても同様に『高次元』からアプローチしてみたい。データを可視化する方法がたくさんあるということは、データそのものは、当然ながら固有のヴィジュアルを持たないことを意味している。固有のヴィジュアルを持たない抽象的な高次元データを高次元のまま知覚することができるのか考えたい」と今後の抱負を述べます。

今日、アートとサイエンスが出会うことで生み出される”作品”は、得てして目に新しいデザイン&テクノロジーであるか、科学的な対象を可視化するという明確なゴールを持つものであることが多いのが実情といえます。また、近年の美術の文脈ではリレーショナルアートやソーシャリー・エンゲイジド・アートなど社会との接点や美術の領域を広げることを追求する傾向にあります。一方哲学・思想の領域においては実在や形而上学の再考の動きがあります。作品「datum」シリーズは、 自然の性質や美という概念に、数理とは異なった仕方で数理的にアプローチすることで、芸術に固有の知を探る試みであったと言えるかもしれません。
 
平川さんのdatumシリーズは、3月25日まで、豊田市美術館で展示した映像作品をプリントにした作品の展示が都内ギャラリーで開催されているほか、3月31日から6月4日までポーランドでの個展への出品が予定されています。
 
関連リンク

関連URL:http://www.ipmu.jp/ja/IPMUNews36



Kavli IPMUの研究者に向けて作品の説明をする平川さん(壁面はKavli IPMU Arts Societyによる展示)

キャンパス一般公開での展示風景

札幌国際芸術祭2017アーティスト・プレビューでの展示風景(写真提供: 平川紀道)
 
space