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海洋科学の力で三陸の海に希望を/青山潤の沿岸海洋科学@岩手県 | 広報誌「淡青」35号より (広報室)

2017年10月12日掲載

実施日: 2017年09月08日

沿岸海洋科学 @ 岩手県
 
「知的好奇心」の幟を掲げて
海洋科学の力で三陸の海に希望を

謎の多いウナギの生態を解明しようと世界中を旅してきた海洋学者が、三陸の海を見つめながら次の航海へ漕ぎ出そうとしています。その舳先にはためく幟には、震災で一度は消えかけた「知的好奇心」の文字が、再び明瞭に染め抜かれています。
 

青山 潤/神奈川出身
Jun Aoyama
大気海洋研究所国際沿岸海洋研究センター
教授


 

    
ノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典・東京工業大学栄誉教授が、社会の役に立つことを想定しない基礎研究の重要性を指摘したことは記憶に新しい。自身を振り返れば、なぜウナギは旅をするのかという疑問に答えるため、その進化の道筋を皮切りに、世界中の川に海に様々な研究を展開してきた。恩師である塚本勝巳名誉教授が指摘した通り、ウナギは新月の夜、マリアナの海山で産卵するというロマンチックなシナリオを演じていた。産卵に来た親ウナギや天然で生み出されたウナギ卵の採集、新種の発見など、史上初という冠の付く現場に幾度となく立ち会う機会に恵まれた。ただただ知的欲求の赴くまま遮二無二突き進んだ結果だった。それがどう社会に役立つのか。言わずと知れた問いかけは耳に届かぬ振りをして、「知的好奇心」と染め抜いた幟だけを掲げていたような気がする。


大槌町のシンボル「ひょうたん島」。国際沿岸海洋研究センターが奥に見える。

東日本大震災により壊滅的な被害を受けた岩手県大槌町にある大気海洋研究所・国際沿岸海洋研究センターへ着任したのは2014年4月だった。津波により1階と2階を完全に破壊されたセンターは、浸水した3階部分を改修して全力で片肺飛行を続けていた。地元の協力を得ていち早く建造した調査船を駆使し、地震や津波による沿岸生態系の攪乱実態を明らかにするためである。被災地の水産業復興のみならず、同様の災害への備えとなる社会的要請の強い重要な調査・研究といえる。一歩町へ出れば、無残に失われた人命や財産、思い出の強烈な痕跡がそこかしこに残されている。人が、町が、社会全体が忌まわしい記憶を振り切るかのごとく復興へ疾走する地域に、「知的好奇心」という言葉はまったくもってそぐわなかった。あれから3年の月日が流れ、今、空気は少しずつ変わり始めている。復興工事が造り上げたのは津波に耐える町であり、そこに命を吹き込むのは人間であるという当たり前のことが、改めて浮き彫りになりつつある。ようやく中心市街地の整備を終えた大槌町は、想定を大きく下回る住宅再建に四苦八苦している。ここから先は、全国の他の地方と同様、過疎化・高齢化に伴う地域の衰退とどう向き合うかが試されよう。

古来より無限の恩恵と人智を超えた厄災をもたらす海と共に歩んできた三陸沿岸地域。今回の震災を機に海と決別する選択肢などあろうはずはなく、むしろ再び海に希望の光を灯すことこそ急務だろう。岩手県釜石市で「希望学プロジェクト」を展開してきた社会科学研究所は、“希望とは?”という問いに“A wish for something to come true by action”(行動によって何かを実現しようとする情熱)と答えている。単なる食欲や物欲を“希望”と表現することは一般的で無く、ここでいう“何か”とはより高尚なもの、精神的なものを指すと推察する。すなわち、究極的に自身のアイデンティティを守ろうとする情熱こそが希望であると私は解釈している。ならば海洋科学研究の力により、目の前の海に住民が誇りを感じるアイデンティティを構築できれば、この地域に新たな希望が生まれるはずである。そこでは真顔で夢やロマンを語る純粋な知的好奇心に基づく研究こそ大きな星となるかもしれない。我々は被災地・三陸にある研究機関だからこそ、改めて「知的好奇心」の幟を高々と掲げ、社会科学研究所の力を借りて「役に立たぬ基礎研究」を核とした地域振興を模索しようとしている。名付けて「海と希望の学校 in 三陸」。間もなく開校予定である。
 
※本記事は広報誌「淡青」35号の記事から抜粋して掲載しています。PDF版は淡青ページをご覧ください。



復興が進む大槌湾沿岸。
 
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