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森林文化のタネをまく/齋藤暖生の森林政策学@山梨県 | 広報誌「淡青」35号より

掲載日:2017年10月24日

実施日: 2017年09月08日

森林政策学 @ 山梨県
 
森と人をつなぐためのアクションリサーチ
森林文化のタネをまく

富士山を至近に仰ぐ研究所に、日本人と森の関わりの薄れを懸念する先生がいます。森に入らなくても生きていけるが、人は森で大きな楽しみや喜びを得ることができる。「癒し」を軸に人と森のつながりの再生を目指す齋藤先生の取組み。山菜ときのこを想像しながら読んでください。
 
顔写真書籍

齋藤暖生/岩手出身
Haruo Saito
農学生命科学研究科附属演習林富士癒しの森研究所
助教

齋藤先生の本(共著)
『コモンズと地方自治』(日本林業調査会/2011年刊/2380円+税)

↑研究所でのプロジェクトの概念図。地域の人々が「癒し」を得ながら森の整備に携わり、木材を使うことによって、「癒し」を得やすい森林環境が実現される仕組みづくりを目指す。
 


薪原木販売の社会実験。試験地の整備で発生した間伐材を周辺の薪ストーブ利用者に競りで販売し、需要の大きさを探る。

地域住民とフットパス候補を検討するワークショップ。フットパスとは歩いて地域の自然や歴史・文化を楽しむ小径、およびそのための活動のこと。森林に親しむ文化の一つとして期待している。
日本の国土の3分の2は森林です。これは、世界的にみてとても高い割合です。いわば「森の国」です。しかし、本当に日本は「森の国」と言えるでしょうか。みなさんの周りで日本の木材は使われていますか。実は、日本の木材自給率はせいぜい3割程度です。みなさんは最近森に出かけましたか。年に一度も行かないという人は3割近くに上るというデータがあります。

私の研究関心は「人と森の関係」にあり、今の日本は、森との関わりが薄いことに懸念を抱いています。では、どのような問題があるのでしょうか。森との関わりが薄いと、当然、森への関心も薄れることになります。ここに2つの問題があると考えています。一つは、潜在的な資源を社会に活かす回路がうまく働かないということ、もう一つが、森がもたらしうるリスクについて監視の目が届きにくくなるということです。

私が長く関わってきた研究に、山菜・きのこ採りがあります。どうして今も山菜・きのこ採りは地方によってまたはレジャーとして盛んに行われているのだろうか、こんな疑問から取り組み始めました。この研究で見えてきたのは、現代において森と人のつながりにはたらいているのは、生活・生計上の必要性というよりは、採る・食べる・人にあげるといった過程の中で得られる楽しみや喜びが大きいのではないかということです。

この知見を踏まえ、どうすれば人と森のつながりを再生できるか、という課題に取り組んでいるのが、富士癒しの森研究所(以下、研究所)での研究です。研究所のある山梨県山中湖村は、富士山を間近に仰ぎ、山中湖を抱く立地から、別荘地・観光地として発展してきました。ここでも全国の傾向と同様、森のつながりは希薄になっています。森はリゾート空間の大切な要素となりそうですが、その活用はほとんど見られません。一方で、落枝事故や獣害など森がもたらすリスクは増しつつありますが、その認識も希薄です。

研究所では、「癒し」を軸にして、地域の森と人を結びつけることを目指した研究プロジェクトに2011年から取り組んでいます。例えば、趣味として山仕事に携わる人がいて、この過程で出た木材は薪として冬のくつろぎを演出する、こうしたつながりができることで結果的に快適で安全な森林環境が創出・維持される地域の姿を思い描いています(上図を参照)。このプロジェクトは、単に研究成果をあげるだけでなく、公開講座やワークショップを通じて、地域での価値観の共有やネットワークの形成に働きかけることで、地域の実情や変化を研究として捉えようとしています。こうした実社会に働きかける研究は、アクションリサーチと呼ばれています。

研究所でのアクションリサーチは、地域に森林文化を「創る」試みだと考えています。森林の研究は概して結果が出るまでに多くの年数を要します。演習林には長期的な森林研究拠点としての役割がありますが、森林に関わる地域社会の研究もその一つに加えられるのではないでしょうか。今はまだタネを蒔いた段階ですが、次世代に引き継ぐだけの価値のある研究となるように、試行錯誤していきたいと思っています。  
※本記事は広報誌「淡青」35号の記事から抜粋して掲載しています。PDF版は淡青ページをご覧ください。

 


 
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