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「やってみたい!」が切り拓く、脳科学の地平。 | UTOKYO VOICES 010 (広報戦略本部)

2018年02月13日掲載

実施日: 2017年12月04日

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大学院薬学研究科・薬学部 薬品作用学教室 教授 池谷裕二

「やってみたい!」が切り拓く、脳科学の地平。

「これを眺めているだけでもう、楽しくて楽しくて」

手首から外した腕時計の裏はスケルトン。精巧な歯車が奇跡のようにかみ合って時を刻んでいた。自分であらためて覗きこみ、かっこいい……とため息をつく。

池谷の研究室には語り始めたら止まらない物がいくつもある。ディスクブレーキ付きの折り畳み自転車はスペインで一目惚れして買ってきたもの。棚に並ぶのはエッセンシャルオイル。原料のイランイランを見にマダガスカルまで行ってきた。街なかで車の音を聞けばエンジンの型が思い浮かぶし、音楽も絵画も詳しい。

「オタクなんです。面白いと思ったとたん、もっと知りたい!と掘り進めたくなってしまう」

きっと世界中がおもちゃ箱のように見えているのだろう。とりわけ惹かれているのが、人間の脳。

「『人間は脳を10%しか使っていない』などとよく言われますが、そもそも実際のポテンシャルがどこまでかは誰も知らない。分母がわからないのに何パーセントという話をしているんです。僕は脳の限界値がどこまで高いかを知りたい」

掘り甲斐のあるこのテーマは単なるおもちゃではない。探究の道中には、様々な芽が顔を出している。たとえば、ネズミの脳と人工知能をつないでネズミの脳の可能性を広げてみようという研究からは、創薬のブレークスルーが垣間見える。

「将来的にはマウスとうつ病の人の脳をつなぐこともできるでしょう。人間のうつ状態をマウスで再現できれば、マウス実験で人間のうつ病によく効く薬が作れる。いまはうつ病のように見えるマウスでうつ病の薬を探していますから」

とはいえ、自分の好きな研究スタイルは、あらかじめ結果を想定して実験する仮説検証型ではなく、どうなるかわからないからともあれ試してみようと探究してゆく好奇心主導型だと言う。

「要するに子どもっぽいんですよ」と笑うが、科学者なら誰もが憧れるサイエンス誌を始め、多数の科学ジャーナルに論文を発表し続けている実績豊かな研究者でもある。

脳科学には縁のない一般の人々向けの著作も多い。最先端の脳研究の知見を平易に紹介する語り口が人気で、単著・共著はあわせて20冊を超える。

「一般書を書くのは、何かを面白いと思うと他の人に『ほらこれ面白いでしょ?』と伝えたくなってしまうから。僕の娘も何かあると『ねえねえ、見て見て』と持ってくるんです、一歳でも。そういう気持ちは誰もが子どもの頃から持っているものじゃないかな」

小物

Memento

タツノオトシゴのグッズをあれこれ集めている。「タツノオトシゴは海馬とも呼ばれています。僕が脳の中で注目している場所も『海馬』。特に可塑性が高い、つまり変わりうるポテンシャルを持っている部分なんです」

直筆コメント

Maxim

「この表現だと僕があらかじめゴールを設定するタイプに見えるかもしれませんが、そうではなくて」と苦笑いしながら言葉を足した。「『夢』は脳のポテンシャルを知ること。脳の神秘性に、自分の脳を使って迫っていきたいんです」

見たい、やってみたい、知りたい、伝えたい。人間なら誰もが持つプリミティブな欲求に忠実に、他の人があきれるほどの広さと深さで追求してきて、池谷の今があるのかもしれない。しかも底知れぬ対象にこそ、面白さをより強く感じている。

「人間の脳はこれだけ素敵なんだから、きっと人間の脳で理解できるほど単純なものじゃない。つまり運命として、探求できる部分が永遠に残されるということでもある。研究の楽しさがずっと保証されているということですよね」

池谷のおもちゃ箱は容積の決まった箱ではなく、底が無限に広がる異次元空間らしい。

取材・文/江口絵理、撮影/今村拓馬

プロフィール画像

池谷裕二(いけがや・ゆうじ)
1989年東京大学理科一類入学。1998年に東京大学大学院薬学系研究科で博士号を取得し、コロンビア大学客員研究員を経て2014年より現職。脳の可塑性・脳の潜在的な能力の大きさを研究テーマとし、サイエンス、ネイチャー姉妹誌、米国科学アカデミー紀要ほか多くの学術誌で論文が掲載されている。文部科学大臣表彰若手科学者賞、日本学術振興会賞、日本学士院学術奨励賞などを受賞。『進化しすぎた脳』『海馬 脳は疲れない』など一般向けの著書多数。

関連URL:UTOKYO VOICES 一覧




 
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