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時計の概念を巻き直す「光格子時計」 正確な時計の先に

掲載日:2015年2月10日

時間を正確に測ること。それは、自然界の中から、「不変な周期現象」を見つけ出す試みでした。

図1:香取教授のつくった光格子時計

図1:香取教授のつくった光格子時計
© 2015 香取秀俊

かつては地球の自転や公転という周期現象が時間の「ものさし」に使われていました。ところが、たとえば、地球の自転は潮汐摩擦によってだんだん遅くなります。このものさしの精度をグッと向上させたのが、1955年に発明されたセシウム原子時計です。これは、その後大きく進歩し、今では絶対零度近くまで冷やしたセシウム原子が吸収するマイクロ波の振動数を利用し、3000万年に1秒も狂いません。

そして、東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻の香取秀俊教授が挑戦しているのはなんと、宇宙の年齢の2倍以上の、300億年で1秒も狂わない超高精度の時計、「光格子時計」です(図1)。

なぜそんなに高精度で時間を測りたいのか?

図1:測定対象と目盛りの関係 キャプション:測定の精度は、その目的に応じて設定します。同じ3分程度の時間を測る場合に、それがお湯を注いでからカップラーメンができあがるまでの時間は1分間隔の目盛りで十分ですが(左)、世界の陸上選手がタイムを競う1500メートル走の時間は 10ミリ秒間隔のもっと細かい目盛りが必要です(右)。

図2:測定対象と目盛りの関係
測定の精度は、その目的に応じて設定します。同じ3分程度の時間を測る場合に、それがお湯を注いでからカップラーメンができあがるまでの時間は1分間隔の目盛りで十分ですが(左)、世界の陸上選手がタイムを競う1500メートル走の時間は 10ミリ秒間隔のもっと細かい目盛りが必要です(右)。
© 2015 東京大学

さて、ふつうに暮らしている限りは、3000万年に1秒の誤差を気にすることはありません。それなのになぜ、香取教授はさらに3桁も精度を上げ、300億年に1秒の誤差、すなわち、10-18秒まで測れる時計を作ろうと考えたのでしょうか?

それには、アインシュタインの「特殊相対性理論」と「一般相対性理論」が関わってきます。特殊相対性理論によると、動いている物体では時間がゆっくりと流れます。また、一般相対性理論によると、重力が強いところでは時間がゆっくりと流れます。ところが、人が歩く程度の速さや、高低差1cmで生じる重力エネルギーの差による時間の遅れはごくごくわずかで、いまの原子時計では測ることができません。しかし、18桁の有効数字で時間を読める時計なら、この日常生活に現れる時間の遅れさえ捉えることができるのです。

光格子時計の原理

セシウム原子時計に代わる次世代原子時計の最有力候補は、絶対零度近くまで冷やした荷電粒子1つを電極の間にトラップし、100万回もの計測を繰り返して正確な振動数を測定するイオントラップ法と考えられてきました。これでは、18桁の時間を読むのに10日もかかります。

図3:光格子の模式図 複数本のレーザーの干渉によって、卵のパックのような原子の容れ物(=光格子)を作ります。原子がこの容れ物の中に1つずつ収まるように入れます。

図3:光格子の模式図
複数本のレーザーの干渉によって、卵のパックのような原子の容れ物(=光格子)を作ります。原子がこの容れ物の中に1つずつ収まるように入れます。
© 2015 香取秀俊

イオントラップ法でより正確な時計を作ろうとする機運が盛り上がる中、「すでに筋道の立てられた方法を改良していくよりも、みんなを驚かせるような新しいことをやりたい」と語る香取教授は、100万個の原子を集めて1回だけ計測すればいいじゃないかと「光格子時計」を提案しました。

光格子時計ではまず、レーザーを使って卵のパックのような原子の容れ物(=光格子)を用意します。このとき、容れ物の存在を原子に気づかれないようにするのがポイントです。このために香取教授が見つけたのが、「魔法波長」と名付けた特別な波長のレーザーでした。

次に、絶対零度近くまで冷やしたストロンチウム原子を容れ物の中に1つずつ収まるように入れます。そうしたうえで、すべての原子を同時に計測します。香取教授は、現在1000個の原子を使って実験していますが、将来的には、100万個の原子を同時に計測する予定です。こうすることで、イオントラップ法よりも100万倍速い、正確な時間の測定が可能になります(図3)。

完成した光格子時計

香取教授が理論を発表したのは2001年。基礎実験に成功したのが2003年。「もう10年以上も18桁の精度の実現を目指してきました」と語る香取教授は、2014年、ついにその精度の時計を実現し、2015年にNature Photonics誌で発表しました。

図4:未来の光格子時計 キャプション:光格子時計を載せた自動車の運転経路をさまざまに変えて時間の遅れを測定していくことで、重力ポテンシャルのマッピングが可能となります。重力ポテンシャルに異常が見られる場所には、隠れた資源などが眠っているかもしれません。

図4:未来の光格子時計
光格子時計を載せた自動車の運転経路をさまざまに変えて時間の遅れを測定していくことで、重力ポテンシャルのマッピングが可能となります。重力ポテンシャルに異常が見られる場所には、隠れた資源などが眠っているかもしれません。
© 2015 香取秀俊

15桁の精度でしか時間の定義が実現されていない状況で、18桁の精度の時計ができたと宣言するのは、1秒刻みの目盛りしかない時計で、1ミリ秒の違いを測るようなものです。香取教授は、同じ原理を用いた2台の時計を作り、2つの針(目盛り)がピタリと一致することでもってこの難題に答えました。

さらに今、香取教授の実験室がある東京大学と理化学研究所のそれぞれで18桁の精度の時計を開発し、光ファイバーでつなぐ実験を進めています。2箇所の高低差は約15m。光格子時計を使って時間の進み方の違いを示すこの実験は、一般相対性理論の原理を応用する新しい測地技術の実証です。

実は、相対性理論からの帰結として、同じ時間を2つの場所で共有することは、難しいことです。同じ時間を測っているはずが、実は2カ所の重力ポテンシャルの差だけずれてしまいます。光格子時計は、重力ポテンシャル計や高度計としての役割を担うようになります。

精密な重力ポテンシャル計で、火山の噴火や津波の到来が観測できるかもしれません。光格子時計の正確な時間が広く普及すれば、誰も予想もしない新しい使い方が登場することでしょう(図4)。自分のアイデアが自分の想像を超える日がくることを夢見て、香取教授は研究を続けます。

取材・文:堀部直人

取材協力

香取秀俊教授

リンク

大学院工学系研究科
大学院工学系研究科 物理工学専攻
大学院工学系研究科 物理工学専攻 香取研究室

論文情報

Ichiro Ushijima, Masao Takamoto, Manoj Das, Takuya Ohkubo & Hidetoshi Katori, “Cryogenic optical lattice clocks”, Nature Photonics (2015), doi: 10.1038/nphoton.2015.5.
論文へのリンク(掲載誌

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