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正規雇用と非正規雇用の格差に迫る 比較研究が解き明かす格差の論理

掲載日:2017年10月6日

同じ会社で同じ経理の仕事をしているのに、正規雇用か非正規雇用かによって賃金や待遇が異なる。このような格差が生じるのはなぜなのか。韓国や台湾などの東アジア社会と比較した結果、日本の非正規雇用は独自の性格をもっており、それゆえに賃金の格差は当然のものと正当化されやすいことがわかりました。

働き手の所得を決める要因

写真1:2005年に日本、韓国、台湾で行われた大規模な社会調査では、調査員が参加者のお宅を訪問して、20歳から69歳の男女各国数千名のデータを集めます。このデータに基づいて、ひとびとの地位や報酬がどのような要因に影響を受けているか探りました。 韓国ギャラップ社 提供

写真1:韓国での調査の様子
2005年に日本、韓国、台湾で行われた大規模な社会調査では、調査員が参加者のお宅を訪問して、20歳から69歳の男女各国数千名のデータを集めます。このデータに基づいて、ひとびとの地位や報酬がどのような要因に影響を受けているか探りました。
韓国ギャラップ社 提供

現代社会では、ひとびとの地位や報酬は、就いている仕事によって左右されます。「たとえば欧米では、従業員を雇う立場なのか、それとも雇用主に雇われる立場なのかといった従業上の地位と、管理職・専門技術職であるか否かといった職種の違いが、就業者の賃金、ひいては社会経済的な地位に大きく影響しています」と社会科学研究所の有田伸教授は説明します。一方で、日本では勤めている企業の規模や、正社員として雇用されているか否かといった雇用形態の違いも、同様に働き手の賃金や処遇に大きな影響を及ぼしています。

このような傾向は、韓国や台湾といった社会の成り立ちが似ている東アジア諸国でも共通して見られるのか。有田教授は2005年に日本、韓国、台湾で行われた大規模なアンケート調査のデータを用いて分析しました(写真1)。この社会調査には、20歳から69歳の男女各国数千名が参加しています。調査の結果、日本社会では、職種と同じあるいはそれに近いくらい企業の規模や雇用形態が所得に影響していること、また韓国でも企業規模の影響は大きいこと、その一方台湾では、企業規模や雇用形態の影響が小さく、職種の効果が圧倒的に大きいことがわかりました。

正規雇用と非正規雇用に賃金の格差がある理由

同じ東アジア圏であるのに韓国や台湾と比べて、日本では雇用形態が賃金に与える影響が大きいのはなぜか。日本の社会調査では、正社員、パート、契約社員、派遣社員などの選択肢から、あてはまるもの1つを選ぶという形式の質問を通じて、正規雇用か非正規雇用かを分類します。しかし、「韓国では日本のような非正規雇用の分類をしない。派遣社員であって短時間で働くパートの人もいる。日本のような分類では、そういった働き手が区別できない」と韓国人の研究者に指摘されました(写真2)。

韓国では、労働時間が短いかどうか、また雇用契約期間に定めがあるかないか、といった複数の質問を通じて非正規雇用をとらえるのが一般的です。韓国の状況と比べてはじめて、日本の調査がとらえようとしている正規雇用と非正規雇用の区別とは、雇用契約期間などの客観的な雇用条件の違いだけではないことに気がついたと有田教授は説明します。「日本の非正規雇用にはそれ以外にも暗黙の了解や期待が付随しており、それが賃金の格差の裏にありそうだ」と。

写真2:韓国の社会学会で、成果を発表する有田教授2011年6月24日に開かれた韓国社会学会(忠南(チュンナム)大学、韓国の中部地方にある国立大学)で、日本、韓国、台湾の国際比較調査の結果を報告した。有田教授 提供

写真2:韓国の社会学会で、成果を発表する有田教授
2011年6月24日に開かれた韓国社会学会(忠南(チュンナム)大学、韓国の中部地方にある国立大学)で、日本、韓国、台湾の国際比較調査の結果を報告した。
有田教授 提供

たとえば、非正規雇用は以前、既婚女性などが家計を補助的に支えるための仕事と位置づけられていたこともあり、今でも残業が断れる、転勤のない自由に働ける仕事と「理解」されています。したがって、非正規雇用は仕事上の責任や義務が軽く、その分賃金は安い。あるいは、正規雇用は厳しい選抜を経て採用され、たくさんの訓練を積んでいる。その分非正規雇用より能力も高く、賃金も高くあるべき。こういった論理や説明によって、正規雇用と非正規雇用の間の賃金格差が広く受け入れているものと考えられます。

「よく考えると、不思議なんです。雇用形態の違いは働き手の個々の能力の違いや、責任や義務の違いを完全に反映するわけではありません。それなのに、非正規雇用についてはみなが共通したイメージを持ち、賃金に差があるのが当たり前と考えがちです」と有田教授は話します。

比較研究の醍醐味

図3:タイトル:『就業機会と報酬格差の社会学:非正規雇用・社会階層の日韓比較』(有田伸、東京大学出版会、2016)説明:本書は、日本と韓国の比較調査や同一の個人を長年にわたって追い続けるパネル調査などを用いて日本社会における正規雇用と非正規雇用の報酬の格差に迫る。労働市場における報酬の問題は従来、経済学の分野で扱われることが主流だったが、著者は社会学の視点から論じる。リンク:http://www.utp.or.jp/bd/978-4-13-050187-3.htmlhttp://www.u-tokyo.ac.jp/biblioplaza/ja/B_00254.html

図3:タイトル:『就業機会と報酬格差の社会学:非正規雇用・社会階層の日韓比較』(有田伸、東京大学出版会、2016)
説明:本書は、日本と韓国の比較調査や同一の個人を長年にわたって追い続けるパネル調査などを用いて日本社会における正規雇用と非正規雇用の報酬の格差に迫る。労働市場における報酬の問題は従来、経済学の分野で扱われることが主流だったが、著者は社会学の視点から論じる。
リンク:
http://www.utp.or.jp/bd/978-4-13-050187-3.html
http://www.u-tokyo.ac.jp/biblioplaza/ja/B_00254.html

 

もともと、韓国社会の研究が専門だった有田教授。十数年前に調査研究の対象を日本や台湾といった東アジアの国々に拡大させて、所得や待遇といった労働市場におけるそれぞれの国の格差の特徴を調べ始めました。

「日本以外の東アジアの社会と向き合うと、日本社会では当然と思っている価値観や想定がいかに独特なものなのか気づかされます」と比較研究の醍醐味を語る有田教授。

社会生活を営む中で知らず知らずのうちに身につけてしまう社会的な常識。似て非なるお隣の国の社会と比べてみることによって、実はそれほど「当たり前」ではないことがわかります(図3)。

取材・文:髙祖歩美

*冒頭の写真のクレジット:CC BY-NC-ND 2.0 tokyoform

取材協力

有田伸教授

有田伸教授

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