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日仏で育んできた絆 LIMMS (集積化マイクロメカトロニックシステム共同研究ラボ)20年の歩み

掲載日:2015年7月15日

信頼という強固な基盤があってこそ初めて国際共同研究を成功に導くことができます。そして、信頼とは時間をかけて築くものです。その信頼構築のお手本となる日仏研究パートナーシップがここにあります。

相補性

MEMS(微小電気機械システム、略してメムス)は、シリコンチップ上にマイクロやナノの大きさの機械を作る技術であり、集積回路の製造工程を利用します。この新しい製造技術は、スマートホン等の最先端デバイスで使われている多くのセンサや装置の製造に欠かせないものです。

1990年代の初頭、フランス国立科学研究センター(CNRS)は、新しいMEMSの共同研究相手を世界中から探していました。東京大学生産技術研究所は、まさしく彼らが探し求めていた相手でした。生産技術研究所は学際的研究機関で、国際協力に積極的であり、卓越したMEMSの研究を行っていたからです。

CNRS工学研究部門のジャン・ジャック・ガニュパン部門長が率いるチームが数度の視察をした後、CNRSは、フランスの研究者を派遣する日本の共同研究施設として生産技術研究所を選びました。派遣期間は、ひとつの研究プロジェクトが完了するまでにおおよそかかる2~3年間です。

この国際研究ラボは当初から協力関係の確立を目的のひとつとして考えていました。「まったく同じテーマを同じようなやり方で研究した場合、協力ではなく競争になってしまいます。相手との協力関係を強めるには互いに補完する関係を持つほうが良いのです」と溌剌と語るのは日本側の初代共同ディレクター藤田博之教授です。LIMMSの設立当初から20年間も深く関わっている藤田教授にとっては、LIMMSはわが子のようなものです。

これはフランス側の希望と一致しました。「私たちの狙いの一つは、フランスと日本の教育システムの相違点がメリットをもたらす可能性を試すことでした。日本と違ってフランスでは技術は科学とはみなされません。このような物の見方の違いが新しいアイデアを生み出すと期待したのです」。そう語るのはLIMMSのフランス側の共同ディレクターで真摯なドミニク・コラール教授。

図1 LIMMSに参加するCNRSの研究部門 © 2015 東京大学

図1 LIMMSに参加するCNRSの研究部門
LIMMSは、CNRSのわずか3つの創設機関との共同研究ラボとして始まりました。今では、メンバーはフランスだけでも10機関を超えています。
© 2015 東京大学

東京大学とCNRSは研究協力協定覚書を調印しLIMMSは1995年1月1日に誕生しました(図1)。フランスの初代共同ディレクターであるミシェル・ド・ラバシェルリー博士は、主に事務手続きに奔走しました。研究が本格的に始まったのはコラール教授が共同ディレクターを引き継いでからです。日本とフランスのディレクターは、何をどのように研究するかの意見を交わし始めました。

10~20名にもおよぶフランスの研究者が、生産技術研究所に受け入られ、日本の研究者とともに研究を行うのです。「生産技術研究所の様々な研究室がLIMMSの研究者を受け入れています。しかし、こうした日本の研究室がフランスの研究者の単なる出向先というのでは意味がありません。私たちは、フランスの研究者が生産技術研究所の研究者や博士課程の学生とペアを組み、共に研究を行い、一体となるように努めています」と藤田教授は話します。

「言うまでもありませんが、これさえも事前の準備なしでは機能しません。ですから、来日前に研究者たちのプロジェクトが受入側の研究者の興味と一致するように、私と藤田先生は努めています」とコラール教授は補足します。

来日前、そして来日後も強力なサポート体制があります。「ビザ申請、区・市役所への登録、宿泊施設の確保等ができるだけスムーズに行われるようCNRSの事務スタッフと生産技術研究所の3名の日本人秘書がサポートします。そのため、研究者は来日後すぐに研究を始められます」と藤田教授。

重要な節目

図2 EUJO-LIMMSのパートナー機関 © 2015 東京大学

図2 EUJO-LIMMSのパートナー機関
フランスのパートナー機関としてスイス連邦工科大学ローザンヌ校 (EPFL), ドイツフライブルグ大学マイクロシステム工学研究所(IMTEK), フィンランド国立技術研究センター (VTT)が参加。後にオランダのトゥテン大学ナノテクノロジー研究所 (MESA+) も参加しました。
© 2015 東京大学

大きな節目は2004年でした。「私たちの成果により、CNRSと生産技術研究所は、LIMMSを国際混成ユニット(UMI)に昇格させることを決定しました。これでLIMMSは、独立した2つの機関による共同運営組織になりました」とコラール教授が説明します。LIMMSの相次ぐ優れた実績により、国際混成ユニットの地位は2008年と2012年の見直しの際にも、維持されることとなりました。

2004年には、文部科学省からもLIMMSは国際共同研究ラボとして認められ、LIMMSの研究者が、日本とフランスの助成機関に同じように研究費を申請できるようになりました。

2011年には、LIMMSは第7次欧州研究フレームワーク(FP7)の支援を受けることになり、欧州委員会に認められました。これによってLIMMSは、全世界で6つしかない欧州の国際研究ラボの1つとなり、かつ日本における初の欧州の国際研究ラボとなりました。このためには少なくともEU加盟国3か国以上がLIMMSのパートナーになる必要がありました。規模を拡大したこの組織は、EU-Japan Opening of LIMMS あるいは EUJO-LIMMS と名づけられました。(図2;EUJOは、「ユージョー」と発音し、日本語の友情と韻を踏んでいます。)

LIMMSはフランスでも規模を拡大しています。2014年にはLIMMSのフランス版、Seeding Microsystems in Medicine in Lille – European-Japanese Technologies against Cancer (SMMiL-E) が設立されました。

図3 研究分野 © 2015 東京大学

図3 研究分野
LIMMSの研究は大きく3つの分野に分けられます。MEMSとNEMS(ナノ電気機械システム)の高度集積化、最新ナノテクノロジー、そしてこれらを生命科学に応用するBioMEMS(バイオ微小電気機械システム)です。中には複数の分野にまたがって研究しているグループもあります。
© 2015 東京大学

「SMMiL-Eは、リール地域で行われている癌研究とLIMMSのバイオMEMS研究の相乗効果をねらって作られました」とコラール教授は説明します。

コラール教授の母校、リール第1大学には、欧州最大の医療キャンパスがあります。またリールには、フランスで二番目に大きいバイオ・インキュベータであるユーラサンテがあり、医療産業との(産学)連携の発展にとっても更なる可能性があります。

こうした発展は、LIMMSの方針にも影響しています。「当初の主たる目標は学術雑誌への論文の発表でした。1995年のスタートから20年が経ち、初期段階が終わった今、応用研究も視野に入れています。そのため、特許の共同出願も行っていますし、今後、企業とももっと一緒に研究がしたいと思っているのです」と藤田教授は語ります(図3)。

試験管内の生態系

CNRSの研究者として2008年にLIMMSに戻ってきたヤニック・ロンドレーズ准教授は、ポスドク時代の2002~2003年もLIMMSで過ごしました。謙遜してか自分自身ではあまり語りませんが、ロンドレーズ准教授は、CNRSの銅メダル受賞者です。「分子プログラミングは、情報処理システムを作るため、分子と化学反応を用いる新しい分野です。一方で、分子プログラミングで作られた情報処理システムは、生体システムの活動を説明するモデルおよび生物学的な営みを理解するツールと考えることもできます」とロンドレーズ准教授は話します。

図4 捕食者と被食者の関係 © 2015 ヤニック・ロンドレーズ

図4 捕食者と被食者の関係
捕食者DNA分子、被食者DNA分子、基質(エサ)DNA分子が、酵素と一緒に混ぜ合わされます。被食者は基質によって複製し増え、捕食者は被食者から作り出されます。この画像は、何千もの小さな区画の中で反応が同時に進行している様子です。
© 2015 ヤニック・ロンドレーズ

藤井研究室に在籍時のロンドレーズ准教授のプロジェクトの1つは、分子プログラミング技術を用いて捕食者と被食者の生態系を再現することでした。「捕食者と被食者の生態系では、被食者が餌を食べて数を増やします。すると捕食者の数もまた増え、その結果、被食者が捕食者に食べつくされ、被食者が全滅し、そして捕食者も全滅します。ただし、捕食者も被食者もわずかだけ生き残ると再び数が増えるのです。私たちはこの過程を、DNA分子を用いて再現することにしました。DNAは情報を分子レベルでコード化することができるからです」。このように分子を用いて生態系を再現できると約一世紀前に予測されていましたが、実際に成功したのはロンドレーズ准教授たちが初めてです。成果は2013年にACS Nano誌に掲載されました(図4)。

この一連の反応は各タイプのDNAの濃度が波として繰り返し振動する回路というように捉えることもできます。ロンドレーズ准教授のグループは、より複雑な回路、そして、将来バイオ・コンピュータをも作り出せる可能性のある回路部品を集めた「DNAツールボックス」を開発しました。

こうしたシステムは非常に小さくすることができ、一滴の水から数千万も作り出せます。また、このシステムは、細胞が情報交換するのと同じ分子の言語を話します。可能性は計り知れません。「様々な操作を行うプログラムを組むことのできる小型コンピュータを考えてみてください。しかもそれは液体でできたコンピュータなのです!」とロンドレーズ准教授は言います。

偶然の幸運

2001~2003年のポスドク研究をLIMMSの増沢研究室に所属しながら、藤田研究室の無菌室で実験に従事したCNRSのエンジニア、ローラン・ジャラベール博士も、2007年にLIMMSに戻ってきました。実務派であるジャラベール博士は、他の研究者のサポートに自分の時間の2/3も費やしています。

ジャラベール博士が藤田研究室に加わる以前のことです。ある学生が、互いに向き合う2つのMEMS針によって生じる隙間を、通過するトンネル現象を研究していました。この隙間はMEMSによって制御することができ、透過型電子顕微鏡(TEM)の下で操作していました。「石田さん(学生)は興味深い間違いをしました。彼が可動可能なMEMS針をもう一方の針に近づけすぎたため、もう一方の先端に接触してしまったのです。彼が針を離してやると、ナノ接点が形成されました」とジャラベール博士。

図5 ナノ構造のTEM像 © 2015 藤田研究室

図5 ナノ構造のTEM像
7ナノメートルの接点を有するシリコンのナノ接点を写したTEM像。上記の画像ではナノ接点が水平方向に伸びています。ナノ接点が伸びて細い構造が形成されること、かつ静電気アクチュエータを使ってこの細い構造の径をさらに小さくできることが判明しました。
© 2015 藤田研究室

研究室は、この出来事をきっかけに新しい研究プロジェクトを始めました。「私がポスドクとしてここで研究したことがあったので、藤田先生は私を信頼して新規プロジェクトの一部を任せてくれたのだと思います」とジャラベール博士は言います。

ジャラベール博士は、このナノ構造の熱伝導を調べることにしました。しかし、まず、このナノ接点を作り出すための日本の技術を学ぶ必要がありました。MEMS装置にマイクロヒータとセンサを実装し、加熱と冷却を繰り返すことで、熱がどのようにナノ構造を伝わるかを測定しました。しかし、ジャラベール博士は熱伝導の専門家ではないため、実験から得られた高い熱伝導率の理由が説明できませんでした。

またも偶然が起こりました。「フランスの熱物理学の研究者として有名なセバスチャン・ボルズ博士がLIMMSに新たに加わったのです。そのおかげで、私たちは、観測によって得られた熱伝導の結果に最も適した弾道的熱伝導の新しいモデルを提唱することができました」とジャラベール博士は話します。この研究は、ナノデバイスにおける熱伝導メカニズムの科学的な理解を深めるもので、2012年にNano Lettersに発表されました(図5)。

ロンドレーズ准教授とジャラベール博士の成果に加えて、コラール教授自身の研究は、DNAの単一螺旋を操作できる画期的なピンセットシステムの開発につながりました。「コラール教授も控えめでなにも言いませんが、素晴らしい研究です」と藤田教授は称賛します。

信頼

この20年間に150名を超える研究者がLIMMSで研究をしました。現在では、常時およそ25~30名の研究者がLIMMSに所属しています。合計で220以上の論文が、Nature、Nature Biotechnology、Nano Letters、Lab-on-a-Chip等の主要な学術雑誌に掲載されました。また学会において330回以上の発表が行われました。これらのすべては、フランスと日本の研究者が共同で執筆したものです。

「フランスと日本はお互いの文学や芸術文化を尊重しています」と藤田教授は言います。過去20年間、CNRSと生産技術研究所は、お互いを尊重することで信頼関係を築いてきました。「フランスの研究者たちは責任を持って自分たちに任された仕事を行う。だから、私たちも彼らに応えようと頑張れるのです」。

ガニュパン部門長が来日し国際共同研究をスタートしたのは20年以上も前のことです。部門長は数年前に亡くなりましたが、彼が創った国際研究ラボは、長年にわたり築き上げた信頼という強固な基盤をもとに今も発展を続けています。

取材・文:マッカイ・ユアン
翻訳:新井美恵子

取材協力(アルファベット順)

ドミニク・コラール教授

ドミニク・コラール教授

藤田博之教授

藤田博之教授

ローラン・ジャラベール博士

ローラン・ジャラベール博士

ヤニック・ロンドレーズ准教授

ヤニック・ロンドレーズ准教授

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