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Feature Stories
散櫻花 © うなよし
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いつかあなたに逢うために

解けた2000年の謎――ウナギの産卵地点を発見

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大気海洋研究所
2011/12/01

ウナギの生態は謎が多く、特に産卵地点は長らく不明でした。東京大学の研究グループは、2009年と2011年夏、ついにニホンウナギの卵の採取に成功しました。果てしない大海原の中、ようやく突き止めた、特別な場所のお話です。

産卵はいつ、どこで?

海と川にまたがるニホンウナギの生活史

海と川にまたがるニホンウナギの生活史

私たち日本人にとって、ウナギはことのほか親しみのある魚です。しかし、そのウナギが太平洋を往復6000kmに及ぶ長旅をすることはあまり知られていません。わけても、いつ、どこで産卵するのかは長いあいだ謎に包まれていました。

親ウナギが産卵するところも生まれたばかりの仔ウナギの姿も、誰ひとり見たことがなかったのですから、江戸時代に「山芋変じてうなぎと化す」と言われたのは精一杯の想像力の産物だったでしょう。古代ギリシャの昔、アリストテレスは「ウナギは大地のはらわたから自然発生する」と記しています。ウナギの生態の不思議は2000年以上前から人びとを惹きつけてきました。

ニホンウナギについては1973年に東京大学海洋研究所所属(当時)の研究船「白鳳丸」が、はじめて大規模な産卵場調査航海をおこないました。これが日本における本格的なウナギ生態研究の始まりでした。いま世界のウナギ研究をリードする塚本勝巳・大気海洋研究所教授が大学院生としてウナギ研究に参加したのもこの航海でした。

ウナギは卵から孵化すると「レプトセファルス」とよばれる平たく透明な柳の葉のような仔魚(しぎょ)となって黒潮に乗り、日本近海までやってきます。生まれて間もない仔魚を採取できれば、産卵場所はそこからあまり遠くないはずです。調査は幼い仔魚を探すことから始まりました。

仮説と実証の大航海

調査海域の移動と年代

調査海域の移動と年代

第1回航海ののちも白鳳丸による調査は繰り返しおこなわれました。長さ15m、直径3mの大型プランクトンネットを何回も曳いて仔魚を採取します。調査する海域は、沖縄南方から台湾東方、ルソン島東方、マリアナ諸島西方と、仔魚の探索結果を踏まえて移動していきました。

航海を重ねるにつれて目標海域が絞られてきたとはいえ、大海原で産卵の場所を特定するのは生やさしい作業ではありません。10万匹の親ウナギが一斉に産卵しても、産み出された卵の広がりは、たかだか1000?。しかも産卵から1日半ほどで卵は孵化してしまうからです。天文学的困難さのなかで、時間と空間のさらに鋭い絞り込みを可能にしたのは塚本教授らの果敢な仮説でした。

塚本教授は、ウナギがいつ、どこで産卵するかについて、まず2つの仮説を立てました。

第1は「新月仮説」です。採れた仔魚が誕生して何日目であるかは耳石(の日周輪)を調べるとわかります。その結果、7月に採集された仔魚が孵化したのは5月と6月の新月の日とわかりました。ウナギの産卵は夏の新月の日に一斉におこなわれる。これが新月仮説です。

第2は「海山仮説」。過去の仔魚分布と海流の情報から、産卵場所は北緯15°付近、東経142°と143°の間と推定することができました。このあたりは4000mの深海底から富士山クラスの高い海山が海面にむかって嶺を連ねる場所です。こうした場所に特有の磁気や匂い、あるいは海流の変化をキャッチして雌雄のウナギが出会い、産卵するのではないか。これが海山仮説です。

ラボの方法をフィールドで活かす

海底地形図と採取地点

海底地形図と採取地点

塚本教授らは産卵について、さらにもうひとつの仮説を考えました。それは「フロント仮説」です。この海山域には、塩分の高い海水と低い海水が接する水塊の前線(フロント)が生じています。仔魚はこの前線のすぐ南側で見つかります。産卵前のウナギは北からやって来て前線を越えると、産卵すべき場所にたどり着いたことを察知するのではないか。これが3つ目の仮説です。

2009年5月、研究グループは西マリアナ海嶺の南端、水深150~200mで待望のウナギの卵31個を採るのに成功しました。それは新月の2日前、まさに塩分フロントと海山列の交点での発見でした。3つの仮説が実証された瞬間です。

しかし、研究グループはこれで満足したわけではありません。「まだ卵の分布の端をひっかけた程度」(塚本教授)にすぎないと考えていたからです。受精直後の卵をもっとピンポイントで探し当てたい。2011年の航海ではさらに高い目標が設定されました。

その結果、今年6月にネットをわずか数回下ろしただけで147個の卵を採取することに成功しました。前回と違って孵化までに時間の余裕があり、卵の分布水深や広がりなども調べることができました。

広い海原で目標に迫ることができた理由は、塚本グループの調査方法にもありました。それは「グリッド・サーベイ」といい、1986年の第4次航海以来おこなわれてきたシステマティックな調査法です。海図に、たとえば緯経度それぞれ15分(約28 km)四方の格子を描き、交点ごとに標本を採取していきます。そこに目的の仔魚や卵がない場合も含めて網羅的な調査をおこない、海域全体の分布を知るのです。

「仮説やグリッド・サーベイを多用したのは、私がもともと魚類生理学のラボ出身でフィールド専門ではなかったせいかもしれません」と塚本教授は言います。実験室で身につけた演繹的な方法がフィールドで力を発揮しました。

ウナギ学の集大成を博覧会に

鰻博覧会ポスター

鰻博覧会ポスター

私たちが口にするウナギの99.5%以上は河口付近の海で捕獲した稚魚のシラスウナギを池で太らせた養殖ものです。親ウナギに産卵させ、卵を孵化させて成長させる完全養殖が実現すれば、天然ウナギを減らさずにすむはずですが、まだそれは試みの段階です。専門家はこれを種苗生産とよびます。「種苗生産は必ず見込みがある」と塚本教授は考えています。「何年後に実現するかはわからないが、案外早い可能性もある」というのが、教授の予想です。

産卵場所の特定ばかりでなく、これまで研究室は「総合ウナギ学」というにふさわしい業績をあげてきました。新種ウナギの発見、分子系統解析によるウナギの進化学、川に遡らない「海ウナギ」の発見、集団構造解析、繁殖生理に関する多くの知見、衛星を利用したハイテク発信器によるウナギの行動追跡、幻の絶品アオウナギの研究など、研究室はまさしくウナギのことなら何でも研究する「ウナギ帝国」です。しかし、ウナギ帝国の力をもってしてもウナギの生態の謎のすべてが解明されたわけではありません。川を遡って暮らしたウナギがどんな経路で産卵場所に戻るのか、変態がおこるきっかけは何か、そもそもなぜあんな遠いところまで産卵に行かなくてはならないのかなど、課題はいくつも残されています。

ここまで来ることができたのは、「東大が研究船をもっていたこと、海洋科学のメッカ東大海洋研究所の総合力、それに優秀な若い人材に多く恵まれたこと」、この3つが大きかったと教授は語ります。育った研究者たちは各地で行動学や生態学の次世代を担う人材として活躍中です。

東大総合研究博物館では、2011年7月16日から3ヶ月にわたりウナギ研究の集大成である「鰻博覧会」が開かれました。ウナギの科学ばかりでなく、ウナギの文化や社会との関わりも知ることのできるこれまで前例のない展覧会です。注目された東京展の後、ヨーロッパやアジアを巡ることになっています。

万葉集や落語、浮世絵にも登場する、日本文化にかかせないウナギ。ヨーロッパでは日本と異なる様々な調理法があり、南太平洋の島々にはウナギにまつわる数多くの神話があります。古くから連綿と続いてきた人とウナギの結びつき。ウナギチームが白鳳丸を使って太平洋で見つけた天然卵は、生物としてのウナギとの新しい出逢いです。

研究者情報

塚本勝巳教授(大気海洋研究所)

参考

黒木真理、塚本勝巳『旅するウナギ』 東海大学出版会(2011)(英語版 “Migrating Eels ”近刊予定)
Katsumi Tsukamoto et al., “Oceanic spawning ecology of freshwater eels in the western North Pacific,” Nature Communications 2, 179 (2011). doi:10.1038/ncomms1174
Katsumi Tsukamoto, “Discovery of the spawning area for Japanese eel,” Nature 356, 789 (1992). doi:10.1038/356789a0
Katsumi Tsukamoto, Izumi Nakai, I. and W-.V. Tesch, “Do all freshwater eels migrate?” Nature 396, 635 (1998). doi:10.1038/25264
Katsumi Tsukamoto, “Oceanic biology: Spawning of eels near a seamount,” Nature 439, 929 (2006). doi:10.1038/439929a
青山 潤『アフリカにょろり旅』講談社文庫(2009)
青山 潤『うなドン 南の楽園にょろり旅』講談社(2011)


タイトル画像

世界で初めて採集された天然のニホンウナギ ?東京大学大気海洋研究所 ©塚本勝巳

世界で初めて採集された天然のニホンウナギ ?東京大学大気海洋研究所 ©塚本勝巳


人工孵化したニホンウナギの変態期仔魚 ©山田祥朗

人工孵化したニホンウナギの変態期仔魚 ©山田祥朗


散櫻花©うなよし

散櫻花©うなよし


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