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宇宙を研究するための空間 グローバルな研究所を目指して

掲載日:2014年12月10日

「宇宙はどのように始まったのか?なぜ我々が宇宙に存在しているのか?宇宙はこれからどうなるのか?」東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)は、宇宙についてのこれらの根源的な問いへの答えを追究しています。そして、Kavli IPMUのもう一つの大切な使命は、この謎に挑む次世代の研究者を奮い立たせることです。世界中の優秀な頭脳を魅了し、研究に集中できるようなサポート体制の整った環境とはどのようなものでしょうか。

垣根のない空間

あらゆる垣根を取り払う。Kavli IPMUでは、情報、物、人、最先端の知識や研究成果への垣根を取り払うための国際的な環境作りに取り組んでいます。だからこそ、Kavli IPMUは狭き門なのかもしれません。機構内の公用語は英語で、さまざまな国籍の研究者間のコミュニケーションを円滑にしています。また、研究者には最低でも年間一ヶ月以上の国外での研究活動が義務づけられており、世界中の研究機関とのネットワークを築いています。

「私たちが目指しているのは、研究者が研究に没頭できる場、国内外で研究者同士の交流を促し、自由に意見が交換できる場です」。こう語るのはKavli IPMU国際交流係の鵜川健也氏です。

図1:Kavli IPMU研究棟の中心にある藤原交流広場。 CREDIT: Toshiharu Kitajima.

図1:Kavli IPMU研究棟の中心にある藤原交流広場。
CREDIT: Toshiharu Kitajima.

Kavli IPMUは、2007年に文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)として採択され、IPMUとして東京大学に発足しました。IPMUは世界をリードする国際拠点として成長し、発足5年後の2012年には、日本で初めて(世界では16番目)Kavli 財団の冠研究所に選ばれました。Kavli 財団は、天体物理学、神経科学、ナノ科学の3つの分野における優れた研究に対し、評価の高いKavli 賞を授与しています。

東京から北東に1時間ほど離れた東京大学柏キャンパスにKavli IPMUの研究棟はあります。この建物は「対話の空間」をコンセプトに設計されました。その中心には藤原交流広場があり、ホールの周りを3階分の77の研究室がらせん状に囲んでいます。部屋が一列に続くこのらせん構造には、機構のメンバー全員が上下なく対等であるという意味が込められています(図1)。2010年の完成以来、Kavli IPMUの研究棟は、2011年に日本建築学会賞、2012年に日本建設業連合会のBCS賞と、名誉ある二つの賞を受賞しています。

お茶とクッキーと超新星

Kavli IPMUでは、毎日きっかり午後3時にティータイムを告げるベルが鳴り、やがて研究者が全員藤原交流広場に集まります。このティータイムは全員が参加しなければならないお茶の時間で、その目的は、美味しいお茶とクッキーだけではありません。ここで仲間と情報交換し、新しいアイデアに触発され、最新の研究について議論するのです。

新しい共同研究が生まれる時間。重力レンズ効果や暗黒物質の研究をしているアヌプリータ・モレ特任研究員と、その夫で銀河と暗黒物質の関係を研究しているスルド・モレ特任助教にとって、ティータイムはそんな時間となりました。

ある日のティータイムのことです。当時機構の一員だったロバート・クィンビー博士が、ハーバード大学の研究グループのある論文を話題にしました。その論文は、2010年に発見された超新星PS1-10afxが非常に明るく光っていることがわかったと報告しており、その超新星は全く新しいタイプのものだと結論づけていました。

アヌプリータ・モレ特任研究員は当時を振り返ります。「私たちは、PS1-10afxは新しいタイプのとてもまぶしい超新星というより、重力レンズ効果で明るく見えているのではないかと考えました。そこで、この仮説を検証するためにより多くのデータを集めることにしました。もし、この仮説が正しければ、PS1-10afxは、強い重力レンズ効果を受けた超新星の初めての発見になるのです」。PS1-10afxが強い重力レンズ効果を受けている超新星であれば、私たちの宇宙についての知識がより深まる可能性があります。

図2:重力レンズ効果によって超新星の光が増幅される様子。超新星が属する銀河と地球の間に、銀河などの重い天体が重なって存在する時、その重力が十分に強いと、背後の超新星から発せられた光が銀河を通過する際に曲げられ、地球上の観測者に向かって集められ、通常よりも明るく観測されます。CREDIT: Aya Tsuboi/Kavli IPMU.

図2:重力レンズ効果によって超新星の光が増幅される様子。超新星が属する銀河と地球の間に、銀河などの重い天体が重なって存在する時、その重力が十分に強いと、背後の超新星から発せられた光が銀河を通過する際に曲げられ、地球上の観測者に向かって集められ、通常よりも明るく観測されます。
CREDIT: Aya Tsuboi/Kavli IPMU.

しかしこの仮説は、予想に反して、懐疑的に受け止められました。そこで、研究グループはなお一層の努力の末、膨大な観測データを集めました。そして、PS1-10afxと地球との間に小さな銀河が実際に存在することを疑いの余地なく示してみせました。この結果は、PS1-10afxが「標準光源」とされている通常のIa型超新星の30倍も明るくなって見えていたのは強い重力レンズ効果によるものだった、という研究グループの仮説を支持するものでした。この成果は、2014年4月にサイエンス誌に発表されました(図2)。

しかし、これで終わりではありません。より確実な証拠を示すためには、さらに多くのデータが必要です。次のステップは、重力レンズ効果を引き起こすレンズ銀河の存在の確実性を高めること、そして、レンズ銀河の質量と質量分布をより高い精度で求めることです。そのためには、レンズ銀河を直接、高解像度で観測した画像が必要なため、ハッブル宇宙望遠鏡(HST)を用いた観測が必要です。

研究グループは、現在、HSTの観測時間を申請しています。レンズ銀河の正確な質量がわかれば、遠くの光源から発せられた光(超新星が属するホスト銀河から発せられたような光)が重力レンズ効果によってどのように曲げられたのかから暗黒物質の質量や分布がわかります。今後、もっと多くの重力レンズ効果が見つかれば、宇宙の暗黒物質の地図作りに大きく役立つはずです。

この成果は、強い重力レンズ効果を受けた超新星についてのこれまでの予測を見直す必要があることを示唆しています。強い重力レンズ効果を受けた超新星等の光源は、望遠鏡で観測した画像の中では本来複数の像として見えます。解像度が十分に高くない観測画像ではこれら複数の像の分離が難しく、これまで研究者はこのような像を分離できない重力レンズ効果の影響をモデルに考慮していませんでした。

しかし、論文の中で研究グループが示した新しい画像解析手法を、例えば、ハワイに設置されている国立天文台のすばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラHyper Suprime-Camで得られる高解像度の画像データに適用すれば、強い重力レンズ効果を受けた銀河を数多く見つけられる可能性があります。

地に足のついたサポート

モレ夫妻は日本で暮らした経験がなく、また、日本語が得意でもありませんでしたが、アメリカから日本への移住はスムーズに進みました。それは、日本での研究活動に十分従事できるようKavli IPMUからの援助があったからだとスルド・モレ特任助教は振り返ります。「学術面で取り残されていると感じることは全くありません」。

図3:研究者がKavli IPMUに一歩足を踏み入れたときからサポートは始まります。Kavli IPMUの研究棟に入って最初に目に入るのがJISTECのサポートデスクです。CREDIT: Marina Komori/Kavli IPMU.

図3:研究者がKavli IPMUに一歩足を踏み入れたときからサポートは始まります。Kavli IPMUの研究棟に入って最初に目に入るのがJISTECのサポートデスクです。
CREDIT: Marina Komori/Kavli IPMU.

鵜川氏は、研究者に対する多種多様なKavli IPMUのサポートについて、こう話しています。「研究者全員に研究費を用意しているので、研究費申請に時間をとられることなく、来たばかりの研究者も新しい環境ですぐに研究のスタートを切ることができます。もちろん研究費の申請も推奨しており、申請にあたってはサポートも提供しています」。キャンパス内外の問題に対応する機構内のサポートチームとサポートデスクのおかげで、研究者は研究に集中できる時間がより多くもてるのです(図3)。

機構内で信頼関係を築く鍵は、直接に顔を合わせて相談に乗ることだと話す鵜川氏。彼を含め8名の職員が、雇用契約や、保険、税金、住居の賃貸契約、研究のための物品購入などについて研究者の支援業務に携わっています。

さらに外部からは、科学技術国際交流センター(JISTEC)の援助もあります。来日した研究者の市役所での住民登録や電話契約の支援だけでなく、モレ夫妻が新しい命を授かったときには産婦人科医も探してくれました。JISTECとアクサ・アシスタンス・ジャパンの協力を得て、どんなことでも電話で相談できる電話番号があり、さらに緊急時用の24時間電話対応のサービスもあります。

「何かあった時、どうしたらいいんだろう、と不安になることはありません」とスルド・モレ特任助教。「いつでも相談できる相手がいるって、わかっていますから」。

新しいサイエンスの形も

Kavli IPMUに来る前にシカゴ大学に勤めていたモレ夫妻は、そこでの一般の人向けの充実したアウトリーチ活動に参加するのが楽しみでした。アヌプリータ・モレ特任研究員は地元のプラネタリウムの毎月のイベントに参加し、自分の研究を紹介し、研究分野の理解を高めることに、とても多くの時間を割いていました。残念ながら日本では地域の人々と日本語で十分にコミュニケーションがとれないため、同じような活動は行えません。

ただでさえ北アメリカやヨーロッパから物理的に遠い東アジアの大学にとって、言葉の壁は、乗り越えなければならない大きな課題です。

図4:Space Warpsウェブサイト。ここでは、Space Warpsの取り組みによって発見された重力レンズとその発見者の名前が掲載されています。実際の研究に一般の人が参加することは、宇宙の謎に迫る大きな助けになるとともに、参加者自身も科学の発展に寄与したという大きな満足感を得ることができ、若い人たちの科学への興味を育みます。
© 2014 Space Warps.

しかし、モレ特任研究員はKavli IPMUの支援のもと、日本だけに留まらず世界中の人と関われるアウトリーチ活動を行っています。モレ特任研究員がシカゴ大学に在籍していた際に提案したSpace Warps (spacewarps.org)という一般市民参加型の科学研究プロジェクトが実現したのです(図4)。宇宙全体の暗黒物質の分布を調べるためには、重力レンズ効果を引き起こす可能性の高い銀河や銀河団のような質量の大きな天体の膨大な数のサンプルが必要です。このような「レンズ」は宇宙に数千個あると考えられています。しかし、何百万もの銀河の中に埋もれているため、天文学者が撮影した画像からレンズを実際に見つけ出すのは容易ではありません。

ここでレンズを探しだす最も簡単な方法は、画像検出用のコンピュータアルゴリズムを用いることです。モレ特任研究員はこのようなアルゴリズムを開発しましたが、宇宙の画像は非常に複雑で、アルゴリズムは完璧ではありません。Space Warpsのウェブサイトでは、アルゴリズムが検出したレンズの候補画像が参加者に提示されます。そして、参加者は提示された画像が本物のレンズか否かを判断します。

このようにしてこれまで5万人以上の人が800万以上の画像を判別し、プロジェクトは無事に終了しました。「プロジェクト参加者全員のおかげで、宇宙についての理解を私たちは深めることができました。このプロジェクトを成功させるために、世界中に散らばっている数名の非専門家の人たちが多大な努力を払ってくれました」。

若い研究者を鼓舞するという使命を全うするため、研究環境を整え、社会との交流を促し、国際的な研究者コミュニティの一員として力を発揮できるよう努めているKavli IPMUでは、今日も若い研究者たちが宇宙についての深遠な問いに向き合っています。

「宇宙はどのように始まったのか?なぜ我々が宇宙に存在しているのか?宇宙はこれからどうなるのか?」

取材・文:角林元子
翻訳:南崎梓

取材協力(アルファベット順)

アヌプリータ・モレ特任研究員、スルド・モレ特任助教

アヌプリータ・モレ特任研究員、
スルド・モレ特任助教

鵜川健也

鵜川健也氏

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