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人生いきいき百年型社会をめざして 超高齢社会に向けた大規模社会実験

掲載日:2013年9月4日

2030年、日本は人口の3人に1人が65歳以上という超高齢社会を迎えます。東京大学高齢社会総合研究機構では、そのときに向けて、高齢者がいきいきと働きながら暮らし、日本経済も豊かさを維持できるようなコミュニティのあり方をデザインし、検証しています。

人生60年型インフラの限界

世界の最長寿国である日本では、2015年には65歳以上が人口の25%を占め、2030年には30%を越えると予想されています。しかもその60%が75歳以上の後期高齢者であり、約半数は独居です。都市部を中心に一人暮らしの後期高齢者が急増すると考えられています。

65歳の誕生日を迎えた時に、概ね男性は20年、女性は25年のセカンドライフが待っています。そのうち介護を要するのは1割で、9割の期間は自立した生活が可能になっています(図1)。高齢者の歩く速度を1992年と2002年で比べてみると、2002年の75歳は10年前の64歳と同じ速度で歩いていることがわかりました(図2)。つまり、男女とも身体的に11歳ほど若返っているといえるでしょう。

「ところが、日本の社会インフラは、60歳でリタイアした高齢者を若い人が支える“人生60年社会”モデルのままです。60歳で定年を迎え、誰もがだいたい同じように“余生”を送る時代はそれでよかったのですが、今の60歳はまだまだ現役です。60歳を過ぎても選択肢の幅は広く、可能性が広がっています。超高齢社会を迎えるにあたっては、人生90年、100年時代の新しいライフデザインを考える必要があります」と話すのは、東京大学高齢社会総合研究機構の秋山弘子特任教授です。

(図1)人生は長い!

(図1)人生は長い!(老後の自立生活時間の長さ:推計)
長い人生老後生活(※男性20年、女性25年)の9割は自立生活時間!※死亡時年齢最数値(厚生労働省「完全生命表(2005年)」ー65歳より算出
資料:平成12年版厚生白書(「保険医療福祉に関する地域指標の総合的開発と応用に関する研究」:平成9年度厚生研究費補助研究事業)をもとに著者が作成

(図2)高齢者は若返っている

(図2)高齢者は若返っている
1992年と2002年の高齢者の通常歩行速度を比べてみると、男女ともに11歳若返っている
資料:鈴木隆雄他「日本人高齢者における身体機能の縦断的・横断的変化に関する研究」第53巻第4号「厚生の指標」2006年4月、p1-10)より引用

25年にわたる高齢者追跡調査

秋山特任教授は、アメリカでジェロントロジー(老年学)を学び、この分野のメッカといわれるミシガン大学で長く高齢者研究を行ってきました。渡米当時は萌芽期にあったジェロントロジーが学問分野として成熟していく中で、それと同期するように急速に高齢化が進む日本を海外から観察する機会に恵まれたのです。

ミシガン大学に勤務していた1987年から、日本全国の高齢者を対象に「全国高齢者パネル調査」を実施してきました。全国の住民基本台帳から60歳以上の住民5715人を無作為に抽出し、3年ごとに訪問して面接調査を行い、「心身の健康」「経済」「人間関係」が加齢に伴ってどう変化するかを調べています。

20年にわたる追跡調査のなかで、秋山特任教授は、男女ともに70歳を過ぎて緩やかに自立度が低下しはじめる“点”に着目しました。(図3、図4)。この“点”を少しでも先送りし、就労を含めて高齢者が自立できる期間を長くする社会づくりを目指すべきだと考えています。そのうえで、心身が弱っても、独りになっても、高いQOL(生活の質)を維持しながら、住み慣れたところで暮らし続けられる生活環境を整備すること。これが人生100年時代の新しいライフデザインの土台です。

(図3)自立度の変化パターン

(図3)自立度の変化パターン
全国高齢者20年の追跡調査
(出典)秋山弘子 長寿時代の科学と社会の構想 『科学』 岩波書店、2010

(図4)自立度の変化パターン

(図4)自立度の変化パターン
全国高齢者20年の追跡調査
(出典)秋山弘子 長寿時代の科学と社会の構想 『科学』 岩波書店、2010

千葉県柏市で大規模社会実験

東京大学では、2009年に「高齢社会総合研究機構」を設立し、高齢社会の課題に取り組んでいます。工学系研究科都市工学専攻の大方潤一郎教授を機構長に、医学、看護学、工学、心理学、社会学、経済学、法学、教育学などの研究者が集まった分野横断的な組織です。

機構では、「Aging in Place:住み慣れた地域で、自分らしく老いることのできる地域づくり」を研究プロジェクトの共通テーマとして掲げ、長寿社会のまちづくり計画に取り組んできました。その一つが、千葉県柏市の豊四季台地域の大規模コミュニティにおける社会実験です。

(図5)コミュニティーの構想図

(図5)コミュニティーの構想図

東京のベッドタウンとして1960年代前半から開発が進んだ豊四季台地域は、約5000戸の豊四季台団地を取り囲むようにマンションと戸建住宅が混在し、その間に農地が点在する典型的な大都市近郊の住宅地です。高齢化が進むこの町に、UR都市機構や柏市と連携して、商店街、医療・介護施設のほか、高齢者の就労の場を設けるなど、高齢者を中心としたコミュニティを構築しています (図5)。老朽化した団地は、独居高齢者にも暮らしやすい10~14階建ての高層アパートに建て替え中です。

町の中心には “街のダイニングルーム”となるコミュニティ食堂を作ります。ここは、高齢者だけでなく、コミュニティで暮らす働き盛り世代が出勤前に朝食をとったり、学童クラブに通う小学生におやつを提供する場でもあります。一人暮らしの高齢者の多くは家庭で調理した食事を摂ることがほとんどなく、低栄養に陥り、それが虚弱化につながるとのデータがあります。栄養バランスのよい食事を、地域の人たちと一緒に食べることができるコミュニティ食堂は、健康寿命の延長にとって重要です。

高齢者に「生きがい就労」を

もう一つ、このコミュニティで重視されているのが「生きがい就労」の実現です。アンケートでは、80%以上の高齢者が「定年後も働きたい」と答え、実際、働ける身体的能力を維持しています。しかしながら、定年後は余生とする現在の社会インフラが高齢者の就労を妨げてきた側面があります。全国高齢者パネル調査では、家族や近隣の人と付き合う機会がほとんどない一人暮らしの高齢者は、身体的自立機能の低下が著しいことが分かっています。

(図6)就労の場を創る

(図6)就労の場を創る

生きがい就労の前提は、企業のCSR(企業の社会的責任)ではなく、あくまでもビジネスとして成立することです。企業にとって高齢者を雇用することがメリットであるような仕組みを作らなければ、生きがい就労は定着しません。本プロジェクトでは、農業、食、保育、生活支援の各業種で多くの企業が参入し、高齢者を雇用する新たなビジネスが多数創成されています。しかも、多彩な就労形態を用意していることが特徴で、たとえば農業では、休耕地を開拓した本格的な農業から、屋内の棚式水耕栽培で比較的軽作業のミニ野菜工場、車いすでもできる屋上農園など、健康状態や希望する就労形態に応じて様々な働き方を提供しています(図6)。

「高齢者といっても、経歴や健康状態は様々で、就労に対する価値観も人それぞれです。その多様性に応えるような、自由度の高い新しい働きの場と働き方を提供できれば、元気な高齢者たちはいくつになっても働くことができるはず」と秋山特任教授は確信しています。

機構では、柏市と同様の町づくりプロジェクトを、福井県と岩手県大槌町でも実施しています。柏のような都市部と地方では、取り組むべき課題も、活用すべきリソースも違うため、福井県で地方型モデルを構築中です。また、東日本大震災により全てのインフラを失った大槌町では、ゼロからの復興だからこそ、高齢者コミュニティを組み込んだ新たな町づくりをめざしています。

2009年からは、産業界との連携事業として「ジェロントロジー・コンソーシアム」を発足させました。自動車・機械、電機、食品、流通、建築・不動産、IT、マスコミ、教育、金融、医療など、各業種を代表する大手企業約60社が参加し、「2030年の超高齢未来に向けた産業界のロードマップ」を共同で制作しました。超高齢社会の到来を新たなビジネスチャンスととらえる企業が多く、また、日本での成功事例は、日本に少し遅れてより急速に高齢化するアジア諸国への輸出が可能です。

「学内での分野横断的な連携にとどまらず、産業界、自治体、地域住民が手を取り合って、対等な立場で活動するのがこの機構です。私たちは、産業界や行政が議論し合い、実際にまちづくりを推進していくためのプラットフォームとしての役割を担っているのです」。秋山特任教授は機構の意義をこのように語っています。2030年、誰もが生き生きと歳をとる社会の実現に向けて、東京大学を中心に新たな社会インフラが構築されようとしています。

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