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半導体の基礎物理学で新たな発見 半導体中に磁性をもつ原子を加えて強磁性にすると、伝搬する電子の散乱が抑えられ秩序が回復する現象を観測

掲載日:2016年6月29日

© 2016 田中-大矢研究室半導体に添加された磁性不純物マンガン(Mn)の濃度が0.9%より小さいときは、電流の担い手である正孔の波はMn原子によって乱されます(上)。Mn濃度の増加によって正孔の波の乱れはより大きくなります(中)。しかし、Mn濃度が0.9%以上になり半導体が強磁性になる(磁石のようになる)と、現在の固体物理学における一般的な理解とは逆に、正孔の波の散乱が強く抑えられて、波のコヒーレンスが増大し、秩序が回復することが分かりました(下)。

電子(正孔)の波の散乱が磁性不純物マンガン(Mn)の濃度の増加によって抑制され秩序が回復する様子
半導体に添加された磁性不純物マンガン(Mn)の濃度が0.9%より小さいときは、電流の担い手である正孔の波はMn原子によって乱されます(上)。Mn濃度の増加によって正孔の波の乱れはより大きくなります(中)。しかし、Mn濃度が0.9%以上になり半導体が強磁性になる(磁石のようになる)と、現在の固体物理学における一般的な理解とは逆に、正孔の波の散乱が強く抑えられて、波のコヒーレンスが増大し、秩序が回復することが分かりました(下)。
© 2016 田中-大矢研究室

東京大学大学院工学系研究科の宗田伊理也特任研究員、大矢忍准教授、田中雅明教授らの研究グループは、半導体に磁性をもつ原子を添加しその添加量を増やしたところ、半導体が強磁性を示す(磁石になる)と同時に半導体中を伝搬する電子の波(波動関数)の乱れ(散乱) が抑制され、秩序が回復するという従来の固体物理学の常識では予測できない特異な現象を発見しました。本研究の成果は、高速で動作する量子スピントロニクスデバイス実現への新たな可能性を示すものです。

半導体など多くの物質においては、電子や正孔(電子が抜けた穴で正の電荷をもつ仮想的な粒子)が物質中を動くことにより電流が流れます。電子や正孔は波としての性質を持っており(波動関数)その波が伝搬する際に乱れを抑えること、つまり波動関数ができるだけ乱されないように秩序を高めることは、様々なデバイスの性能を向上させる上で極めて重要な課題です。波動関数が整然と秩序を保ったままどれくらい伝搬できるかは、移動度という物理量で表現されており、移動度を向上させることが高性能デバイスを実現する上での重要な課題です。半導体では、素子に電流を流すために、電子や正孔を生み出す不純物原子を添加して抵抗を下げる方法が広く用いられていますが、不純物濃度の増加に伴い半導体中の電子や正孔の波動関数は強く乱され、デバイスの特性は劣化します。これは、半導体では古くから知られている大きな問題で、固体物理学や半導体物理学の常識でした。

今回、研究グループは、半導体ガリウム砒素(GaAs)に磁性をもつマンガン(Mn)原子を添加して、波動関数がMn原子によってどの程度乱されるかを、独特の手法を用いて詳細に調べました。その結果、Mn原子の濃度が0.9%よりも低いときは、予想通りMn濃度の増大に伴い波動関数の乱れが大きくなることが分かりました。しかし、Mn濃度が0.9%を超えて半導体が強磁性になった途端に、正孔の波動関数の乱れが突如として強く抑制され、秩序が回復し増してゆくことが初めて明らかになりました。一般に、固体物理学では不純物濃度が増加すると乱れは増大することが予測されますが、今回の実験で得られた結果はこれとは正反対の結果でした。

この現象の起源はまだ完全には解明されていませんが、半導体が強磁性に転移したことに伴いスピンの向きが揃うことにより生じた現象であると考えられます。この特異な現象は、将来、電子や正孔のコヒーレンスを生かした高速な量子スピントロニクスデバイスの実現につながるものと期待されます。

「磁性をもつ原子を半導体に添加すると、強磁性になった途端に散乱が抑えられ秩序が増大するという予想外の現象を発見しました。半導体が強磁性を示すとともに電流を担う正孔が走る価電子帯の秩序が回復したためと考えられます」と田中教授は語ります。「半導体物理学の研究の歴史は長いですが、このような現象は従来の考え方では理解できず、まだまだ半導体には不思議な未知の現象があることを示しています。実用化は先ですが、将来は強磁性半導体を用いた量子スピントロニクスデバイスの実現につながれば」と期待を寄せます。

また、実験を担当した宗田研究員は「卒論と大学院時代からスピントロニクスに興味を持ち強磁性半導体の研究をしていますが、このような不思議な現象を発見したのは初めてです。常識外の結果だったため、当初は実験が上手く出来ていないのではないかと思いましたが、強磁性転移を伴っていたので何かあるに違いないと考え、慎重に多くの試料を作製し、数多くの実験を重ねました。」「論文にまとめるまでに数年かかりましたが、今では確信をもって発表することができます。」と話しています。

論文情報

Iriya Muneta, Shinobu Ohya, Hiroshi Terada, and Masaaki Tanaka, "Sudden restoration of the band ordering associated with the ferromagnetic phase transition in a semiconductor", Nature Communications: 2016/06/28 (Japan time), doi:10.1038/ncomms12013.
論文へのリンク(掲載誌UTokyo Repository

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