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研究成果「ミトコンドリアDNA変異とアポトーシスの哺乳類老化機構への関与」研究成果

研究成果「ミトコンドリアDNA変異とアポトーシスの哺乳類老化機構への関与」

発 表 者: 東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻
染谷慎一特任教員、田之倉優教授

発表概要:
今回、我々はDNAポリメラーゼガンマ(Polg)のミトコンドリアDNA修復機能を保有する領域に特定の点変異を導入した早老症モデルマウス(PolgD257A/D257A)の作製に成功し、ミトコンドリアDNA(mtDNA)変異の蓄積により老化が進行することを明らかにしました。また、老化機構には活性酸素種レベルの増加・酸化ストレスの増加は関与せず、アポトーシス(プログラム細胞死)が関与する結果が強く示唆されました。さらにこのmtDNA変異の蓄積が代表的な加齢性疾患である加齢性難聴の原因となりえることを今回始めて明らかにしました。

発表内容: 別紙

発表雑誌: SCIENCE(7月15日発行)

問合せ先: 東京大学大学院農学生命科学研究科
応用生命化学専攻食品工学研究室 染谷慎一

用語解説:
①ミトコンドリア:エネルギー産生や呼吸代謝の役目をもつ特殊な細胞小器官 ②トランスジェニックマウス:遺伝子組換えマウス 
③アポトーシス:プログラム化された細胞死

添付資料:
A 13月齢野生型マウス:正常な老化進行を示します。
B 13月齢変異型マウス:加齢が加速的に進行することにより、老化に特徴的な脱毛、白髪化、背中後わん症を示します。
C 最高寿命測定:野生型マウスの最高寿命は>850日(28月齢)でしたが、変異型マウスの最高寿命は460日(15月齢)であり、変異型マウスでは加齢が加速的に進行する、早老症が示されました。
*添付資料については、問合せ先か農学系総務課広報情報処理係:
?:5841-5484, E-mail: miyazawa@ofc.a.u-tokyo.ac.jpへご請求ください。



Mitochondrial DNA Mutations, Oxidative Stress
and Apoptosis in Mammalian Aging

ミトコンドリアDNA変異とアポトーシスの哺乳類老化機構への関与

東京大学大学院農学生命科学研究科
応用生命化学専攻
染谷慎一、田之倉優

 
高齢化社会白書によると、現在日本国民の5人に1人は65歳以上の高齢者であり、2040年には国民の3人に1人が高齢者となることが予測されています。またこの高齢者人口の増加に伴い、老人性難聴、老人性痴呆、癌など様々な加齢性疾患患者人口の大幅な増加が予測されています。この老化の機構としては遺伝子プログラム、DNA変異の蓄積、活性酸素種(ROS)による障害、免疫異常、テロメアの短縮などの仮説が報告されていますが、分子レベルでの老化機構は不明です。今回、我々は早老症モデルマウスの作製に成功し、ミトコンドリアDNA(mtDNA)変異の蓄積により老化が進行することを明らかにしました。また、老化機構には活性酸素種レベルの増加・酸化ストレスの増加は関与せず、アポトーシス(プログラム細胞死)が関与することが強く示唆されました。さらにこのmtDNA変異の蓄積が代表的な加齢性疾患である加齢性難聴の原因となり得ることを今回初めて明らかにしました。

まず我々は、DNAポリメラーゼガンマ(Polg)のミトコンドリアDNA修復機能を保有する領域に特定の点変異を導入することにより、mtDNAの修復機能が失われ、mtDNAの変異が加齢に伴い加速的に蓄積する早老症モデルマウス(PolgD257A/D257A)を作製しました。そこでmtDNA変異の蓄積の老化機構への関与を明らかにするために、9月齢野生型マウス(Polg+/+)と9月齢変異型マウス(PolgD257A/D257A))を用いて、老化に特徴的とされる様々な老化の表現型解析を行いました。その結果変異型群では、mtDNAの変異が加齢に伴い加速的に蓄積することで、脱毛、白髪化、脊柱後わん症、胸腺退縮、睾丸萎縮による精祖細胞の空乏、骨量の低下、腸陰窩、赤血球の循環障害、体重低下、そして筋肉減少症(腓腹筋、大腿四頭筋)など老化に特異的な症状が示されました。また、寿命測定では野生型群の最高寿命は>850日でしたが、変異型群の最高寿命は460日であり、変異型マウスでは加齢が加速的に進行することが示されました。以上の結果により、mtDNA変異の蓄積が老化機構へ関与し、このモデルマウスが早老症を示すことが明らかとなりました。
次にこのmtDNA変異の蓄積の、加齢性難聴発症機構への関与を明らかにするために、2月齢野生型群、9月齢野生型群、2月齢変異型群、9月齢変異型群を用いて聴力測定等をおこなったところ、2月齢野生型群、9月齢野生型群、2月齢変異型群では正常の聴力が示されましたが、9月齢変異型群では加齢による中等度の難聴が出現することが示され、加齢に伴うmtDNAの変異の蓄積が、加齢性難聴発症の原因となり得ることが明らかとなりました。

活性酸素種はミトコンドリア機能障害・細胞障害を引き起こすことで老化機構へ関与すると考えられています。そこで、この活性酸素種による老化機構への関与を調べるために、3月齢野生型群、9月齢野生型群、3月齢変異型群、9月齢変異型群の心臓および肝臓のミトコンドリアを用いて、有害な活性酸素種である過酸化水素(H2O2)レベルを調べたところ、4群間における過酸化水素レベルに有意な差は示されませんでした。また同じ組織のミトコンドリアを用いて、酸化ストレスマーカーであるタンパク質の酸化レベル(酸化タンパク質分子内のカルボニル基レベル)を調べたところ、4群間における酸化タンパク質レベルに有意な差は示されませんでした。さらに、肝臓および骨格筋肉のミトコンドリアを用いて過酸化脂質マーカーであるF2-isoprostaneレベルを調べたところ、4群間におけるそのレベルの有意な差は示されませんでした。以上の結果によりmtDNAの変異の蓄積は、活性酸素種レベルの増加および酸化ストレスの増加に関与していないことが示されました。これらの結果は活性酸素種レベルの増加・酸化ストレスの増加が、老化機構へ関与しないことを示唆し、これまで有力な老化機構とされてきた“フリーラジカル障害による老化説”を否定することを示唆しています。

mtDNAの変異は、加齢と共に蓄積することでミトコンドリア機能低下を引き起こし、アポトーシスを誘導すると考えられています。そこでアポトーシスマーカーである活性型カスパーゼ3の老化への関与を調べるために、標準的な老化進行を示す野生型マウスの5月齢群と30月齢群の肝臓、骨格筋、睾丸を用いて活性型カスパーゼ3レベルを調べたところ、30月齢群においてカスパーゼ3レベルが有意に上昇していたことが示されました。次に3月齢野生型群と3月齢変異型群の十二指腸、肝臓、睾丸、胸腺を用いて活性型カスパーゼ3レベルを調べたところ、3月齢変異型群においてカスパーゼ3レベルが有意に上昇していたことが示されました。また、9月齢野生型と9月齢変異型の骨格筋を用いて活性型カスパーゼ3レベルを調べたところ、変異型群においてカスパーゼ3レベルが有意に上昇していたことが示されました。以上の結果によりmtDNAの変異の蓄積は、活性型カスパーゼ3レベルの増加に関与していることが示唆されました。
アポトーシスはプログラム化された細胞死であり、その特徴として核DNAのフラグメント化が生じることが知られています。そこでアポトーシスの老化への関与を調べるために、3月齢野性型群、3月齢変異型群の睾丸、胸腺、腸を用いてTUNEL法によりアポトーシス細胞を調べたところ、変異型群においてTUNEL陽性細胞レベルが有意に高いことが示されました。以上の結果を総合し検討した結果、mtDNAの変異の蓄積は、アポトーシス細胞の増加に関与し、このアポトーシスにより生じる細胞消失が、老化進行機構へも関与することが強く示唆されました。

今回の我々の早老症モデルマウス作製の成功により、mtDNA変異が蓄積することにより老化が進行することが明らかにされました。また、アポトーシスが老化進行機構に重要であることが強く示唆されました。現在、加齢に伴う老人性難聴などの加齢性疾患に対する有効な予防法や治療法はありませんが、今回の研究成果で、加齢に伴うmtDNAの変異の蓄積が、加齢性難聴発症の原因となりえることが明らかとなりました。この成果が老化機構の解明、老化の抑制、高齢者の健康維持、そしてヒト老人性難聴の予防法・治療法の確立に大いに役立つことを期待しています。

本研究はウィスコンシン大学マディソン校遺伝子学部トーマス・プローラ準教授、フロリダ大学老化学部クリストファー・ルーエンバーグ助教授、東京大学医学部耳鼻咽喉科教室山岨達也助教授との共同研究です。

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