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大腸菌全タンパク質の凝集解析によってタンパク質の知られざる性質を解明.研究成果

大腸菌全タンパク質の凝集解析によってタンパク質の知られざる性質を解明

大腸菌全タンパク質の凝集解析によって
タンパク質の知られざる性質を解明

1.発表概要:
 本研究では、大腸菌の全てのタンパク質の凝集のしやすさを網羅的に解析しました。その結果、タンパク質は凝集しやすい集団と凝集しにくい集団に大別できることなどを明らかにし、これまで知られていなかったタンパク質の物性の一面を解明しました。

2.発表内容:
[背景]
 生命活動の担い手であるタンパク質は20種類のアミノ酸がさまざまな並び方でつながった「ひも」が固有の「かたち」に折りたたんだ分子です。タンパク質はフォールディング(注1)と呼ばれる「かたち」を形成する過程を経てはたらけるようになりますが、全てのタンパク質が簡単にフォールディングできるわけではなく、フォールディング途上のものが多数からみあって凝集(注2)と呼ばれる構造体を形成してしまう場合がよくあります。この凝集はそのタンパク質の本来の機能を持たないだけでなく、病気に関わるような例も知られています。また、人工的にタンパク質を生産する際、この凝集が問題となることがしばしばあります。
 このように、タンパク質の凝集はタンパク質を扱う上で避けては通れない問題ですが、限られたタンパク質でしか凝集の研究は行われておらず、全体的な理解は遅れています。例えば、タンパク質のどのような性質が凝集を引き起こしやすいのかほとんどわかっていません。そこで本研究では、タンパク質の凝集しやすさを網羅的・統計的に解析し、凝集とタンパク質の性質の関係について理解を深めることを目的としました。

[実験手法]
 本研究では、大腸菌のタンパク質全種類(約4,000種類)をPUREシステムという試験管内タンパク質合成系(注3)で合成し、凝集しやすさの評価を行いました(図1)。PUREシステムは他のタンパク質合成系とちがって凝集形成を防ぐはたらきをもつ分子シャペロン(注4)タンパク質をまったく含みません。そのため、タンパク質本来がもつ凝集のしやすさを一様に評価できるたいへんユニークな実験方法です。

[研究内容]
 大腸菌の全てのタンパク質について実験したところ、全体のうち約7割のタンパク質(約3,000個)について、凝集しやすさを定量することができました。そのヒストグラム(図2A)からタンパク質の凝集しやすさは二つの集団に分かれることがわかりました。言い換えると、タンパク質というものは凝集しやすいグループと、凝集しにくい(溶けやすい)グループに大別することができる、ということが本研究によりはじめて明らかとなりました。
 さらに、この二つの集団について、タンパク質としての様々な性質を比較したところ、タンパク質の分子量が大きくなるほど凝集しやすいこと(図2B)、凝集になりやすい立体構造の特徴が存在すること(図2C)がわかりました。
 タンパク質フォールディングの際に凝集しやすい立体構造があるという発見は、これまで調べることが不可能であったタンパク質の知られざる一面をPUREシステムという他に類を見ない方法で明らかにしたと言えます。

[今後の展開]
本研究のように多数のタンパク質の凝集解析を一度に行った報告は今までになく、タンパク質の凝集やフォールディングメカニズムの解明やタンパク質の凝集予測プログラムの作成などタンパク質科学全般に広く貢献しうる貴重な情報資源として活用されることが期待されます。さらに、ゲノムに含まれるタンパク質のすべてを合成して解析を行うという斬新な試みは、ポストゲノム時代の新たな潮流と目されている合成生物学においても大きなインパクトを与えるものといえます。

3.発表雑誌:
米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)2009年 2月23日 オンライン版に掲載
“Bimodal protein solubility distribution revealed by an aggregation analysis of the entire ensemble of Escherichia coli proteins.”
Niwa, T., Ying, B.-W., Saito, K., Jin, W. Z., Takada, S., Ueda, T., Taguchi, H.

4.注意事項:
  プレスリリース解禁時間が米国現地東部(標準)時間2月23日午後5時解禁となっており、日本時間では2月24日午前7時(新聞は2月24日夕刊)になります。

5.問い合わせ先:

田口 英樹
東京大学 大学院新領域創成科学研究科 メディカルゲノム専攻 准教授

上田 卓也
東京大学 大学院新領域創成科学研究科 メディカルゲノム専攻 教授

6.用語解説:
(注1)フォールディング
タンパク質はリボソームというタンパク質合成装置からアミノ酸が一つ一つつながった「ひも」のような状態で合成される。この「ひも」がアミノ酸配列に特有の立体構造に折りたたむプロセスをフォールディング(折りたたみ)と呼ぶ。

(注2)タンパク質の凝集
フォールディング途上や熱などで変性した状態のタンパク質同士が、疎水性相互作用などにより多数寄り集まる現象やそうしてできた巨大な構造体のことをいう。通常は不可逆に形成する。ゆで卵をイメージしてもらうとわかりやすい。この状態になってしまうと、ほとんどの場合はそのタンパク質が本来持っている機能は失われてしまう。(その中でもアミロイドと呼ばれる特殊なタンパク質凝集は、アルツハイマー病やプリオン病などに深く関与している。)

(注3)試験管内タンパク質合成系
生きた細胞を用いずに、試験管の中で鋳型DNAやmRNAからタンパク質を合成する系のことをいう。様々な生物細胞の抽出液(大腸菌、コムギ胚芽、ウサギ網状赤血球など)をベースにしたものがよく知られている。本研究で用いられているPUREシステムは、抽出液からではなく、翻訳に必須な因子を全て別々に精製し、後から混ぜ合わせて作成された(再構築型とよばれる)ものであり、本研究科の上田卓也教授らが開発したものである。

(注4)分子シャペロン
タンパク質のフォールディングを助けるタンパク質の総称。大腸菌からヒトに至るまで全ての細胞に存在し、新たに作られたタンパク質のフォールディングを助けたり、熱による凝集を防いだりするなど様々な役割を担っている。

7.添付資料:

図1

図1 実験系の模式図

 

 

図2

図2 可溶率とタンパク質の性質との関係
A:定量できた可溶率のヒストグラム B:凝集になりやすいグループ(凝集)とそうでないグループ(可溶)の分子量の分布 C:立体構造の特徴ごとの可溶グループの割合

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