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脳の若さを保つ仕組みの一端を解明研究成果

脳の若さを保つ仕組みの一端を解明

脳の若さを保つ仕組みの一端を解明

1.発表概要:
  年齢を重ねるにつれて記憶力や学習効率は低下してしまうが、この現象には海馬で新しく生み出されてくるニューロン数の減少が関与している。今回、老齢のカニクイザルを用いた研究によって、かなり高齢になっても新生ニューロンの「素」となる神経幹細胞は若い個体と比較しても半分近く残っていることが判明した。しかし、一方で、老齢になると新生ニューロンが育ちづらくなっていることもわかった。新生ニューロンの成長や生存は、運動や学習によって高められることが知られている。生活習慣に気を配り、新生ニューロンを育てやすくすることで、高齢になっても脳回路の若さを保っていくことができる。

2.発表内容:
  成人になっても海馬において生み出され続けるニューロン。この新生ニューロンは学習や記憶などに関わる重要な細胞である。ところが残念なことに、年齢を経ると、海馬の新生ニューロンを生み出す能力はどんどん低下してしまう。年を重ねると共に記憶力の低下を嘆く人は多いが、加齢性の脳機能低下と海馬ニューロン新生能の低下には、密接な関係がある。それでは、なぜ、高齢になると新生ニューロンの数が減ってしまうのか。素となる神経幹細胞の数そのものが減っているのか? あるいは、新生ニューロンが育ちにくい環境になっているだけなのか?
  東京大学大学院新領域創成科学研究科の久恒辰博准教授と相澤憲(大学院生)ならびに医薬基盤研究所・霊長類医科学研究センターの研究グループは、ヒト高齢者のモデルとして、実際に学習能力が低下した老齢カニクイザルを用いて、海馬神経幹細胞ならびにニューロン新生の様子を調べることで、この問題に答えを出すことを試みた。今回対象とした老齢カニクイザルは平均23才の4頭で、ヒトの年齢に換算すると約70歳に相当する。海馬の神経幹細胞を、免疫組織染色法によって蛍光顕微鏡下で観察可能な状態にした後、若齢カニクイザル(平均5才の3頭)と老齢カニクイザルの海馬歯状回に存在する神経幹細胞数を数え上げた。その結果、老齢サルでは若齢サルに比べて神経幹細胞数は半数程度減少していたものの、1頭につきおよそ73,500個という膨大な数の神経幹細胞数が保存されていることが明らかとなった。

  その後のニューロン新生過程においては、老齢ザルでも若齢ザルと同程度の割合で細胞は増殖し、分化していることがわかった。しかしながら、老齢ザルでは、成長途上の未成熟ニューロンの数が若齢ザルと比較して極端に減っていることが判明した。
  本研究では、ヒトでは70歳前後に相当する高齢のカニクイザルの脳において、若いサルと比較しても約半分もの神経幹細胞が残されていることを突き止めた。さらに、神経幹細胞としての性質も、ほぼ保持されていることを高齢のサル類を用いて世界で始めて見出した。今後は、この高齢脳で残された神経幹細胞を利用して、新生ニューロンを適切に育てて行く方法を模索していくことで、年齢依存的な脳機能の減衰を改善し、認知症の予防や発症リスクの低下に関する応用研究に繋げていくことが期待される。
図

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3.発表雑誌:
  Neurobiology of Aging. (ニューロバイオロジー オブ エイジング)
「邦訳:加齢神経生物学」 2009年2月5日オンライン版公開

4.注意事項:なし

5.問い合わせ先:
久恒辰博
東京大学大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻 准教授
〒277-8562 千葉県柏市柏の葉5-1-5 東京大学新領域生命棟402

6.用語解説:
神経幹細胞: 多分化能を有した細胞で、分裂・分化することでニューロンやグリアを生み出す。海馬歯状回の顆粒細胞層・最内層に位置する神経幹細胞は、ニューロンへ分化する率が高く、ニューロン新生過程における出発点となる最も重要な細胞である。分子層へ細胞突起を伸ばしていることや、特定のタンパク質を発現していることから、組織染色によって識別することが可能である。健常脳におけるニューロン新生だけでなく、脳梗塞やアルツハイマー病によってダメージを受けた脳組織を再生する視点からも注目されている細胞である。本研究では、3種類の神経幹細胞マーカー(FABP7,GFAP,Sox2)の多重染色によって神経幹細胞を同定した。

Neuronal Progenitor(ニューロン前駆細胞): ニューロンとしての性質を一部獲得した分化途上の前駆細胞。細胞分裂マーカーと分化マーカー(Prox1)によって検出した。

未成熟ニューロン: ニューロンとしての性質をほぼ獲得し、海馬回路に組み込まれつつある生育中のニューロンのこと。分化後間もない、新生ニューロンのことを指す。未成熟ニューロンマーカー(ダブルコルティンとニューロD)で検出した。

7.添付資料:
  ホームページ: http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/hisatsune-lab/
  添付図: http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/hisatsune-lab/img/figure1.jpg

参考図書:
「脳は若返る」 新潮文庫(2008)

 

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