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珍しい構造を持つトリパノソーマの呼吸酵素:薬剤標的にも研究成果

珍しい構造を持つトリパノソーマの呼吸酵素:薬剤標的にも

珍しい構造を持つトリパノソーマの呼吸酵素:薬剤標的にも

1.発表概要:
  コハク酸脱水素酵素複合体はエネルギー代謝に必須な酵素で、通常は細菌からヒトまで4つのサブユニットから構成される共通の構造を持っている。今回、中南米の風土病シャーガス病の病原体であるクルーズトリパノソーマの酵素が12のサブユニットから構成されている事が判り、ヒト酵素との性質の違いから特効薬のないシャーガス病の薬剤標的としても注目されている。

2.発表内容:
  コハク酸脱水素酵素複合体はエネルギー代謝に酸素を利用する生物では、クエン酸回路(TCA回路あるいはクレブス回路とも呼ぶ)と呼吸系を直接結ぶ重要な酵素で、ヒトなど真核生物ではミトコンドリアに局在する。本酵素は細菌からヒトまで基本的に4つのサブユニットから構成される共通の性質を持っており、どの生化学の教科書にも、この構造が載っている。
  ところが今回、中南米の風土病シャーガス病の病原体であるクルーズトリパノソーマの酵素を精製したところ、12のサブユニットから構成されており、しかも酵素反応に必須な補欠分子族である鉄イオウクラスターは通常一つのサブユニットに結合しているが、トリパノソーマの酵素ではこのサブユニットが遺伝子レベルで2つに分かれている事が判った。アフリカ睡眠病の病原体のブルーストリパノソーマや内蔵や皮膚を侵すリーシュマニアの酵素も、この珍しい構造を持っている事がゲノム情報から予測され、エネルギー代謝や分子進化の面ばかりでなく、ヒト酵素との性質の違いから幅広い効果を示す薬剤標的としても注目されている。
  これらの原虫感染症は日本にはない寄生虫症であるが、この様な寄生虫の特殊な代謝や酵素を標的とした研究は、現在抗アフリカトリパノソーマ症薬として開発中のアスコフラノンなども含め、わが国からの国際貢献としても意義深い。なお、この研究は母国の人々を苦しめているシャーガス病の研究のため、国費留学生としてベネズエラから来日したMORALES JORGE JESUS(モラレス ホルヘ ヘスス)(大学院医学系研究科博士課程 国際保健学専攻)を中心として進めた研究である。
(本研究の一部は文部科学省による「ターゲットタンパク研究プログラム」により補助を受けております。)

3.発表雑誌:
タイトル:Novel Mitochondrial Complex II Isolated from Trypanosoma cruzi Is Composed of 12 Peptides Including a Heterodimeric Ip Subunit
ジャーナル:The Journal of Biological Chemistry, Vol. 284, Issue 10, 7255-7263, MARCH 13, 2009
著者:Jorge Morales; Tatsushi Mogi; Eizo Takashima; Hiroko Hirawake; Kimitoshi Sakamoto; Kiyoshi Kita

4.注意事項:
  特に無し

5.問い合わせ先:
北  潔 教授
東京大学大学院医学系研究科
国際保健学専攻 国際生物医科学講座 生物医化学分野
〒113-0033 東京都文京区本郷7-3-1

6.用語解説:
1)トリパノソーマ
  単細胞の寄生虫である原虫の一種。サシガメで媒介されるアメリカトリパノソーマ(Trypanosoma cruzi)は中南米のシャーガス病を、ツェツェバエで媒介されるアフリカトリパノソーマ(Trypanosoma brucei)はヒトのアフリカ睡眠病や家畜のナガナ病を、またサシチョウバエで媒介されるリーシュマニア(Leishmania spp)は内蔵や皮膚を侵す。どれも安全で効果の高い特効薬がないのが特徴であり、NTD(Neglected Tropical Disease)として、その対策が急務となっている。

2)コハク酸脱水素酵素複合体
  コハク酸-ユビキノン還元酵素、複合体IIとも呼ばれ、真核生物ではミトコンドリアに局在している。酸素のある環境ではコハク酸をフマル酸に酸化し、クエン酸回路と呼吸を直接結ぶエネルギー代謝における重要酵素のひとつ。補欠分子族としてFADを結合するFp、鉄イオウクラスターを含むIp、そしてこれらを膜に結合するアンカーとしてのCybLとCybS(Cytochrome b Large subunit, Cytochrome b Small subunit:ヘムbを結合するシトクロム成分である事から、この様に呼ぶ)の4つのサブユニットから構成され、これまでは細菌からヒトに至るまで、共通の構造とされていた。
  またこの酵素は、低酸素環境下ではコハク酸酸化の逆反応のフマル酸の還元を触媒し、微好気性細菌や小腸内に生息する回虫ミトコンドリアでは「フマル酸還元酵素」として機能している。最近、ある種のがん細胞では、本酵素が低酸素環境でフマル酸還元酵素として機能している事が明らかになりつつあり、抗がん剤の標的として注目されている。

7.添付資料:
(日本語版)http://www.sih.m.u-tokyo.ac.jp/biomedchem/TcSDH/TcSDH_j.pdf
(英語版)http://www.sih.m.u-tokyo.ac.jp/biomedchem/TcSDH/TcSDH_e.pdf

参考:国際保健学専攻 生物医化学教室のHP
http://www.sih.m.u-tokyo.ac.jp/chem_top-J.html

 

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