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多発性硬化症治療に有効なターゲットを発見研究成果

多発性硬化症治療に有効なターゲットを発見

「多発性硬化症治療に有効なターゲットを発見」

1.発表概要:
東京大学大学院医学系研究科の木原泰行特任研究員と清水孝雄教授らは、プロスタグランジンE2及びその産生酵素であるmPGES-1が多発性硬化症の増悪に大きく寄与していることを突き止め、その作用を遮断することで症状が軽減することを見出し、米国科学アカデミー紀要に発表します。

2.発表内容:
多発性硬化症は中枢神経系に限局して病変をきたす疾患で、脳や脊髄の様々な部位で炎症と脱髄を繰り返す原因不明の脱髄性疾患です。欧米諸国では有病率が高く人口10万人あたり50~100人の患者さんがいますが、日本では稀な疾患で、1973年に厚生労働省特定疾患(難病)に認定されています。2004年の全国臨床疫学調査によると、国内患者数は約1.2万人で、1980年以降生まれの女性で多発性硬化症が急増しています。これまでの研究から、多発性硬化症は白血球の一種であるT細胞が、通常は侵入不可能な脳や脊髄に入りこんで、神経を保護している髄鞘を攻撃することで脱髄が起こる自己免疫疾患であると考えられていますが、はっきりした原因は未だ不明のままです。治療には、急性期にはステロイドを用いた薬物療法を、再発の予防にはインターフェロンβが使われていますが、確固たる治療法は確立されておらず、副作用の観点からも新たな治療法の開発が必要とされています。
研究グループは、リピドミクスの手法を用いて、多発性硬化症モデルマウスの脊髄病変部で脂質メディエーターの産生プロファイルを継時的に測定した結果、プロスタグランジンE2(PGE2)の量が病変部で特異的に増えていることを突き止めました。さらに、トランスクリプトミクスの手法により、PGE2を産生する3種類の酵素のうち、mPGES-1と呼ばれる酵素の発現量のみが増加しており、PGE2の4種類の受容体のうちEP1、EP2、EP4と呼ばれる3つの受容体の発現量が増加していることを見つけました。脊髄病変部ではマクロファージにmPGES-1が発現しており、T細胞には発現していませんでした。次に、mPGES-1の本疾患に対する影響を調べるために、大阪大学の審良静男教授らによって樹立されたmPGES-1遺伝子欠損マウスに多発性硬化症モデルを誘導して、症状と免疫機能を観察しました。病気を起こした遺伝子欠損マウスの脊髄病変部ではPGE2の産生が完全に抑制されており、症状も改善しました。さらに、このマウスではT細胞が分泌するサイトカインであるインターフェロンγ及びインターロイキン17の産生量も減少していたことから、マクロファージに存在するmPGES-1によって産生されるPGE2が、T細胞の免疫機能を制御して病気を増悪させていることが考えられました。九州大学大学院医学研究院神経内科との共同研究により、多発性硬化症患者の剖検脳において、mPGES-1がマクロファージに発現していることが明らかとなり、多発性硬化症の新規治療ターゲットとしての妥当性が証明されました。

本研究により、多発性硬化症の病変部ではmPGES-1を発現しているマクロファージから、大量にPGE2が産生されて免疫応答を調節し、結果として症状を増悪させていることが示唆されました。今回の発見は、mPGES-1が多発性硬化症の治療に有効なターゲットとなりうることを示したという点で、重要な意味があります。

3.発表雑誌:
発表雑誌;米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)
論文タイトル;Targeted lipidomics reveals mPGES-1-PGE2 as a therapeutic target for multiple sclerosis
著者;木原泰行1、松下拓也2、北芳博1、植松智3、審良静男3、吉良潤一2、石井聡1、清水孝雄1
所属;1. 東京大学大学院医学系研究科分子細胞生物学専攻細胞情報学分野
    2. 九州大学大学院医学研究院神経内科
    3. 大阪大学免疫学フロンティア研究センター

4.注意事項:
日本時間12月8日午前5時(現地時間12月7日午後3時)までは報道しないようお願い申し上げます。

5.問い合わせ先:
教授 清水孝雄
准教授 石井聡
東京大学大学院医学系研究科 分子細胞生物学専攻 細胞情報学分野
〒113-0033 東京都文京区本郷7-3-1 


6.用語解説:
リピドミクス;質量分析計を用いた脂質の網羅解析。
脂質メディエーター;プロスタグランジンや血小板活性化因子などの脂溶性の分子で、細胞間のコミュニケーションを司る分子の総称。
多発性硬化症モデルマウス;中枢神経特異的な抗原を投与して多発性硬化症に似た症状(実験的自己免疫性脳脊髄炎)を惹起したマウス。

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