PRESS RELEASES

印刷

ミトコンドリアに鉄を運び込むタンパク質を発見研究成果

「ミトコンドリアに鉄を運び込むタンパク質を発見」

平成23年5月25日

東京大学大学院農学生命科学研究科

1.発表者:
西澤 直子(東京大学大学院農学生命科学研究科 農学国際専攻 特任教授、
       石川県立大学生物資源工学研究所 教授)
バシル クーラム(東京大学大学院農学生命科学研究科 農学国際専攻 特任研究員)
石丸 泰寛(東北大学大学院理学研究科化学専攻 助教、
       東京大学大学院 農学生命科学研究科 農学国際専攻 特任研究員;当時)
堤 伸浩 (東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 教授)

2.発表概要:
ミトコンドリアの働きには鉄が必須である。ミトコンドリアに鉄を運び込むタンパク質を植物で初めてイネから発見した。これにより細胞内での鉄の分配機構の一端が明らかになった。

3.発表内容:
ミトコンドリアは、呼吸によってエネルギーを作り出す細胞内小器官である。ミトコンドリアのエネルギー生産には酸化還元反応が重要であり、これを触媒する酵素の活性中心として働く鉄は、ミトコンドリアの機能には必須となっている。また、ミトコンドリアは、鉄を構成分とするヘムや鉄・硫黄クラスターの合成などにも関わっている。鉄はほぼ全ての生物に必須な元素だが、特にミトコンドリアの働きには不可欠であり、多くの鉄がミトコンドリアに運ばれる。

私達は、長らくイネ科植物の鉄栄養について研究を進め、土壌中の溶けにくい鉄を吸収するために、根から分泌されるムギネ酸類生合成経路の各ステップを担う酵素の遺伝子の単離を始めとして、数多くの遺伝子を単離し、イネ科植物の鉄獲得に関わる分子機構の全容を解明してきた。しかし、細胞内に吸収された鉄が、次にミトコンドリア内に取り込まれる時に働くタンパク質である、ミトコンドリアの鉄トランスポーター(注1)については全くわかっていなかった。今回私達は、このミトコンドリアの鉄トランスポーター「MIT」(Mitochondrial Iron Transporter)を、植物で初めてイネから単離することに成功した。

まず、3993系統のイネ変異体を探索し、鉄が十分な条件で育てても、鉄が足りないときのように、鉄欠乏クロロシス(注2)の症状を示す系統を見つけ出した。このイネ変異体を解析すると、その原因は一つの遺伝子の欠損であることが判明した。GFP蛍光タンパク質を用いて調べると、この遺伝子がコードするタンパク質は、ミトコンドリアに局在することがわかった。また、この遺伝子を酵母のミトコンドリア鉄輸送を欠損する変異株に発現させると、酵母の生育が回復したことから、ミトコンドリアへの鉄輸送に働くことが明らかになった。そこで、この遺伝子のコードするタンパク質を、ミトコンドリア鉄トランスポーター、「MIT」(Mitochondrial Iron Transporter)と名付けた。MIT遺伝子の発現が抑制されたイネは、草丈や乾物重が低く、種子の収量も約半分となった。MIT遺伝子が完全に欠損したイネはミトンドリアが正常に働かないために、最後まで生育することができず、致死になるので、MIT遺伝子はイネの生育に必要不可欠であることがわかる。

世界で最も多い人間の栄養障害は鉄欠乏で、世界人口の半分、約30億人以上が鉄欠乏性貧血症に悩まされている。吸収された鉄の細胞内での適切な分配を制御することは、農業生産を支える作物の生育にとって重要であるばかりでなく、これを食糧とする人間の健康にとっても重要である。MIT 遺伝子の発見は、これまでに私達が発見してきた植物の鉄代謝に関わる他の遺伝子と共に、鉄分が豊富な高い栄養価の食品を作ることにも大きく貢献できると考えている。

4.発表雑誌:
雑誌名:Nature Communications, issue May 24, 2011, (オンライン版)DOI 10.1038/ncomms1326
論文タイトル:The rice mitochondrial iron transporter is essential for plant growth.
著者:Khurram Bashir, Yasuhiro Ishimaru, Hugo Shimo, Seiji Nagasaka, Masaru Fujimoto, Hideki Takanashi, Nobuhiro Tsutsumi, Gynheung An, Hiromi Nakanishi, and Naoko K. Nishizawa

5.問い合わせ先:
東京大学大学院農学生命科学研究科 農学国際専攻 新機能植物開発学研究室
西澤 直子 特任教授

6.用語解説:
注1 トランスポーター(膜輸送体):生体膜を横切って有機物や無機物イオンなどの物質輸送を行うために存在する膜タンパク質。生物の細胞は脂質の膜で覆われているため、生体の養分摂取や、生体細胞間の物質分配等に重要である。
注2 鉄欠乏クロロシス:植物は鉄が欠乏すると、クロロフィルの生合成が阻害されるために葉、特に新葉の葉脈間が黄白色になる。目にみえる鉄欠乏の症状として知られる。

発表者以外の著者:
ウーゴ シモ(東京大学大学院農学生命科学研究科 農学国際専攻 博士課程3年)
長坂 征治 (東洋大学生命科学部生命科学科 准教授、
        東京大学大学院農学生命科学研究科 農学国際専攻 特任研究員;当時)
藤本 優   (東京大学大学院理学系研究科 日本学術振興会特別研究員、
        東京大学大学院農学生命科学研究科 生産環境生物学専攻 博士課程;当時)
高梨 秀樹 (名古屋大学大学院理学系研究科 日本学術振興会特別研究員、
        東京大学大学院農学生命科学研究科 生産環境生物学専攻 博士課程;当時)
Gynheung An(Department of Plant Molecular Systems, Biotech and Crop Biotech
         Institute, Kyung Hee University, 教授)
中西 啓仁 (東京大学大学院農学生命科学研究科 農学国際専攻 特任准教授)

アクセス・キャンパスマップ
閉じる
柏キャンパス
閉じる
本郷キャンパス
閉じる
駒場キャンパス
閉じる