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シナプス刈り込みの分子メカニズムを解明研究成果

「シナプス刈り込みの分子メカニズムを解明」

平成23年5月31日

東京大学大学院医学系研究科


1. 発表者:
 狩野 方伸 (東京大学大学院医学系研究科 神経生理学分野 教授)
 橋本 浩一 (広島大学大学院医歯薬学総合研究科 神経生理学 教授)
 喜多村 和郎 (東京大学大学院医学系研究科 神経生理学分野 准教授)
 辻田 実加 (新潟大学脳研究所 統合脳機能研究センター 准教授)
 山崎 真弥 (新潟大学脳研究所 細胞神経生物学分野 助教)
 﨑村 建司 (新潟大学脳研究所 細胞神経生物学分野 教授)
 宮崎 太輔 (北海道大学大学院医学研究科 解剖発生学分野 助教)
 渡辺 雅彦 (北海道大学大学院医学研究科 解剖発生学分野 教授)
 Hee-Sup Shin(Center for Neural Science, Korea Institute of Science and Technology,
Korea 教授)

2.発表概要:
生後発達期の動物の脳では、神経回路の再編成(シナプスの刈り込み)が起こって正常な脳機能が獲得される。この過程は神経細胞の活動に依存し、よく使われる結合が強められ、使われない結合は消滅するとされていた。今回、P/Q型電位依存性カルシウムチャネルという分子がこの活動を担っていることを明らかにした。

3.発表内容:
生まれたばかりの動物の脳は“柔らかい”。これは、周りの環境に応じて柔軟に変化する能力を持つ、ということを意味するが、その礎になっていると考えられているのが、生後発達期の脳で起こる神経回路の再編成(シナプスの刈り込み)である。神経細胞は、神経突起を伸ばして他の神経細胞とシナプス(注1)を介して結合し、複雑な神経回路を作る。神経回路が正確に作られることは、脳が正常に機能するために必須であるが、生まれた時に神経回路が完成しているわけではない。生まれたばかりの動物の脳では、大人ではみられないような過剰なシナプス結合がみられ、機能的にも未成熟な状態にある。生後の発育の中で、これらの過剰な結合の中から、機能的に必要なものが強められ、不必要なものが除去されることにより、次第に機能的な神経回路が形成されていく。このような現象を「シナプスの刈り込み」と呼んでいる。これまでの研究から、正常なシナプスの刈り込みには、神経細胞が周りの環境などの刺激を受けて、電気的に活動することが必須であることが知られていた。しかし、神経細胞の電気活動が、どのような分子メカニズムを介してシナプスの刈り込みを制御しているのか、という点はほとんど明らかになっていなかった。

私達は今回の論文で、P/Q型電位依存性カルシウムチャネル(P/Q VDCC)という蛋白質が、必要な神経回路の選別・除去のプロセスに必須な分子であることを突き止めた。電位依存性カルシウムチャネルは細胞膜の上に存在する蛋白質であるが、神経細胞の電気活動を検知して開口し、細胞の中にカルシウムイオンの流入を引き起こすことができる。したがって、神経活動をモニターして、その活動の強さを細胞内のシグナル伝達系に変換するメカニズムとして働くことが期待される。

私達は、これまで、小脳の登上線維-プルキンエ細胞間のシナプス結合の生後発達をシナプス刈り込みのモデルとして研究してきた。今回、このシナプスにおいて、P/Q VDCCがシナプス刈り込みに果たす役割の解析を行った。また、他の脳領域における遺伝子欠損の影響を極力排除するため、新潟大学の﨑村教授、辻田准教授、山崎助教らとの共同研究で、P/Q VDCCがプルキンエ細胞で選択的に欠損した遺伝子改変マウスを作製した。大人の動物のプルキンエ細胞は、わずか1本の登上線維のシナプス入力しか受けていないが、生まれたばかりの動物では、複数本の登上線維の入力を受けている(添付資料)。正常マウスでは、まず生後1週間の間に、将来プルキンエ細胞を支配する登上線維の選択的強化が起こり(添付資料;機能分化)、その後生後3週までの間に、それ以外の不必要な登上線維の除去が起こって1本支配が完成する(添付資料;前期・後期除去過程)。一方、プルキンエ細胞選択的にP/Q VDCCを欠損したマウスでは、最初に起こる登上線維の選択的強化のプロセスが障害されており、登上線維の選別が正常に起こっていなかった。また、引き続いて起こるはずの、シナプス除去のプロセスも障害されていることが分かった。

この結果は、シナプス後部の神経細胞(プルキンエ細胞)に存在するP/Q VDCCが、生後発達期に起こる、必要なシナプスの選別と不必要なシナプスの除去のプロセスに重要な働きを担っていることを示している。シナプスの刈り込みは、正常で健康な脳機能の発育のため必須なプロセスであると考えられている。例えば、シナプスの刈り込みの異常が自閉症や統合失調症などと関連するという考えもある。したがって、本研究の成果は、脳を理解するためだけではなく、社会性や社会的行動の共通基盤の理解という点でも意義深いものと考えられる。

本研究は、以下の助成によって行われた。
・ 文部科学省脳科学研究戦略推進プログラム課題D:「社会的行動を支える脳基盤の計測・支援技術の開発」
・ 戦略的創造研究推進事業(さきがけ):「小脳のシナプス刈り込みと機能的神経回路形成の機構解明」
・ 科学研究費補助金(基盤研究(S)、基盤研究(B))

 

4.発表雑誌:
Proceedings of the National Academy of Sciences of the USA 
発表論文タイトル:
Postsynaptic P/Q-type Ca2+ channel in Purkinje cell mediates synaptic competition and elimination in developing cerebellum
著者名:
Kouichi Hashimoto, Mika Tsujita, Taisuke Miyazaki, Kazuo Kitamura, Maya Yamazaki, Hee-Sup Shin, Masahiko Watanabe, Kenji Sakimura and Masanobu Kano

5.問い合わせ先:
〒113-0033 東京都文京区本郷7-3-1
東京大学大学院医学系研究科 神経生理学分野
教授 狩野方伸

〒734-8551 広島県広島市南区霞1-2-3
広島大学 大学院医歯薬学総合研究科 神経生理学
教授 橋本浩一

6.用語解説:
(注1)
シナプス:ニューロンとニューロンの間で信号を伝達するためのつなぎ目のこと。
神経伝達物質が貯蔵されている神経終末(シナプス前ニューロンの神経突起の末端)とその神経伝達物質を受け取る受容体が集積したシナプス後部(シナプス後ニューロンの樹状突起など)がごく狭い隙間(シナプス間隙)を隔てている。

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