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小さな雄は大きな精子をつくる ―繁殖行動戦術に応じた種内精子二型をヤリイカで発見―研究成果

「小さな雄は大きな精子をつくる
―繁殖行動戦術に応じた種内精子二型をヤリイカで発見―」

平成23年8月10日

東京大学大気海洋研究所


1. 発表者:
岩田 容子(東京大学大気海洋研究所 海洋生物資源部門/日本学術振興会特別研究員)
広橋 教貴(お茶の水女子大学 人間文化創成科学研究科/講師)

2.概要:
動物の精子の形態は種間では高度に多様化していますが、同じ種の中では変異が小さく、種固有であると考えられてきました。今回、「体が雌より大きい雄」と「雌より小さい雄」の2タイプの雄がいるヤリイカを調べたところ、体が大きく雌とペアになって繁殖する雄は小さな精子を雌の体内に渡し、体が小さく大型雄と雌のペアに割り込むことによって繁殖する雄は大きな精子を雌の体外(体表面)に渡すことが明らかになりました。体サイズによって異なる行動をする雄が、それにあわせて異なる精子を作る、という種内精子二型は、世界初の発見です。

3.発表内容:
<これまでの研究でわかっていた点>
精子は、細胞の中でも最もバリエーションが大きいと言われるほど、その形や大きさが種によって大きく異なります。その進化の原動力としてこれまで考えられてきたのが精子競争(雌が複数の雄と交尾することによって生じる、複数雄由来の精子間での卵の受精をめぐる競争)です。実際は、精子競争以外にも、受精に関わる様々な物理的・生物的条件が種によって異なります。しかし、これまでの研究では似たような受精条件をもつ近縁種間や同一種内の比較によってなされてきたため、精子進化における受精環境の影響には、あまり注意が払われてきませんでした。

日本の沿岸に生息するヤリイカは、精子進化に関して同一種内で精子競争・受精環境の両方の違いを検証するための理想的なモデルです。ヤリイカは冬、日本沿岸の岩礁地帯に繁殖のために集まり、雄同士が雌をめぐって戦いを始めます。雄は体の色をめまぐるしく変えながら、体の大きさ比べをし、多くの場合より大きな雄が勝ち、雌に精子が入ったカプセルを渡す「交接」という行動に入ります。雄は雌の体を下から支えるように重なり、雌の外套膜と呼ばれる胴体内部に腕を差し込み、体の中に自分の精子が入ったカプセルをつけます。カプセルはすぐにはじけ、中から大量の精子が泳ぎ出します。その後、雌は産卵を始め、大きな雄は他の雄に邪魔されないように産卵する雌をガードします。

一方、雄同士の戦いに不利な体の小さな雄は、小さいなりの「戦術」を使うことで、子孫を残そうとします。小型雄は、ペアを作る前の雌や大型雄とペアになっている雌のスキを狙い、そっと忍び寄って、一瞬のうちに雌の腕の付け根に精子の入ったカプセルをつけるのです。このように小さな雄が大きな雄の目を盗んで繁殖に参加することは、スニーキング行動と呼ばれ、鳥、魚、昆虫などでも知られています。しかし、ヤリイカのように、雄の行動によって全く異なる場所に精子を受け渡す、というのは極めて特殊と言えます。
ヤリイカの雌は腕の付け根に精子貯蔵器官を持っており、これは小型雄の精子を貯めておくためのものです。これまでの研究によって、産卵場に現れるほとんどのヤリイカの雌は小型雄から精子を受け取っていること、一回の産卵時に複数の雄の精子を利用していることが受精卵の遺伝子解析から明らかになっています。雌は複数の雄から精子を受け取り自分の卵と受精させることで、遺伝的に多様な子孫を残しているのです。

<この研究が新しく明らかにしようとした点>
大型雄がメスの産卵直前に体内に精子のカプセルをつけるのに対し、小型雄は雌の腕の付け根付近にカプセルをつけます。産卵の際、排卵された未受精卵は、輸卵管を通り抜け、まず体内で大型雄の精子に出会ってから体の外に産み出され、雌が卵塊を腕に抱えている時に小型雄の精子と出会うと考えられます(図1)。早い者勝ちの受精競争において、体内で卵といち早く出会える大型雄の精子よりも、体外で待ちかまえている小型雄の精子は、圧倒的に不利な状況です。このような状況におかれた大型雄・小型雄の精子は、全く異なる精子競争・受精環境の状況に適応して、別の進化を遂げる可能性があると考え、2型雄における精子の形態的および機能的違いはないかを検証しました。

ヤリイカ1
図1:ヤリイカの繁殖行動。大型雄は雌とペアになるが、小型雄はさっと割り込む。メスは体の中(▼印右)と外(▼印左)、二か所に精子を貯めておける。排卵された卵は体内で大型雄の精子に、次に体外で小型雄の精子に出会う(←印)。

<この研究で得られた結果、知見>
ヤリイカの大型雄と小型雄の精子を調べたところ、小型雄の精子は大型雄の精子よりも1.5倍も大きいことがわかりました(図2)。さらに、人工授精実験により、小型雄の大型精子・大型雄の小型精子ともに受精能力を持っていることも確かめられました。通常、同じ種の雄が作る精子の大きさはほとんど同じで、これまでは、「雄の個体間で作る精子の数は違っても、その大きさは変わらない」と考えられていました。同じ種の雄で、体の大きさによって繁殖行動が異なり、しかも精子の大きさも異なるという今回のヤリイカのような例が見つかったのは、世界で初めてのことです。

ヤリイカ3
図2:小型オスは大型オスよりずっと大きい精子を作る。

小型雄の精子が大きいのは、大型雄に対する出遅れを挽回するよう速く泳ぐためでしょうか?しかし、大きな精子と小さな精子の間で泳ぐ速度に違いはみられませんでした。では、小型雄同士のメスの貯蔵器官での場所取り競争でより有利になるためでしょうか?しかし、雌の精子の貯蔵器官の中に蓄えられている精子と、貯蔵器官に入る前の精子とでは、大きさに違いがありませんでした。つまり、大きい精子ほど貯蔵器官の中に入りやすいわけではないと言えます。では、なぜ小型雄の精子は大きいのでしょうか。おそらく、ヤリイカが体内と体外という全く異なる場所に精子を受け渡していることが強く影響していると考えられます。精子は卵まで泳ぐ環境に最も適した形や大きさをしているはずです。体内と体外では、水の流れによる精子の拡散しやすさ、pHやO2・CO2の濃度といった物理的・生理的状況が大きく異なるので、それぞれの環境に最も適した形や大きさに進化したのではないかと考えられます。

<今後の展望>
通説では、精子形態は動物種間で高度に多様化し、しかも種固有であると考えられてきました。まれに1個体が2つの形態の精子を同時に持つ種もありますが(例えば昆虫の蛾など)、その場合片方は受精能力を持たない“異型精子”と呼ばれる細胞で、他の雄の精子が受精するのを邪魔したり兄弟精子を手助けしたりすると考えられています。本研究で発見された例は、2タイプの精子は両方とも受精能力を持つこと、ある個体はどちらか一方のタイプの精子しか持たないことから、全く新しいモデルと言えます。また、これまで精子の形態は主に卵の受精をめぐる精子間の競争により進化したと考えられてきましたが、本研究によって精子の進化における受精環境の重要性が指摘されました。

ヤリイカの小型雄がなぜ大きな精子を持っているのか、この謎を解き明かすことは、人間を含めて、有性生殖する自然界の生きものにおいて、精子の形がどのように進化してきたのかを解き明かすきっかけになると考えています。

4.発表雑誌:
Yoko Iwata, Paul Shaw, Eiji Fujiwara, Kogiku Shiba, Yasutaka Kakiuchi, Noritaka Hirohashi.
Why small males have big sperm: dimorphic squid sperm linked to alternative mating behaviours.
BMC Evolutionary Biologyオンライン http://www.biomedcentral.com/ に、
8月10日00:01(世界標準時)より掲載。

5.問い合わせ先:
【研究の内容について】
大気海洋研究所 日本学術振興会特別研究員 岩田容子
お茶の水女子大学 講師 広橋教貴 
【本件全般について】
大気海洋研究所広報室 佐伯

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