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食後の睡眠中に匂いの神経回路が作り変えられる研究成果

「食後の睡眠中に匂いの神経回路が作り変えられる」

平成23年8月17日

東京大学大学院医学系研究科


1. 発表者:
森  憲作(東京大学大学院医学系研究科 細胞分子生理学教室 教授)
山口 正洋(東京大学大学院医学系研究科 細胞分子生理学教室 講師)
真部 寛之(東京大学大学院医学系研究科 細胞分子生理学教室 助教)
楠本(吉田)郁恵(東京大学大学院医学系研究科 細胞分子生理学教室 
日本学術振興会特別研究員)
横山  健(東京大学大学院医学系研究科 学術支援職員) 
持丸 大輔(東京大学大学院医学系研究科 博士課程2年)

2.発表概要:
匂いを嗅いでいる時、匂いの情報は脳のより高次の領域に向かって送られる。我々は、睡眠中には匂いの情報の流れが逆転し、高次から低次の領域に送られることを見出した。睡眠中の嗅皮質から嗅球への“トップダウン入力”は、嗅球のシナプス効率を可塑的に変化させた。また、嗅球では大人になっても新しい神経細胞が組み込まれており、そのなかで必要な細胞と不要な細胞の選別が、食事後の睡眠中に促進されることが分かった。睡眠中の“トップダウン入力”が、嗅球神経細胞の選別を行って、その神経回路を大きく作り変えている可能性がある。

3.発表内容:
覚醒した状態で匂い経験をしている時には、匂い情報は嗅球から上位の中枢である嗅皮質に、いわゆる“ボトムアップ入力”(注1)として伝えられ、匂いとして認識される。しかし、睡眠中に匂い情報がどのように処理されているかは分かっていなかった。我々はラットにおいて、睡眠中には嗅皮質の多くの神経細胞が同期して発火活動(注2)を行うことを見出した。さらに、睡眠中の嗅皮質の同期的な神経活動は、嗅球に向かって、いわゆる“トップダウン入力”(注3)として強力に入力しており、これは嗅球内のシナプス効率を可塑的に変化させる働きを持っていた。これらのことは、匂い情報の流れが覚醒時と睡眠時では逆転し、睡眠中の“トップダウン入力”は神経回路を作り変えるシグナルとして働いていることを示している(以上、論文1)。

通常、大人の脳では新しい神経細胞は生まれないが、嗅球では大人になっても新しい神経細胞が生まれ、神経回路が新たに作り変えられている。新しい嗅球の神経細胞はまず過剰な数が準備され、そこから必要なものが選別されて神経回路に組み込まれる。この選別が、新しい神経細胞が適切な神経回路を作るために重要であるが、どのような機構で選別がなされているかは分かっていなかった。我々はマウスを用いて、マウスがどのような行動をしているときに、嗅球の新しい神経細胞の選別が行われるかを調べた。その結果、神経細胞の選別がマウスの食事時間に一致して促進すること、特にえさを食べた後の睡眠中に促進することを見出した。マウスは食事中にえさを嗅いだり味わったりして匂いを経験するが、匂いを嗅げなくしたマウスでは、食後の睡眠中により多くの新しい神経細胞が排除されてしまうことが分かった。このことは、・えさを食べている時に、匂い経験によって働いた神経細胞と働かなかった神経細胞の区分けが行われる ・その後の睡眠中に、先行する匂い経験によってなされた区分けに基づいて、不要な細胞が排除されて細胞の選別が完了する という、2つのステップの組み合わせによって嗅球の神経回路が作り変えられることを示している(以上、論文2)。

これらのこと(論文1および論文2)から、1)匂いを経験する行動中は、主に嗅球から嗅皮質に向かってボトムアップに匂いの情報が送られて匂い情報を知覚し、経験した匂い情報が神経回路内に蓄えられる 2)その後の睡眠中に、嗅皮質から嗅球に向かってトップダウン入力がおこり、匂い経験時に蓄えられた匂い情報との相互作用によって嗅覚系の神経回路が作り変えられる という機構によって、匂い経験に基づいた嗅覚系神経回路の改変が行われていると考えられる。

4.発表雑誌:
論文1 
雑誌名:「Journal of Neuroscience」(6月1日号)
論文タイトル:Olfactory cortex generates synchronized top-down inputs to the olfactory bulb during slow-wave sleep
著者:Hiroyuki Manabe, Ikue Kusumoto-Yoshida, Mizuho Ota and Kensaku Mori

論文2
雑誌名:「Neuron」(9月8日号)
論文タイトル:Elimination of adult-born neurons in the olfactory bulb is promoted during the postprandial period
著者:Takeshi K Yokoyama, Daisuke Mochimaru, Koshi Murata, Hiroyuki Manabe, Ko Kobayakawa, Reiko Kobayakawa, Hitoshi Sakano, Kensaku Mori and Masahiro Yamaguchi

5.問い合わせ先:
東京大学大学院医学系研究科細胞分子生理学教室
教授 森 憲作
講師 山口 正洋

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