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糖応答性の新しい遺伝暗号の発見研究成果

記者会見「糖応答性の新しい遺伝暗号の発見」

平成23年11月28日

1.会見日時: 平成23年11月25日(金) 10:00 ~ 11:00 

2.会見場所:
東京大学分子細胞生物学研究所 生命科学総合研究棟3階
302号室会議室(弥生キャンパス内:文京区弥生1-1-1)
http://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/cam01_07_09_j.html
東京メトロ南北線「東大前」駅下車徒歩5分

3.出席者:
加藤 茂明(東京大学分子細胞生物学研究所 教授)
藤木 亮次(東京大学分子細胞生物学研究所 助教)

4.発表概要:
エピゲノム注1)は染色体上に存在する化学修飾の総称である。ヒトゲノムの解読完了後の現在、エピゲノムは遺伝子発現の多様性に関わる第二の遺伝暗号として注目をあつめるようになった。本研究では、それまで主に細胞表面で機能すると思われていたタンパク質の糖(N-アセチルグルコサミン, GlcNAc注2))修飾が、染色体上のヒストンタンパク質注3)にも存在していることを示した。この新しいエピゲノムは、細胞外のブドウ糖濃度と連動しており、標的遺伝子の発現を正に調節している。標的には糖尿病の関連遺伝子も多く含まれていたことから、その病態や発症リスクに密接な関連があるものと予想される。このような新しいエピゲノムコードの発見は、エピジェネティクス注1)の制御に新しい概念をもたらすと同時に、細胞が栄養を感知して遺伝子発現を誘導するしくみについて基礎的な理解を助けるものである。

5.発表内容: 
「われわれの個性はゲノムのみによって決定されるのか?」について、古くから多くの議論がなされてきた。ヒトゲノムが解読され、おおかたの予想を裏切ってヒトの遺伝子は極端に少ないことがわかり、その答えは「ノー」というのが定説となっている。実際、このことは一卵性双生児が異なる個性を獲得したり、生活習慣の違いからさまざまな病気を患ったりすることからも容易に想像できる。では、後天的に遺伝子の発現を多様化させる要因は何であるのか、これを明らかにしていくことがポストゲノムの次なる課題となっている。

その答えのひとつとして、染色体の構成分子(核酸やヒストンタンパク質)の化学修飾が注目をあつめている。これらはエピゲノムと称され、メチル化やアセチル化、リン酸化など大きく9種類の修飾が知られている。ヒストン修飾を例に挙げれば、アミノ酸残基の違いも合わせて既に100種をこえる修飾が発見されており、われわれ高等真核生物の複雑な遺伝子発現プロセス、あるいは病気による転写異常にいたるまで、これらを説明するのに十分なバリエーションをかねそろえていることがわかってきた。逆を言えば、これらあたらしいエピゲノムの発見は、それまでの生物学の概念に対し、常に新しいブレークスルーをもたらしてきた経緯がある。

今回、N-アセチルグルコサミン転移酵素OGT注2)が転写促進と血球分化に重要であるという先行研究をきっかけに(Fujiki R. et al. 459, 455-459, Nature, 2009)、ヒストンタンパク質自身もまたその基質となることを見出した。この新しいタイプのエピゲノム修飾は、これを認識する抗体の作出によって、培養培地中のブドウ糖濃度と正相関していることがわかった。また、次世代シーケンサーを使ったゲノムワイドなマッピングから、ゲノム上に1891個の標的遺伝子を同定することに成功している。さらに、それらの大部分は多く発現しており、データベースを参照すると細胞内の代謝プロセスに関係するものが多いことも明らかとなった。特筆すべき点として、この中には糖尿病の発症リスクや病態に関係する遺伝子も多く含まれていた。実際、インスリンのはたらきに不可欠なGSK3βをコードする遺伝子は、ヒストンN-アセチルグルコサミン修飾によって発現調節を受けていることも確認できている。以上、本研究ではヒストンN-アセチルグルコサミン修飾が、細胞外のブドウ糖濃度によって調節され、転写促進にはたらくエピゲノム修飾であることを明らかにした。この発見によって、細胞が栄養状態を感知して遺伝子発現を調節するという最も重要な環境適応のしくみについて、新しいモデルをひとつ加えることができたと考えている。

ゲノムDNAがタンパク質のアミノ酸配列をコードしているのに対し、エピゲノム修飾は近傍遺伝子の発現量を規定している。当然、DNAの変異と同様に、エピゲノム修飾の破綻もまた細胞に大きな障害をもたらす結果となる。最近では、エピゲノム研究に基づく診断、創薬、治療などさまざまな試みがなされており、アセチル化など一部の修飾を標的とした薬の開発も成果を上げている。このような現状を鑑みれば、本研究の成果もまた、メタボリックシンドロームを標的としたエピゲノム診断、医療などに役立てられていく可能性が期待できる。

6.発表雑誌: 
Nature(2011年11月27日オンライン版)
論文タイトル:GlcNAcylation of histone H2B facilitates its monoubiquitination
著者:Ryoji Fujiki, Waka Hashiba, Hiroki Sekine, Atsushi Yokoyama, Toshihiro Chikanishi, Saya Ito, Yuuki Imai, Jaehoon Kim, Housheng Hansen He, Katsuhide Igarashi, Jun Kanno, Fumiaki Ohtake, Hirochika Kitagawa, Robert G. Roeder, Myles Brown, & Shigeaki Kato
DOI番号:10.1038/nature10656

7.問い合わせ先: 
東京大学分子細胞生物学研究所 核内情報研究分野
教授 加藤 茂明
助教 藤木 亮次

8.用語解説: 
(注1)エピゲノムとエピジェネティクス:DNA環境は、これを取り巻くクロマチン構造の化学修飾(エピゲノム)を介して、ダイナミックな調節を受けている。エピゲノム修飾によって引き起こされ、DNAの変異などに由来しない遺伝学をエピジェネティクスという。大きく、DNAのメチル化修飾とヒストンタンパク質の翻訳後修飾のふたつに大別される。
(注2)OGTとN-アセチルグルコサミン修飾:セリン/トレオニンを標的とする翻訳後修飾のひとつ。真核生物の核内ではOGTただ一種類が知られるのみであり、OGTは線虫から人まで保存されている。一般に細胞外のグルコース濃度と連動することから、細胞内の栄養状態と密接な関係があるといわれている。ごく最近、OGTを介するN-アセチルグルコサミン修飾の制御が2型糖尿病の発症と密接な関係にあることが示された。
(注3)ヒストンタンパク質:ヒトでは2メートルに達する染色体DNAは、わずか10ミクロン程度の核内に収納されるため、ヒストンタンパク質に巻きついた複合体を形成している。さらに、この構造体の形成により、転写反応の漏れを抑制するだけでなく、遺伝子DNAの物理的な保護にも役だっているといわれている。

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