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ステロイド作用を持たないタモキシフェン誘導体がグルタミン酸トランスポーターを阻害 ―中枢神経疾患治療薬開発への新たな方向性を示す―研究成果

ステロイド作用を持たないタモキシフェン誘導体がグルタミン酸トランスポーターを阻害
―中枢神経疾患治療薬開発への新たな方向性を示す―

平成23年12月5日

1.発表者: 
大和田智彦(東京大学大学院薬学系研究科 分子薬学専攻 教授)
佐藤 薫(国立医薬品食品衛生研究所薬理部第一室 室長)

2.発表概要: 
東京大学大学院薬学系研究科 大和田智彦教授と国立医薬品食品衛生研究所薬理部第一室 佐藤 薫室長の共同研究グループは、中枢神経系の興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸(注1)を細胞間のすきまから細胞内に取り込むグルタミン酸トランスポーター(注2)の機能を阻害する新規化合物を開発しました。この化合物はこれまでのグルタミン酸トランスポーター阻害薬とは全く異なる化学構造、物性をもちます。本研究成果は、統合失調症など中枢神経疾患治療薬開発の新たな方向性を示すことが期待されます。

3.発表内容: 
【要旨】研究グループは、乳ガン治療薬であるタモキシフェンに、グルタミン酸トランスポーターのグルタミン酸の取り込みを阻害する作用があることを 2008 年に発見しています(参考文献1)。タモキシフェンはエストロゲン(女性ホルモン)受容体の部分作動薬(注3)でもあり、エストロゲン受容体を介したステロイド作用(注4)が子宮内膜症のような望ましくない作用を引き起こすことが報告されています。そこで、タモキシフェンの グルタミン酸トランスポーター阻害作用はそのままにして、ステロイド作用を弱めるようにタモキシフェンの化学構造を変換したところ、ステロイド作用を全く持たない グルタミン酸トランスポーター阻害薬の開発に成功しました。
(参考文献1)Sato, K., Saito, Y., Oka, J., Ohwada, T., and Nakazawa, K. (2008) Effects of tamoxifen on L-glutamate transporters of astrocytes, Journal of Pharmacological Science 107, 226-230.

【背景】グルタミン酸は、うま味の成分としても知られていますが、ヒトを含むほ乳類の中枢神経系において高次神経機能を担う重要な興奮性神経伝達物質として、私たちの脳内で働いています。脳を作るグリア細胞(注5)に存在するグルタミン酸トランスポーターは、シナプス終末から放出されたグルタミン酸を速やかにグリア細胞内に取り込み、正常なシナプス伝達環境を整える唯一の生体機構です。もし、細胞外に高濃度のグルタミン酸が存在すると、興奮毒性によって神経細胞は死に至り種々の中枢神経疾患につながります。一方で、種々の原因で細胞間のグルタミン酸量が少なく神経回路の連絡ができないことにより、多くの中枢神経疾患が引き起こされるともいわれています。これまで、統合失調症など多くの中枢神経疾患において グルタミン酸トランスポーターの変調が指摘されてきましたが、薬の開発や創薬研究が進みにくかった原因の一つは、脳内移行性(注6)の高いグルタミン酸トランスポーター調節薬がないことでした。

【結果】研究グループでは乳ガン治療薬であるタモキシフェンに グルタミン酸トランスポーターのグルタミン酸の取り込みを阻害する作用があることを 2008 年に発見しました(参考文献1)。しかしタモキシフェンはエストロゲン受容体の部分作動薬であり、エストロゲン受容体を介したステロイド作用があるため、中枢神経疾患への応用は困難であると考えられました。そこで、タモキシフェンの グルタミン酸トランスポーター阻害作用はそのままにして、ステロイド作用を弱めるようにタモキシフェンの化学構造を変換したところ、ステロイド作用を全く持たない グルタミン酸トランスポーター阻害薬(下図、化合物3)の開発に成功しました。今回の化合物は脂溶性の高い構造をもっていることから、脳内移行性が高いことも予想されます。また化合物の作用メカニズムは未解明であり、今後の創薬ターゲットとしても興味が持たれます。以上のことから、本研究成果はグルタミン酸トランスポーターを標的とした創薬研究のツールとして、またシーズとして、中枢神経疾患治療薬開発の新たな方向性を示すものとして期待されます。

図:化合物の作用メカニズムの概念図

20111205_01 20111205_02 20111205_03
4.発表雑誌: 
雑誌名:米国化学会ケミカルニューロサイエンス(ACS Chemical Neuroscience)Web版公開2011年11月14日
論文タイトル:Discovery of a Tamoxifen-Related Compound that Suppresses Glial L-Glutamate Transport Activity without Interaction with Estrogen Receptors
著者:Kaoru Sato*, Jun-ichi Kuriwaki, Kanako Takahashi, Yoshihiko Saito, Jun-ichiro Oka, Yuko Otani, Yu Sha, Ken Nakazawa, Yuko Sekino, and Tomohiko Ohwada*
(*:責任著者)
http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/cn200091w

5.問い合わせ先: 
東京大学大学院薬学系研究科 分子薬学専攻 教授
大和田 智彦(おおわだ ともひこ)

国立医薬品食品衛生研究所薬理部第一室 室長
佐藤 薫 (さとう かおる)

6.用語解説: 
(1)グルタミン酸:興奮性神経伝達物質。アミノ酸の一種。
(2)グルタミン酸トランスポーター:シナプス終末から放出されたグルタミン酸を速やかに取り込む膜タンパク質。EAAT1-5 の 5 つのサブタイプが同定されているが、このうち EAAT1(齧歯類では GLAST) と EAAT2(同じくGLT-1) がグリア細胞(特にアストロサイト)に存在する。トランスポータータンパク質の構造は、細胞内にN 末端と C 末端があり、6-8 個の膜貫通部位、1-2 個の膜を完全に貫通していないループ構造を持つと考えられている。グルタミン酸の取り込みメカニズムは、トランスポータータンパク質へのNa+ 2-3分子の結合、グルタミン酸 1分子の結合、H+ 1分子の結合、グルタミン酸の細胞内への取り込みに連動した Na+, H+ の流入、細胞外への1 分子の K+ 流出、というのが一連のサイクルである。
(3)部分作動薬:作動薬としての作用が弱く、他の作動薬存在下で阻害薬として作用する薬物のこと
(4)ステロイド作用:ステロイド骨格を持つホルモン(性ホルモン、副腎皮質ホルモン等)が核内受容体に結合し二量体形成を促し、これがDNAのプロモーター領域に結合し転写が開始されタンパク質発現を誘導することにより発揮する作用のこと。
(5)グリア細胞:神経系の神経細胞以外の神経膠細胞(しんけいこうさいぼう)と呼ばれる細胞群。中枢神経系ではアストロサイト,オリゴデンドロサイト,ミクログリアが主なグリア細胞であるが、グルタミン酸トランスポーターを発現するのは主にアストロサイト。これまでは神経細胞への栄養補給などの受動的な役割を担うとされてきたが、神経細胞が置かれた状況をモニターしながら,グリア細胞同士で情報をやりとりし,シナプス伝達を積極的にコントロールしていることが明らかになりつつある。
(6)脳内移行性:血液脳関門をかいくぐって化合物が脳内に到達する程度。化合物が脂肪に溶けやすい(脂溶性が高い)と、脳内移行性が高い。一方、グルタミン酸そのものはイオン性を持つため脳内に移行できない。

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