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強磁場実験で磁気の量子力学的発生過程を検証記者発表

創薬スクリーニングの革新技術!
―細胞の仕組みを活用、医薬品(クスリ)候補物質の簡便・迅速・高精度な評価に成功―

平成24年2月3日

国立大学法人東京大学 生産技術研究所
財団法人 神奈川科学技術アカデミー

【ポイント】

  • たった3時間で、医薬品候補物質となる低分子化合物の細胞内への取り込まれ方を評価できる。(細胞そのものを使う従来の評価法では1日以上かかっている)
  • 細胞表面に存在し、低分子化合物を細胞膜を介して輸送する仕組み(トランスポーター型膜タンパク質)を活用し、医薬品候補物質の迅速な選別に応用可能な実験手法を世界で初めて示した。新薬開発の際にトランスポーター型膜タンパク質との作用を評価することが、近年、FDA(米国食品医薬品局)で推奨されている。
  • 実験手法がコンパクトかつ簡便で、微量で評価が可能なため、創薬に要する時間短縮とコストの軽減が期待できる。
  • 操作・準備は簡単、装置は手のひらサイズ。
  • 本成果は、英国Lab on a Chip誌(電子版2011年11月30日、ジャーナル誌版2012年1月26日
       Issue 4、論文タイトル:Single-vesicle estimation of ATP-binding cassette transporters in
       microfluidic channels)に掲載。下図は、ジャーナル誌版裏表紙の収載図より。

    20120203_01
    (模式図)人工脂質2重膜中のトランスポーター型膜タンパク質(矢印)が、膜を介して物質を輸送する様子。

【概要】
神奈川科学技術アカデミー(略称:KAST(カスト))の竹内「バイオマイクロシステム」プロジェクトにおいて、竹内昌治(たけうち しょうじ)(プロジェクトリーダー、東京大学生産技術研究所 准教授)、佐々木啓孝(ささき ひろたか)(神奈川科学技術アカデミー 研究員)らは、医薬品候補物質の簡便・短時間・高精度な評価系の開発に成功しました。今回開発に成功したのは、医薬品候補物質となる低分子化合物について、生物の細胞表面にある仕組み(トランスポーター型膜タンパク質)を活用し、手のひらサイズのPDMS(樹脂の1種)チップ上で、トランスポーター型膜タンパク質に輸送されやすい物質を効率的に選別することができる技術です。この成果は、創薬において、特に初期段階でのスクリーニングにおいて、従来法に比べ格段のハイスループット(高い処理能力)が期待できます。

【技術背景】
膜タンパク質(用語1)の1種であるP糖タンパク質は、生体内では、細胞内に流入する様々な低分子化合物を細胞外に排出するトランスポーター型膜タンパク質です(たとえば、がん細胞がたくさんのP糖タンパク質を細胞膜に発現させ、いったんは細胞内に流入した抗がん剤を、細胞外へポンプのように積極的に排出する結果生じる「薬剤耐性」という現象として知られています)。

今回は、P糖タンパク質が通常の細胞とは反対向きに埋め込まれた球状の人工脂質2重膜をPDMSチップ上の微細流路に固定化し、P糖タンパク質が輸送する2種類の物質、蛍光性物質(紫外線をあてると光る)と非蛍光性物質(既存の医薬品)を微細流路中に共存させたあと、球状の人工脂質2重膜内に輸送された蛍光性物質が発する蛍光を測定しました。一定量の蛍光性物質に対し、非蛍光性物質の量を増減させたところ、非蛍光性物質の量が多いほど蛍光の減少(蛍光性物質に対する流入阻害、という)が確認され、非蛍光性物質の「取り込まれやすさ」を評価することができました。

つまり、トランスポーター型膜タンパク質が、医薬品候補物質を細胞に見立てた球状の人工脂質2重膜内に取り込む程度を、定量的に計測する実験手法の開発に成功しました。

【従来法との比較と今後の展開】
低分子化合物がトランスポーター型などの膜タンパク質を介して細胞外へ排出される程度(つまり、その医薬品候補物質が細胞内にどのくらい留まるか)の評価は、その医薬品候補物質が実際に治療に使われる医薬品となりうるかを確かめる上で不可欠です。従来法では、細胞そのものが凝集した細胞塊に対して医薬品候補物質と蛍光性物質を同時に投与し、一定時間後にその細胞塊の蛍光の強さを測定し、そのデータを平均化することで評価をしています。細胞塊を用いた場合の問題点は、1)蛍光のコントラスト(S/N比)が小さく、個々のデータのばらつきが大きいため繰り返し実験を重ねる必要がある、2)細胞を扱うため実験手法が煩雑で実験に要する時間が長い(1回につき1日以上かかる)、3)投与する医薬品候補物質の量や実験回数が多くコストがかさむ、等が挙げられます。
一方、今回開発した方法には、1)固定化した数百~数千の球状脂質2重膜で起こる輸送を、平均化することなく個別に評価できるので、従来法を数百~数千回繰り返したのと同様の結果を1回の実験で得ることができ、2)比較的短時間(3時間程度)で実験が済み、3)マイクロ流路を用いて溶液を交換するので投与する医薬品候補物質の量が格段に低減できる、といったメリットがあります。
今回明らかになった「取り込まれやすさ」を示す数値(IC50)は、従来法により知られている文献値とほぼ一致していることから、創薬、特に初期の探索段階でのスクリーニング(医薬品候補物質の選別)において、従来法に比べ格段のハイスループット(高い処理能力)となる革新的な代替技術としての活用が期待できます。
さらに、細胞塊における実験手法では、対象とする膜タンパク質以外の影響(ノイズ)を排除しきれませんが、本成果における実験手法を用いることで、P糖タンパク質だけではなく、様々なトランスポーター型膜タンパク質について、ノイズを排除した詳細な機能解析が可能となります。

【用語】
1. 膜タンパク質:細胞表面の細胞膜において細胞内外への物質・エネルギー・情報の伝達というとても重要な役割を担っている。一方で、膜タンパク質の機能不全は様々な疾患に発展するため、医薬品の重要な標的として考えられている。その機能を現在用いられている手法よりも高速に解析することで、新薬開発の加速と病因究明に役立つ技術の開発が期待されている。さらに近年、嗅覚や味覚などを担う膜タンパク質を、超高感度センサーとして利用する応用研究が盛んに行われている。

【お問い合わせ先】
東京大学生産技術研究所 准教授 竹内昌治

財団法人神奈川科学技術アカデミー 研究支援グループ 水野、遠藤

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