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異なる脳活動によって操られる同一の身体運動研究成果

異なる脳活動によって操られる同一の身体運動

平成24年2月10日

東京大学大学院教育学研究科

1.発表者
平島 雅也(東京大学大学院教育学研究科・助教)
野崎 大地(東京大学大学院教育学研究科・教授)

2.発表概要
  随意的な身体運動を実行し制御するのは脳に他なりません。脳が活動することによって身体運動が生じるという因果的な関係から、身体運動と脳活動パターンの間には一対一の対応関係があると信じられてきました。今回、我々は、この従来の概念とは反して、同一の身体運動が異なる脳活動パターンによって実行されうることを初めて明らかにしました。

  まず我々は、被験者が別々の2方向に手を伸ばそうとしても、知らず知らずのうちに、手が必ず同じ方向に動いてしまうという奇妙な状況を創り出しました。さらに、被験者が動かそうとしていた運動方向が違えば、外見上は同一の手の運動が、相異なる脳の活動によって実行されていることを明らかにしました。各々があたかも別々の人によって操られているかのように、同一の手の運動に全く別々の運動スキルを習得させることが可能だったのです。

  本研究成果により、ある身体運動を実現する脳活動パターンは一つとは限らず、多様なパターンがありうること、また、多様な脳活動パターンを同一の身体運動に人為的に割り当てられることが明らかとなりました。今後、この知見により、脳が視覚的な情報を運動に変換する神経機序に関する理解が深まるとともに、効率的なリハビリテーション技術、運動スキル獲得手法の開発につながることが期待されます。

  なお、本研究は、最先端・次世代研究開発支援プログラム(総合科学技術会議、日本学術振興会)の助成を受けて行われたものです。

3.発表内容
研究の背景:手を伸ばす・握る、ジャンプする、蹴るなど随意的に行われる身体運動は、一次運動野や小脳などの運動を司る脳領域の活動によって実行・制御されます。つまり、脳の活動パターンが決まればそれに対応する身体運動も自動的に決まることになります。また、この因果的関係の存在から、逆に身体運動が決まれば、それに対応する脳活動パターンも唯一に決まるという考え方も違和感なく受け入れられています。これは、運動制御の研究分野で、動作の速度や向きなどの特徴が、脳内の神経活動としてどのように符号化されているかという研究が数多く行われていることからも見て取れます。本研究は、身体運動が決まれば唯一の脳活動パターンが決まるというこの従来の考え方に反し、同じ身体運動が多様な脳活動パターンによって生み出されうることを明らかにしました。

研究の内容:被験者は片手でロボットアーム(注1、図1)のハンドルを動かし、スクリーン上のカーソルを、スタート位置から別々の位置(±30度)に配置された2つのターゲットに向かって交互に移動させます(図2A)。被験者は自分の手を直接見ることはできません。ここで、右側のターゲットに対してはカーソルがハンドルの動きから時計回りにずれるように、左側のターゲットに対してはカーソルがハンドルの動きから反時計回りにずれるような設定を課します。ただし、被験者がずれの存在に気づかないよう、ずれの大きさを試行回数とともに少しずつ大きくしていきます(図2B)。このような設定を行うと、ずれの大きさを約38度まで増やすと、被験者は別々のターゲットに向かって手を伸ばしていると信じこんでいるにもかかわらず、いずれの場合も手がまっすぐ前に向かって動いている、という奇妙な状況を創り出すことができました(図2C、図3A)。手の動きだけでなく、腕の筋肉から筋電図(注2、図4)を計測しても、両者の筋活動パターンには外見上見分けがつきませんでした。なお、この奇妙な状況のもとでは、被験者が60度内(±30度)のどこに手を伸ばそうとしても、必ず手はまっすぐ前に動いてしまいます。運動を行う意図・計画の段階では60度の広がりを持っていた空間が、運動実行の段階で、ほぼ0度に収縮してしまうのです。

  それでは、これら同一の運動は、同じ脳活動によって実行されているのでしょうか?このことを調べるために、手をまっすぐ伸ばそうとすると、手が右もしくは左に逸れてしまうように働く右向き・左向きの力場(注3)を課したとき、被験者が適応できるかどうかを調べる実験手法を用いました(図2D)。これまでの研究から、次にどちらの方向の力場が手に加わるかが分かっていても、同一の手の運動を右向きの力場と左向きの力場の両方に適応させることは極めて難しいことが分かっています。力場への適応は、運動の生成を担っていた脳活動が力場に応じて変化することによって達成されますが、全く反対の2つの力場を交互に課された場合、その脳活動の変化がどっち付かずになってしまうのです。しかし、同一の手の運動が異なる脳活動によって実行されているのであれば、別々の二人が独立に学習できるのと同様に、2つの力場に同時に適応することが可能になるはずです。この予想どおり、被験者は容易に同一の手の運動を正反対の力場に適応させることができました(図3B)。

研究の意義と展望:本研究の結果により、同一の身体運動が多様な脳活動によって実行・制御されうることが明らかになりました。この結果は、膨大な数の神経細胞を利用して、全く同じことを、様々なやり方で実行できる脳の性質(冗長性)を示すものであり、脳が視覚的な情報を元に運動実現のための適切な運動指令を生成する機序の理解につながると考えられます。

  また、動作の計画が異なっていれば、異なる脳活動パターンが同一の腕運動を生成できたように、多様な脳活動パターンを同一の身体運動に人為的に割り当てることができること、それにより同一の運動に様々な運動スキルを習得させることも可能であることも示されました。本研究で用いられた方法論を応用することにより、同じ動きにさまざまな運動スキルを習得させる練習方法、脳梗塞等で障害を受けた脳領域の活動を代替する脳活動パターンを誘導するリハビリテーション手法などの開発にもつながると期待されます。

5.発表雑誌:
雑誌名:Current Biology (2012年2月9日オンライン版)
論文タイトル:Distinct motor plans form and retrieve distinct motor memories for physically identical movements
著者:Masaya Hirashima, Daichi Nozaki

6.問い合わせ先:
平島雅也(東京大学大学院教育学研究科・助教)
野崎大地(東京大学大学院教育学研究科・教授)

7.用語解説:
(注1)ロボットアーム:運動学習研究に用いられる特殊な装置。被験者がハンドルを握って、PC画面上のカーソルを操るなどの運動課題を行う。このときのハンドルの位置、速度を精密に計測できるとともに、様々な力をハンドルに加えることができる(図1も参照のこと)。
(注2)筋電図:筋肉が収縮するときに発生する電気信号を記録する手法。
(注3)力場:ロボットアームによって産み出される特殊な負荷。本研究では、ハンドル進行方向と垂直な向きに、運動速度に比例した大きさの力をハンドルに加えた。

8.添付資料:

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図1:ロボットアームを用いた実験系:ロボットアームのハンドルを片手で握って動かし(左図)、スクリーン上のカーソルの動きを操作する(右図)。


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図2:実験の流れ:A, スクリーン上で左右に配置されたターゲットに向かって交互に手を伸ばす。手の位置情報はカーソルで表示される。B, カーソルに回転変換を加えると、カーソルをターゲットに到達させるために、被験者が気づかないうちに、徐々に手の運動方向が前方にシフトしていく。C, 最終的には、いずれのターゲットを狙っているときにも、手が常に前方に動くという状態に収束する。D, この同一の手の運動に、それぞれ右向き・左向きの力場を加えて、適応できるかどうかを調べた。


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図3:A, カーソル回転変換中(図2B,C参照)のカーソルの軌道(左図)と実際の手の軌道(右図)。被験者が見ているカーソルは別々のターゲットに向かって動いているが、実際の手の動きは徐々に近づき、最終的にはほとんど同一になってしまう。被験者はこの回転変換の存在には気が付かない。B, 手の軌道が前方に収束した後、左向き(左図)、右向き(右図)の力場を加える(図2D参照)。適応前は力の方向に大きく軌道が膨らむが、適応後はまっすぐな軌道を取り戻す。このまっすぐな軌道が腕全体を強張らせて実現されているのではないことは、適応後、力場を切ると、力場と反対方向に軌道が膨らむ残効が観察できることから分かる。


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図4:カーソル回転変換に適応後(図2Cおよび図3A参照)に腕の筋肉から計測した筋電図信号(注3参照)。カーソル回転変換により、最終的に手の運動方向は前方方向に収束する(図2C、3A)が、動きだけでなく筋活動パターンからみても両者は見分けがつかない。

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