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弱まる格差感:なお残る格差の陰で研究成果

弱まる格差感:なお残る格差の陰で

平成24年2月20日

東京大学社会科学研究所

1.発表者: 石田浩 (東京大学社会科学研究所 教授)
        有田伸 (東京大学社会科学研究所 准教授)
        吉田崇 (東京大学社会科学研究所 助教)
        大島真夫(東京大学社会科学研究所 助教)

2.発表のポイント:
◆日本社会における人びとの格差感はこの5年間(2007~2011)で弱まったが、実態としての格差に変化はなく、非正規は正規よりも晩婚・不十分な社会保障という傾向も見られる。
◆2000年代後半に社会問題化した格差社会のその後を追跡している研究は少ない。また、同一人に繰返し尋ね続けるパネル調査という手法を採用している点で本調査結果の信頼性は高い。
◆格差縮小の手段である社会保障制度のあり方に社会的関心が寄せられている中で、実証研究に基づく本研究の知見は、議論を深める素材を提供しうるものである。

3.発表概要:
東京大学社会科学研究所の石田浩らの研究グループは、2007年から毎年実施している「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査」の2011年調査結果をもとに、日本社会における人びとの格差感と格差の実態について分析を行った。知見は次の通りである。
(1) 所得格差感は2007年から2011年にかけて弱まった。しかし、個人年収で見たジニ係数(不平等度の指標の一つ)は5年間で変化しておらず、実態としての所得格差は依然として存在している。
(2) 初職(しょしょく:学校を卒業して初めて就いた仕事)の雇用形態は、その後の結婚行動にも影響を及ぼす。初職が非正規雇用であると晩婚になる傾向がある(ただし、女性の場合は短大・四大卒者でのみ認められる)。
(3) 2011年の調査結果によれば、正規雇用と非正規雇用(週30時間以上勤務のみ)の間では雇用保険と厚生年金の加入状況が異なり、いずれも非正規雇用の方が低い加入率だった。

これらの知見は、格差問題に対する関心が弱まりつつある一方で、格差解消には依然として至っていないことを示唆している。2000年代後半に社会問題化した格差社会のその後を追跡している研究は少ない。また、同一人に繰返し尋ね続けるパネル調査という手法を採用している点で本調査結果の信頼性は高い。格差縮小の手段である社会保障制度のあり方に社会的関心が寄せられている中で、実証研究に基づく本研究の知見は、議論を深める素材を提供しうるものである。

4.発表内容:
東京大学社会科学研究所では、2007年より「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査」(Japanese Life Course Panel Survey-JLPS、研究総括:石田浩)を毎年実施している。本調査は、急激な少子化・高齢化や世界的な経済変動が人びとの生活に影響を与える中で、日本に生活する人びとの働き方、結婚・出産といった家族形成、社会や政治に関する意識・態度がどのように変化しているのかを探索することを目的としている。同一人に繰り返し尋ね続ける「パネル調査」という手法を用いている点が他調査にはない強みで、同一個人を追跡することにより、個人の行動や意識の変化を跡付けることができる。2011年調査は第5回目の調査である。
今般、2011年調査(2011年1~3月実施:回答者3319名)に基づき、日本社会における人びとの格差感と格差の実態について分析を行った結果を公表する。

(1) 薄れゆく格差感と格差の実態(担当:有田伸)
2007年から2011年までの4年間で「日本の所得の格差は大きすぎる」と答えた人の比率(「そう思う」「どちらかといえばそう思う」の合計)は74.8%から60.5%に大きく減少(図1)。それでも6割の人は「日本社会の所得格差は大きすぎる」と答えているものの、社会全体での格差感は確実に弱まっていると言える。実際2007年と2011年の回答を比較すると、所得格差感が低下した人は40.8%、上昇した人は17.5%、変化なしは40.8%。対象者の4割が格差感が薄れており、格差感が強まった人の比率よりもはるかに多い。所得格差感の変化には世代別・性別で大きな違いはない。ただし世代別には若年層で、性別には男性で、格差感が上昇した人、低下した人の比率が共にやや高く、二極化傾向が進んでいる可能性がある。

しかしこの間、現実の所得格差にはほとんど変化がない。図2は、既卒男性を対象として、個人年収の不平等度の推移を示したもの(ジニ係数は値が大きいほど不平等度が高い)であるが、この値には一貫した傾向が見られず、この間日本社会の所得格差は決して改善されていないことがわかる。

人びとの所得格差感の弱まりは、実際の所得格差の改善という現実的裏付けを持つものではない、と結論づけられる。

(2) 初職の雇用形態と結婚行動との関連(担当:吉田崇)
学校を卒業して初めて就いた仕事(以下「初職」と呼ぶ)が正規雇用であるか非正規雇用であるかによって結婚タイミングが異なるかどうかを分析する。具体的には、法律で定められた結婚可能年齢から結婚に至るまでの期間の未婚残存(生存)率を、カプラン・マイヤー(Kaplan-Meier)法という方法を用いて男女別にプロットした(図4図5)。グラフの下がり方が大きいほど、未婚状態が早く終了する、すなわち結婚していることを表している。

これによると、たしかに男性では初職が正規雇用である方が非正規雇用である場合よりも結婚が早いことが分かる。一方女性では、階段グラフが交差しており傾向がやや不明瞭である。10年目(20代半ば)以降は男性と同様正規雇用の方が非正規雇用よりも結婚が早い傾向がみられるが、20代半ばまでは非正規雇用の方が正規雇用よりも結婚が早くなっている。

そこで、この問題について学歴や職業の情報を加えてさらに詳しく調べたところ、高校卒や専門学校卒の女性では初職が非正規雇用であっても結婚タイミングが遅くなる訳ではなく(図省略)、短大・四大卒の女性では初職が非正規雇用であれば結婚が遅くなることが分かった(図6)。短大・四大卒の女性で初職が非正規雇用である場合、結婚よりも正規職へ就くためのキャリア形成が優先されることにより、結婚が遅くなると推察される。

(3) 社会保障と雇用形態:非正規雇用における雇用保険・厚生年金の加入状況(担当:大島真夫)
2011年時点の雇用形態(正規/非正規)によって、雇用保険・厚生年金の加入状況がどのように異なるかを調べた(図7)。非正規については週の労働時間が30時間の人に限って分析をしている。結果は、非正規雇用の人の方がいずれの場合も低い加入率を示した。雇用保険の場合正規は86%の加入に対して非正規は71%、厚生年金の場合正規は95%の加入に対して非正規は60%にとどまった。雇用保険や年金といった社会保障制度は人びとの生活を守り安心を提供するものであるが、非正規雇用の人には十分に浸透していないと言えるだろう。

5.発表雑誌等: 
本プレスリリースの発表内容に関連した研究成果報告会を以下の通り開催いたします。
日時: 2012年2月22日(水) 13:00~16:50
場所:東京大学情報学環 福武ホール 福武ラーニングシアター

第一部:研究成果報告 13:00~14:50
  石田浩(東京大学社会科学研究所・教授)「東大社研パネル調査の概要と研究の射程」
  吉田崇(東京大学社会科学研究所・助教)「ライフイベント、家計と女性の就業」
  林雄亮(立教大学社会学部・助教)「夫婦の収入は結婚満足度にどう影響するか」
  石田賢示(東北大学大学院教育学研究科・博士課程)「若者の就業状況とサポートネットワーク」
第二部:シンポジウム 15:05~16:50
「正規・非正規の二元論を超えて:若年非正規問題の再検討」
  佐藤博樹(東京大学大学院情報学環・教授)
「社研パネル調査にみる非正規雇用の現状:2極化?」
  原ひろみ(労働政策研究・研修機構・副主任研究員)
「非正規雇用のキャリア形成―ジョブ・カード制度を取り上げて―」
  筒井美紀(法政大学大学院経営学研究科・准教授)
「労働力媒介機関の葛藤とその含意―米国WIRE-Netの事例を元に―」
  有田伸(東京大学社会科学研究所・准教授)
「非正規雇用の日韓比較―制度としての格差に着目して―」

6.問い合わせ先: 大島真夫(東京大学社会科学研究所 助教)

7.添付資料: 図ならびに「4.発表内容」の完全版は以下のサイトで公開いたします。
http://ssjda.iss.u-tokyo.ac.jp/panel/pr/

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