PRESS RELEASES

印刷

刺激の豊かな生育環境での記憶・学習能力の向上にモーター蛋白KIF1Aが必須であることを解明研究成果

刺激の豊かな生育環境での記憶・学習能力の向上に
モーター蛋白KIF1Aが必須であることを解明

平成24年2月23日

東京大学大学院医学系研究科

1.発表者: 
廣川 信隆(東京大学大学院医学系研究科細胞生物学・解剖学講座/分子構造・動態学講座
特任教授)
武井 陽介(東京大学大学院医学系研究科細胞生物学・解剖学講座/分子構造・動態学講座
准教授)
近藤  誠(東京大学大学院医学系研究科細胞生物学・解剖学講座/分子構造・動態学講座
    博士課程4年)

2.発表のポイント:   
◆どのような成果を出したのか
刺激の豊かな環境(エンリッチな環境)(注1)で育ったマウスに見られる、海馬シナプスの形成、及び記憶・学習能力の増強という形態的、行動的可塑性に、モータータンパク質KIF1A(注2)が必須であることを明らかにしたものである。
◆新規性(何が新しいのか)
本研究は、モーター分子がエンリッチな環境によって起こる記憶・学習の基盤となる脳の形態的、機能的変化に重要な役割を担っていることを初めて示している。
◆社会的意義/将来の展望
これまで明らかでなかった、様々な経験により引き起こされる脳可塑性の基盤をなす、シナプス前部の機序の解明に重要な貢献をなしており、将来、脳神経疾患の治療法への新しいアプローチとなることが期待される。

3.発表概要: 
刺激の豊かな環境(エンリッチな環境)で育ったマウスには、脳に様々な影響があることが報告されていたが、その詳細な機序は明らかでなかった。今回、東京大学大学院医学系研究科の廣川信隆特任教授、大学院生の近藤誠らのグループは、モータータンパク質KIF1Aが、エンリッチな環境で育ったマウスの海馬で増えていることを見出した。さらに、KIF1Aが、エンリッチな環境で育ったマウスで見られる海馬シナプスの形成及び記憶・学習能力の増強という形態的・行動的可塑性に必須であることを明らかにした。本研究では、モーター分子がエンリッチな環境によって起こる記憶・学習の基盤となる脳の形態的・機能的変化に重要な役割を担っていることを初めて示している。また、これまで明らかでなかった、様々な経験により引き起こされる脳可塑性の基盤をなすシナプス前部の機序の解明に重要な貢献をなしており、将来、脳神経疾患の治療法への新しいアプローチとなることが期待される。

4.発表内容: 
刺激の豊かな環境(エンリッチな環境)で育ったマウスには、脳に様々な影響があることが知られている。これまでに、エンリッチな環境刺激により、海馬シナプスの形成、及び記憶・学習能力の増強といった形態的・行動的変化が見られることが報告されていたが、その詳細な機序は明らかでなかった。今回、東京大学大学院医学系研究科の廣川信隆特任教授、大学院生の近藤誠らのグループは、エンリッチな環境で育ったマウスの海馬でモータータンパク質KIF1Aが増大していることを発見し、神経栄養因子BDNF(注3)がKIF1Aの発現量の増大を制御していることを見出した。また、電子顕微鏡的、及び免疫組織学的手法を用い、KIF1A及びBDNFの遺伝子改変マウスでは、エンリッチな環境刺激による海馬シナプス密度の増大が認められないことを示した。さらに、行動実験(モリス水迷路試験(注4)及び恐怖条件付け文脈学習試験(注5))によって、KIF1A及びBDNFの遺伝子改変マウスではエンリッチな環境刺激による空間学習能力、及び文脈依存的恐怖学習能力の増強が認められないことを示した。これら形態学的及び行動学的解析によって、KIF1Aが、エンリッチな環境で育ったマウスに見られる、海馬シナプスの形成、及び記憶・学習能力の増強という形態的、行動的可塑性に必須であることが明らかになった。さらには、海馬培養神経細胞で、免疫染色法を用いたシナプス密度の評価及び軸索輸送の動態観察により、BDNF投与によって引き起こされる海馬神経細胞のシナプス形成にKIF1Aによるシナプス小胞蛋白の軸索輸送の増大が重要であることを明らかにした。一方で、海馬神経細胞にKIF1Aを過剰発現させると、シナプス形成が促進されることを見出した。本研究では、モーター分子がエンリッチな環境によって起こる記憶・学習の基盤となる脳の形態的、機能的変化に重要な役割を担っていることを初めて示している。また、これまで明らかでなかった、様々な経験により引き起こされる脳可塑性の基盤をなす、シナプス前部の機序の解明に重要な貢献をなしており、将来、脳神経疾患の治療法への新しいアプローチとなることが期待される。

5.発表雑誌: 
雑誌名:「Neuron」
論文タイトル:Motor protein KIF1A is essential for hippocampal synaptogenesis and learning enhancement in an enriched environment
著者:Makoto Kondo, Yosuke Takei, and Nobutaka Hirokawa
DOI番号:10.1016/j.neuron.2011.12.020

6.問い合わせ先: 
廣川 信隆

7.用語解説

(注1)刺激の豊かな環境(エンリッチな環境)
通常の環境と比較して、動物がより多くの感覚、運動、認知的かつ社会的な刺激を受ける生育
環境である。具体的には、トンネル、イグルーなどの玩具や運動用の回転車輪を与えたり、よ
り大きなケージで多くの個体を一緒に飼うなどがある。

(注2)KIF1A(kinesin superfamily protein 1A)
細胞内の物質輸送を担う、キネシンスーパーファミリータンパク質の1つで、神経細胞の中で
シナプス小胞蛋白を含むシナプス小胞前駆体を輸送しているモーター分子である。

(注3)BDNF(brain-derived neurotrophic factor)
脳由来神経栄養因子は、神経細胞の生存・成長やシナプス形成・可塑性など、神経細胞の形態
と機能に非常に重要な神経系の液性タンパク質である。

(注4)モリス水迷路試験
マウスやラットの空間記憶学習能力を調べる試験で、モリスによって考案されたものである。
この試験では円形のプールに放されたマウスやラットが、水面下に沈んだプラットフォーム
(ゴール)を泳いで探し、到達するまでの時間と軌跡を測定することで空間記憶を評価する。

(注5)
恐怖条件付け文脈学習試験
電気刺激(嫌悪刺激)を与えたマウスを、一定時間後に、再び電気刺激を与えた場所に置いた
際に観察される恐怖反応(すくみ行動)の時間を測定し、文脈学習能力を評価する試験である。

アクセス・キャンパスマップ
閉じる
柏キャンパス
閉じる
本郷キャンパス
閉じる
駒場キャンパス
閉じる